第10回
教えないから、上がってくる
教えないから、上がってくる
糸井 |
お弟子さんは、どう育てますか。 |
小川 |
自分が技術を持っているということと、 育てるということとは、また別だな。 仕事に関係ない人が来るんですよ、弟子に。 まだ何もやったこともない、何もできない人が 「宮大工になりたい」といって来るんですよ。 そしたら、その弟子は、 一番先に何をするかといったって、 何にもできない。だから、飯つくりさせる。 仕事はできなくても、みんなのために、 飯つくりと掃除はできるわけですから。 飯つくり、掃除を1年間やらせると、 飯つくりをさせれば、その人の 段取りのよさがわかりますよね。 思いやりも、わかりますよ。そうでしょ。 「今日は、これをみんなに食べてもらう」 とか、そういうのは、段取りが必要になるし、 掃除をさせる時にしたって、必ずその子の性格が出る。 それを1年間見て、 「ああ、この子はこういうところがまずいから、 じゃ、ここだけは直さなくちゃならないな」 というふうにするわけですな。 |
糸井 |
直るんですか。 |
小川 |
直りますよ、一緒にいれば。 一緒にいないとだめなんですよ。 これが、アパートから通ってもいいですか、 ではダメなんです。 |
糸井 |
うわあ……。 |
小川 |
ま、常に一緒にいるんだから 向こうも大変だけど、こっちも大変ですよね。 |
糸井 |
こっちの大変さは、すごいですね。 |
小川 |
大変だね。 でも、それが大切なんですよ。 そうして生活してると、 「みんながこれだけやっているんだから」 というふうに気持ちがわいてくるわけです。 |
糸井 |
仕事もできないなりに、 よくわからないなりに、いい先輩を見て、 「あれがカッコいいな」と思えればいいんですね。 |
小川 |
そうそう、そうです。 |
糸井 |
あっちの方がいいなあと。 |
小川 |
毎日毎日掃除ばっかししますよ。 そうすると、やっぱり先輩が きれいなかんなくずを削ってますよね。 もう、かっこいいし、憧れでしょう。 ああいうかんなくず、削ってみたいと思う。 そう思ったときにかんなを貸してやるんですよ。 「削ってみい」 そしたら、もううれしくてうれしくて、 板が薄くなるほど削りますからね。 その夜からのそいつの研ぎものは 今までとは全然違ってきますよね。 |
糸井 |
その日にガチャーンと変わるんですか。 |
小川 |
変わるんですよ。 これが、最初に、 「かんなはこういうふうなもんですよ」 「こういうふうに削るんですよ」 と教えてやったって、苦痛でしかないですよ。 削れないんですから。 つまり、ほんとに削りたい、削りたい、削りたいと 思う気持ちがわくまで、放っとかなくちゃダメ。 教えちゃったら、その子が いろいろなことを気づかなくなってしまう。 「掃除しとけ」とだけ言って 3か月ぐらい放っとかれますわな。 そうすると、本人がいちばん 「これはまずいな」と思うからね。 そうすると、一生懸命やる気分が高まる。 |
糸井 |
小川さんが、お弟子さんに 怒ることというのはあるんですか? |
小川 |
それはありますよね。 物事に素直に触れないという子がいますね。 素直にものに触れることができない子は、 もう、怒り倒さなくちゃだめなんですね。 ちょっとした知識があるばかりに、 ゼロからスタートしない子がいます。 ……人間性がなくなるまで怒ります。 |
糸井 |
今まで持っていた自我が全部消えるまで? |
小川 |
そう。 |
糸井 |
じゃ、それでも飛び出さないという ぎりぎりのところですね。 |
小川 |
ぎりぎりですね。 怒り倒してゼロぐらいになったころには、 そこから急激に上がります、能力がありますから。 もちろん、知識があっても、 モノに素直に触れることのできる子がいますよ。 その子がいちばんですよね。 でも、大概はそこらの知識を そのまま伸ばして使おうとするから、 波打ってるだけで仕事を任せられない。 |
糸井 |
それを矯正するのは、 やっぱり暮らさないとダメなんですね。 |
小川 |
一緒にいなくちゃ、ダメなんですよ。 一般の会社ではそれは無理ですね。 ま、こっちのやることと言えば、 黙ってて、何にも構わないんですよ。 ほんで、遠くまわり道した子は、 待っててやればいいわけですから。 たとえば、会社で1、教える、2、教える、と、 そうするとすこしずつ技量が上がりますよね。 でも、うちのやりかたは、 もう教えないでずうっといるけども、 7、8年たったころ、 「こういうやり方もあるんと違うか」 ぐらい一言いうと、その子は、1のことが 10にも100にもパーンと開けるんですよ。 そこから一気にギューンと上がるんですね。 |
糸井 |
うれしいですねえ。 |
小川 |
うん。 ですから、ずうっと教えた子と上がった子は、 10年ぐらいまでは、だいたいが一緒でしょう。 しかし、そこから先の伸びが違う。 |
糸井 |
そのときの喜びというのは 小川さんにとっては大きいでしょうね。 |
小川 |
うん。 職人というのは一気に変わるもんですよ。 本人が生き生きとしてきますから、 本人もうれしいし、 自分たちも見ているとすぐにわかります。 「あんにゃろ、最近、仕事すげえな」 という感じでみんな誰もが気づきますから。 |
糸井 |
うれしいでしょうねえ。 |
小川 |
ええ。 |
糸井 |
小川さんは、建築もつくっているけど、 人間もつくっているんですね。 |
2015-01-02-FRI
タイトル
一生を、木と過ごす。
対談者名 小川三夫、糸井重里
対談収録日 2002年9月
一生を、木と過ごす。
対談者名 小川三夫、糸井重里
対談収録日 2002年9月
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