第5回
呪術師に見こまれちゃった。
呪術師に見こまれちゃった。
糸井 |
これだけおもしろい話があるのに、 ヤオ族についてまとまったのは、 ひとつの写真集……なんだよね? |
十文字 |
そう。 『澄み透った闇』という 1冊を作っただけだけど、 ほんのごく一部を載せただけ。 自分の中での「評皇券牒」という巻物をめぐる旅、 それだけの写真集でした。 でも、当時自分の中で、それ以外に どうまとめていいのか、わからなかったね。 分野もわからないし……。 |
糸井 |
ある種の諦観がないと、作れないよね。 |
十文字 |
それでも見た人は 「おもしろい」って言ってくれたんだから、 「それの100倍ぐらいおもしろい話があるよ」 と、こっちとしては、思っていたんですけどね。 |
糸井 |
でも、しょうがないよねぇ。 そのおもしろさは、総合芸術だから。 |
十文字 |
アハハハハ。 |
糸井 |
そんな中でも、巻物を探すっていう 最初の目的は、まだ生きていたんですか?(笑) |
十文字 |
生きてた。生きまくってた。 その呪術師の息子と知りあって、 呪術師の家にすぐに行った……。 何回か行ったあとは、行くとすぐに その呪術師の家に泊まっていたからね。 呪術師には息子が6人いるんだけど、 誰もあとを継がない。 そのうち、俺のほうは興味があるわけだから、 いろいろ、たずねるわけですよ。やり方を。 |
糸井 |
なんか、それじゃ……見こまれちゃうじゃん。 |
十文字 |
うん、実際、見こまれた。 32ぐらいある呪術のうちの 6つぐらいは、すぐに覚えちゃったよ。 |
糸井 |
犬の調教師の時と同じ展開だ(笑)。 |
十文字 |
まぁ、そうだね。 呪術師はどんな仕事をしているかと言うと、 別の村に病気の子どもがいれば行って治療したり、 治療といっても、もちろん近代医学ではないけど。 出産すると聞いたら、 そこに行って、伝統的な儀式にのっとり、 安産を祈念するだとか、 そういう仕事をしているの。 それに、一緒についていくんだよ。 |
糸井 |
「カメラマン」がねぇ……(笑)。 |
十文字 |
(笑)そう。 写真は撮らないけど、そのころは。 そのうちに、 「せっかくだから家を建てろ」だとか……。 だから俺、当時、その村に家を1個持ってた。 |
糸井 |
(笑)そんなことも、やったの! |
十文字 |
当時、別荘持ってたの、ヤオ族のその村に。 |
糸井 |
(笑)ハハハハ。 |
十文字 |
最後の最後は、できあがった本を持っていった。 お礼の意味をこめて行ったら、俺の家が残ってた。 「その家にはもう2度と来ることはないだろうなぁ」 と思ったから、そこでいちばん親しくしていた オカマがひとりいたので……。 |
糸井 |
え? そういうところでも、いるの? |
十文字 |
いるの。 やっぱりオカマってすごく親しみやすくて、 すぐに仲良くなれるんですよ。 それで仲良くなったそいつに、家をあげた。 そいつはケガしちゃって働けなくなったって 聞いたから、そいつに 家をそのまま、あげたんです。 |
糸井 |
その家って、対価は何なの? |
十文字 |
タイの通貨。 |
糸井 |
その村の産業って、農業? |
十文字 |
現金収入は、アヘンを売っているわけだから、 彼らは、ものすごいお金持ちですよ。 |
糸井 |
はぁー、なるほど。 十文字さんがそこで使ったのは、東京での貯金? |
十文字 |
そうですよ。東京のコマーシャルの仕事ですよ。 |
糸井 |
コマーシャルって、いいねぇ、そう思うと。 サントリーのビールを飲んでる人たちのお金が、 働けなくなったオカマの家になったんだ? |
十文字 |
当時は、そういうことになるよね。 |
糸井 |
経済の不思議な生態系を感じるねぇ……。 |
十文字 |
しばらく生活してるうちに、 ずいぶん、コミュニケーションはできたんですよ。 呪術師は、漢字が理解できるから。 ぼくの書く漢字は100%理解される。 彼らの書く漢字は60~70%ぐらいぼくはわかる。 だから、ほとんど理解できるんですよ、筆談で。 たとえば、「宇宙」とか書くわけ。 これはなんだ、と彼らに出すじゃない。 そうしたら、ちゃんと書いて答えてくれる。 ぼくは70%ぐらいしかわからないから、 日本に帰ってきてから、 中国人の知りあいたちに聞くわけですよ。 「これってどういう意味だ」と。 漢字といっても今では使われていない 古語みたいなものもまじってるから。 で、だんだん、辞書調べたりいろいろして、 けっこう、わかりましたよ。 それと、会話に関しては、 テープを持っていって、録音してくるんです。 それを日本に帰ってきて、 クルマを運転しながら、いつも流して。 語学の練習ですよ。 当時は、ヤオ語もずいぶんしゃべってたんだよ。 いまはすっかり忘れたけど。 |
糸井 |
十文字さん、勉強家だよねぇ……。 |
十文字 |
でもおもしろいよ。 当時は、たぶん、日本人で いちばんヤオ語を話すのは俺だろう、 なんて思ってたよ。 |
糸井 |
(笑)ぜったいそうだよ。「ひとり」だもん。 |
十文字 |
最後のほうなんかさあ、 朝起きて、あいさつして、メシ食って、 畑に行く若い女の子なんか、からかえたもの。 「おぉ、かわいいケツしてるねぇ」 とか、そういう言葉は、ちゃんとできるもんだね。 |
糸井 |
すごい!(笑) 期間としては、どのぐらい行ってたんですか? |
十文字 |
7年ぐらい。 1回、1か月ぐらい行っていて、 前後の準備に1週間ぐらいかかったから、 実質は、7か月弱ぐらいになるのかな。 |
糸井 |
その1か月には、仕事を入れないようにして。 その1か月以外は、 日本でふつうに、仕事をしてたんだよねぇ……。 |
十文字 |
うん。 |
糸井 |
みんな、何も知らないから、 「なんか、あっち行ってるみたいだよ」 とか言ってたぐらいだったと思う。 どうせ、まわりにだって、 詳しく説明していなかったんでしょう? |
十文字 |
うん、そうだね。 もともと、 何かにまとめてやろうとかいう目的はなくて、 自分のために行ってるわけだから。 結果的には、 「あぁ、こういう体験だったなぁ」 と思って、チョロッと本にはしたけど。 |
2014-12-30-TUE
タイトル
十文字美信的世界。
対談者名 十文字美信、糸井重里
対談収録日 2003年1月
十文字美信的世界。
対談者名 十文字美信、糸井重里
対談収録日 2003年1月
第1回
第2回
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