第9回
わびは、負けたヤツのもの。
わびは、負けたヤツのもの。
糸井 |
いま、この『わび』を作って、 もちろんここに選ばれた写真以外にも、 無尽蔵にたくさんのものが積まれているわけです。 撮っていない作品も含めて、まず1冊出してみて、 気持ちはどうですか? 「足らない」っていうことはあると思うけど。 |
十文字 |
ぜんぜん足らないけど、でも、 いままで作ったもののなかでは、 いちばんうまくいったねぇ。 いままでが、足らなすぎたから。 |
糸井 |
そうだねぇ。 |
十文字 |
この本だって、いままでのように、 ふつうどおりに作ったら、まんなかの 茶の章だけのものになって、おわりだった。 |
糸井 |
十文字さんが、 小学校の修学旅行につきそいして 学生の写真を撮ったような写真になりますよね。 |
十文字 |
わびって、一見、どんなにうまくとろうと、 「当たり前じゃない?」 「知ってるよ」 で終わっちゃうじゃない。 十文字美信が、茶碗をどんなにきれいに撮っても、 当たり前でしょう? 「ふつうでしょ」ってなる。 でも、この本は、そういう意味では、 当たり前じゃないと思ってる。 自分の気持ちの中のすべてじゃないけど、 なんとか、近づいているという感じがしていて。 それが自分では見えてきたから、 見る人がどういう風に 見えるのかはわからないけど、 自分としては、 今までの中ではよい出来だったと思ってる。 |
糸井 |
写真を撮る動機について 十文字さんが語っていたことと重なるんだけど、 写真の外側の世界にふきだすみたいなことを、 ずっとやっていまして、そのことも含めて、 1回、写真集の中に入れてみようと、 枠を作れるようになったおかげで、 こんなものを、作ることができたんだろうねぇ。 |
十文字 |
なんで撮るのっていうのが、いまは、 自分の中で言葉にできるようになってきた、 っていうか……。 さっき質問されたんだけど、 自分が、現実のものを通して見ているものが、 だんだん、わかってきているのよね。 わびって、茶碗を見ようが松を見ようが、 なんとなく、その場に立ちあいながら、 そのものを通して、自分の見ているものがある。 それを、言葉にできるようになってきたんです。 だから、いままでガーッとやってきたのが、 すこしこう、かたちになってきたと言うか。 |
糸井 |
人間ひとりが思う感情の源というのは、 生きてきた経験で変化していくものもあるけど、 自分だけの経験だけだと思うとおおまちがいで、 生まれる前の蓄積が、すごくありますよね。 つまり、何を見てどう感じるのかは、 「作られた何か」が鎌倉時代にできていれば、 その時代からつながっているものを吸いこむ。 だから、この本を見ていて思ったのは、 「十文字美信」がどういう見方をしていても、 とりかこまれて見ていたものというのも、 もうひとつ、すごく長い間の時間として、 体現してしまうんだなぁっていうことでして……。 歳をとればとるほど、字が消えていくから、 「俺が生まれて俺が死んでいく」 ということへの興味が減っていきますよね。 かわりに、俺ができてきたという背景の深さや 奥行きのところに自然に興味がいくもんね。 |
十文字 |
うん、そうだね。 |
糸井 |
その時にこの本ができたんだから、 このあとが、またおもしろいだろうなぁ。 「美って何?」というシリーズだもの。 この本、ほんとに、おもしろいよね。 装丁も、へんなものですよ? |
十文字 |
そうだよね。 これは、強烈でしょう? デザインは山形季央さんという方です。 資生堂のアートディレクターに やっていただいたんだけど、 はじめは2種類作ってきてくれました。 この白い装丁っていうのが ほんとにすごい発想です……。 ふつうは「わび」というと、 地味な色を想像するよね。 「利休ねずみ」とかね。あるいは黒とかね。 でも、真っ白な表紙がでてきた時は驚きました。 考えてみたら、「わび」くらい 白にふさわしい美意識はないんじゃないかなあ。 わびは、清らかじゃないと。 心が清らかじゃないと、わびれないんです。 |
糸井 |
欲が出ちゃうからね。 |
十文字 |
ぼくは、黄金もわびも両方やってきたけど、 わびのシンパなんです。 わびの世界って、 どうひねくれようと、どう転ぼうと、 どんなひとが何を難しく言おうが、 1回負けたヤツじゃないかぎり、 わびはわからない。 だから、どんなに立派な人が何を言おうと、 「あんた、1回負けたことあるの?」 っていうことが大事なんです。 負けたことがなければ、わびれないですよ。 |
糸井 |
その「負けの経験」は、 十文字さんにとっては病気と療養ですね。 |
十文字 |
そうだね。 ぼくは病気もそうだし、さまざまな 「負けたやつの感覚」っていうのがありまして。 「負けた時の感じ」は強烈に持っていて……。 だから、わびにシンパシーを感じる。 負けたヤツが美しくなるためには、 「白」ですよ。 「1回きれいになる」っていう。 わびのベースは白だと どこかで感じていたからこそ、 この表紙が出てきて、拍手でした。 |
糸井 |
この白い装丁をめくって出てくるのが ああいう写真の数々ってところが、 この本の性格を表してますよねぇ。 ……いま、十文字さんは何歳になったんですか? |
十文字 |
もう、55歳になった。 そこまで、来ているからね。 |
糸井 |
俺も変わらないんだけど、うしろが短いんだよね。 |
十文字 |
うん。 あともう1回は何かをやりたいんで、 なにかベースを作ってやっていくための、 いまは、その準備です。 |
糸井 |
なるほどね。 |
2014-12-30-TUE
タイトル
十文字美信的世界。
対談者名 十文字美信、糸井重里
対談収録日 2003年1月
十文字美信的世界。
対談者名 十文字美信、糸井重里
対談収録日 2003年1月
第1回
第2回
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