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糸井
言葉に「決まり文句」があるように、
映像でも決まったイメージや手法が
山ほどあるんですけど、
矢口さんはそういうことを
まったくしない方なんだ、と思いました。
1つのシーンのなかに
どのくらい「つらさ」を入れるのかとか、
すごく考えられているように感じたんです。
矢口 そのバランスは、いつも気をつけています。
糸井
とくに、
ぼくが「ここは勝負してるな」と思ったシーンは、
主人公の働く山に、昔の友達があそびにくるところ。
矢口
「スローライフ研究会」ですね。
映画の冒頭で、
主人公の勇気くんが彼女にフラれるんですけど、
その元カノが大学で「スローライフ研究会」に入って、
林業をやっている勇気くんの職場を
見学しにくるんです。
そいつらが今の若者のチャラチャラした感じで、
癇にさわるようなことをちょこちょこしちゃう。
で、最後には勇気くんに
「帰ってくれ」ってどなられて
山から追い返される、という場面です。
糸井
そうそう、「スローライフ研究会」。
もう、名前からしておみごとです(笑)。
ぼくは、ここが『WOOD JOB!』のなかで
いちばんおもしろいシーンだと感じました。
矢口
実は、三浦しをんさんの小説には
スローライフ研究会は出てこないんです。
糸井
へえぇ、そうなんですか!
いやぁ、あれはよかったなぁー。
矢口
うれしいです。
ほんとうにうれしい。
今ちょっと、じーんときました‥‥。
糸井
(笑)
細かい話になっちゃうんですけど、
研究会の人たちの服装が、まずよかったです。
主人公の男の子も含めて、
林業をやっている人たちの格好は
仕事なんだし、
いいかたは悪いんですけど、
基本的には汚い格好ですよね。
スローライフ研究会の人たちだけ、
今風の、こぎれいなファッションをしてる。
矢口
そうです。彼らだけ
流行のアウトドアファッションにしました。
糸井
スローライフ研究会も
山での生活のことをちゃんと考えたからこそ、
きちんとした格好をしてきているわけですよね。
それでも、山で仕事をしている人や
山で生活している人にたいして
不用意な発言や行動をしてしまう。
矢口
そうなんです、スローライフ研究会だって、
決して悪い人たちではないんです。
ただ、都会から田舎にやってきちゃった、
能天気な若者のあつまりなんですよ。
勇気くんも、かつてそうだったように。
ですから、勇気くんが「帰ってくれ」と怒るのは
身勝手といえば、身勝手なんです。
糸井
たしかに、身勝手ですね(笑)。
山奥まで来てくれることには
労力をつかっているんで
ありがたいという気持ちはある。
でも、スローライフ研究会の不用意な言動が
それが「帰ってくれ」につながるという、
そこまでのヒリヒリする時間が
おもしろかったなあ。
あれを描いておかないと、
観ているほうのバランスも
とれなくなっちゃうんですよ。
勇気くんの気持ちのバランスが
そのときに「都会」と「林業」の
どっちに傾いてるのか、わからなくなります。
スローライフ研究会が出てこないと、
ぼくたちは、ずっと勇気くんの動きだけで
そのバランス感覚を読み解かなくてはいけなくなる。
あのシーンで、それがヒュっと崩されました。
スローライフ研究会が出てきたのは、
映画の真ん中ぐらいでしたっけ?
矢口 ど真ん中くらいです。
糸井
はあーー、おみごとですね。
脚本を書いてる人はたいへんですよ。あれは。
矢口
いやいや、そんな。
勇気くんが山の人間側に
寄っていっているということが
あの辺りから観ている人に
ジワッと伝わればいいかな、と思って。
ぼくは取材で9カ月間行ったり来たりして、
撮影では、まる2カ月ほど美杉町にいたんです。
もしかしたら、自分も勇気くんと
おなじような心境の変化が起こるのかな、
なんてことを思いながら現場にいたんですが、
クランクアップが近づくにつれて、
もう早く東京に帰りたくて、
ウズウズしちゃって(笑)。
糸井 うんうん(笑)。
矢口
撮影が終わって東京に戻ったときも、
都会の喧噪にクラクラすることもなく、
あっという間に慣れたんです。
そのとき、ぼくも
スローライフ研究会のひとりだったんだな、
と痛感しました。
糸井
それは、
水生植物と陸上植物のちがいのようなものです。
水生植物のおしべと陸上植物のめしべを
いくら受粉させたって花はつかないんですよね。
それを乗り越えるような理由があれば、
きっと変われるんでしょうけれど、
『WOOD JOB!』では、
そのあたりのエチケットも
ちゃんと守られている気がしました。
‥‥矢口さんって、
今までの作品もそうですけど、
一方にのめり込んでいるように見えて、
ちゃんと俯瞰した状態で
作品を作られていますよね。
矢口
そうかもしれません。
ぼく自身、
『ウォーターボーイズ』を撮ったからといって
シンクロをやったかといえばそうじゃないし、
『スウィングガールズ』のときは、
キャンペーンの一環で
スタッフとバンドを組んだときも
あったんですけど、結局つづいてはいません。
その世界にのめり込んでいる人たちを
横から見たときに、
その「だめさ加減」と「よさ加減」を
両方描ければと思っています。
糸井 「だめさ加減」と「よさ加減を」、両方。
矢口
両方です。
完全に1つのものに没入してしまって、
それが世界で最高のものなんだと
思い込んで撮っちゃうと、
一本やりでおそろしい映画になってしまう気がして。
糸井
ぼくもそう思います。
いわゆる、プロパガンダ映画になっちゃう。
矢口
そうなんです。
そうなってしまえることが、
映画のこわいところだと思います。
(つづきます)
2014-06-05-THU