第11回
空気のような存在なんだよ。
空気のような存在なんだよ。
橋本 |
紫式部の文章を読んでると、 俺、ユーミンの歌詞を思い出したの。 肝心なことは何も書いてないわけさ。 |
糸井 |
はぁ。ずーっと、あの、景色景色で、 脇ものに流れてますよね。 |
橋本 |
あの、なんかの歌でさ、 パーティー行って、クロークに帽子預けた、 みたいなのあるんだけど、 クロークのことだけで、 その向こうにあるパーティーのことを 何も書いてないわけ。 ユーミンにとって、 パーティーがあるっていうのは 当たり前のことだから、 クロークのことを書けば パーティーが見えてくるっていうのあるんだけど、 紫式部、それなんだよね。 だからね、王朝の美学で、っていうの、 あるんだけど、あの人、情景描写、 ほとんどしてないのよ。 もうね、ほんっとに心理物語に なっちゃってるから。 |
糸井 |
それにくらべると、 人形浄瑠璃は見せなきゃなんないから。 |
橋本 |
そう。もう、見せ物なの。 だから、立ち上がっちゃってるわけですよ。 |
糸井 |
つまり、ト書き部分っていうのが、 筋に入ったわけだ。 はぁー。今の小説は、確かに‥‥。はぁ~。 |
橋本 |
で、その、『源氏物語』がぜんぶ、 うたものがたり的なものだ、 っていうふうに解釈されてしかたないし、 浄瑠璃だってうただったりするし、 『平家物語』だって語りだから‥‥。 |
糸井 |
ユーミンが歌い続けて3日間、みたいなのが、 『源氏物語』なんだ。 |
橋本 |
いやぁー、3年かもしれない。 |
糸井 |
3年かもしれない(笑)。 |
糸井 |
歌い続けるユーミンって、怖いね。 |
橋本 |
だってさ、だってさ、だって、 あの人の歌い方って、清元だっていうんだもん。 |
糸井 |
ビブラートはないですからね。 |
橋本 |
私、子どものとき清元習ってたから、 それが歌に出てるって。 だから、そういう意味で、 変につながってるんですよ、 つながってるっていえば。 |
糸井 |
呉服屋だってことで、 着物の柄みたいな情景描写だしね。 あの、ソーダ水の向こう側に 船を描く力っていうのは。 |
橋本 |
そうそうそうそうそうそう。 |
糸井 |
あれは和服ですよね。 |
橋本 |
うん。 |
糸井 |
コップの中に船がいるんだよね。 あのあたりっていうのはやっぱり、 すごいそういう‥‥。 |
橋本 |
あれはもう、和歌に近いよね。 |
糸井 |
ねぇ? |
橋本 |
なにか絵になるものがある、って発見したら、 そこにはどうもあるんだもん。 |
糸井 |
じゃあ、平賀源内に無理矢理戻して。 全体に、平賀源内の話を聞いたな、 っていう印象にしたいと思うんですけど。 ま、橋本治の考える、平賀源内を、 ひとつここでつかまえておきたい。 橋本君の気持ちっていうのは、 さっきの、やっぱり、戯作ですか? |
橋本 |
戯作っていうかね、やっぱ平賀源内って、 空気なんじゃないか? っていう気がするの。 平賀源内って、日本人のある種の憧れなんですよ。 その人、どういう人? っていわれても、よく知らないんだけど、 でも平賀源内でしょ? 何でもできたんでしょ? みたいなね。 だから、あっちに展示してあるものを見て、 うっかり、何にも知らない人、 これ、ぜんぶ平賀源内がつくったんだ、 って勘違いするかもしれないんだから。 |
糸井 |
そうなんだよ、何にもつくってなかったり するんだよね。あぁ。 |
橋本 |
ないんだよね。でも、なんか、 平賀源内とその時代っていうふうになると 勉強しなくちゃいけないけど、 平賀源内だと、なんかわかんないけど 平賀源内なんだよね、っていう、 自分の中にも何かあるかもしれないな、 っていう、なにかでありたい、 マルチ性を刺激するような 空気なんじゃないのかなぁ。 |
糸井 |
そこはとってもガキっぽいですよね。 |
橋本 |
うん。 |
糸井 |
設計図を引かせるとこから考えてた人だからね。 |
橋本 |
だから、それがなんか、 日本人のメンタリティーとしては いちばん楽しい、っていう感じなんじゃないの? |
糸井 |
日本人って、その楽しさ、 ものすごい好きですよね。 |
橋本 |
好きだよねぇ。 |
糸井 |
あぁー。それで、そこの楽しさは、 逆にいうと、今は枯れてる、ですね。 |
橋本 |
いや、うん、でも、みんな参加したがってるから。 みんな平賀源内に近づいてるのかもしれないけど。 だってさ、歌手の何とかさんよりもさ、 歌手のなんとかさんがマルチで、 絵も描きました、これもやりました、 アートもやりました、展覧会やりました、 っていったら、そのほうが、 「なんかすごいな」っていうふうになるじゃん。 で、その人は歌聞いたことないんだけど、 「あ、この人、すごい人なんだって?」 ってやるからさ。 |
糸井 |
べつにそれは鶴太郎的な意味ではなくって? |
橋本 |
鶴太郎的か、カールスモーキー的なものなのか、 よくわかんないけど。 で、しかも、ほら、「いい男だしね」 っていうのがついてくるじゃない。 だから、そういう、 まとめて幾らみたいなものって、 重要なんじゃないのかなぁ? っていう気がするんだけどね。 |
糸井 |
あの、なんていうんだろう、 弁当みたいなもんだな。 この、煮豆もうまいわよ、みたいなね。 お節とかね。 |
橋本 |
そうそうそうそうそう。 だからね、美空ひばり記念館とかさ、 行ったことないからわかんないけど‥‥。 |
糸井 |
ジュディ・オング資料館ってあるの、知ってた? 昨日知ったんだよ。伊豆にあるんですよ。 |
橋本 |
伊豆には、加山雄三ミュージアムがあるよ。 |
糸井 |
伊豆って、なに!? |
橋本 |
知らないよぉ! んでさ、加山雄三ミュージアム──ってあって、 俺もほんとにねぇ、あまりエグかったら、 加山雄三のTシャツ買おうかと思ったんだけど、 エグくないんだよ。 なんでここに加山雄三の顔を入れてくれないのか? みたいな。もっと加山雄三を念押ししろ、 その、なんか、おしゃれなロゴのように しちゃって、遠目には 「加山雄三ミュージアム」って 書いてあるように見えないわけよ! |
糸井 |
じゃないフリをしてる。駄目だよね。 |
橋本 |
うん! で、しかもね、 加山雄三で飾ってるのは何か? っていうと、 彼の持ってたヨットを飾っててっていう。 加山雄三のファンの人は、ヨットに限定しない! それが、なんか、「平賀源内は鉱山だ」、 「平賀源内は戯作だ」って、 そういう限定のしかたじゃなくて、 「平賀源内は何かなんだ」なんですよ。 「加山雄三も何か」なの。 だから、「ヨット」じゃなくて、 「若大将」でいいんだよね。 一山幾ら、にしていい‥‥。 |
糸井 |
できたら、屋根に、こう、 ギター持った加山雄三をのっけてほしいよね。 |
橋本 |
そうそうそう。でも、それをやらないのが 不思議だよね。 若大将カレーとか売ってんだけどさ。 |
糸井 |
なんで伊豆ってさ、 いもしなかった伊豆の踊子の何かが 名物になったりさ。‥‥いないんだよね。 小説の中にいた人なのに、 伊豆にいたことにして、 踊子がどうのこうの、踊子号走らしたりさ。 |
橋本 |
でも、あれ、伊豆の踊子が 通った道じゃないだろう? |
糸井 |
関係ないよね。 |
橋本 |
うん、山の中の道、 電車通ってないしさー。 |
糸井 |
とうとうジュディ・オングなんですよ、今じゃ。 わからない、僕には。 |
橋本 |
あの、伊豆の稲取の沖で採れる キンメダイの輝きが、ジュディ・オングの 「魅せられて」の衣裳の‥‥。 |
糸井 |
(笑) |
橋本 |
だから、こういう下らない発想が、 戯作の発想だもん。 |
糸井 |
そうだね。伊豆、イコール、なんか、 平賀源内な感じですよね。 なんか、空気そのもの。 |
橋本 |
最近になってだと思うよ? あれは。昔の人に、それを言ったら 怒られると思うよ? それで、伊豆は、曽我兄弟の生まれたとこだし、 河津の祐泰(=河津三郎祐泰: かわづさぶろうすけやす)のとこだし、 俺、わざわざ、前、 伊東祐親(いとうすけちか)の墓で、 誰も行かない墓、見に行ってさ。 あ、そっかー、伊東祐親の墓は 海向いてないんだー、とかっていう勝手な‥‥。 |
糸井 |
伊東祐親って、知らない、知らない。 |
橋本 |
伊東祐親ってね、 曽我兄弟のおじいさんなの。 |
糸井 |
あはははははは。そうとう知らなさが強いね。 曽我兄弟のおじいさん。 俺の一生の中で1回だけ出てきた会話だろうね。 |
橋本 |
曽我兄弟のおじいさんの‥‥ 婿になった河津の祐泰(すけやす)っていうのが、 曽我兄弟のお父さんなんだけど、 その人は、相撲の河津投げで名を残してる人なの。 |
糸井 |
そういえばさ、おしまいに、 まだ行ってないからあれなんですけど、 この近所に、平賀源内の墓があるんですよね。 地元に1コあって、 こっちにもあるらしいんだけど、 お寺が引っ越しちゃったんで、 平賀源内の墓だけ単独にあるらしいんだよ(笑)。 |
橋本 |
へぇ~。 |
糸井 |
で、それも平賀源内らしいなーって。 で、いちおうフタが閉まってるかなんかして、 隣の人に言うと開けてくれる、 って書いてあるんですよね、墓の本に。 |
橋本 |
それ、平賀源内だね。 かわいそうだよね。 だって、開けられちゃうんでしょ? |
糸井 |
そう、最後まで平賀源内だなぁーと思って、 行ってないんですけどね。 そこも源内だなーという気もするんですけど。 じゃ、お時間です。 どうもありがとうございました。 |
2014-12-27-SAT
タイトル
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
第1回
第2回
第3回
第4回
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