とにかく「医者」を楽しんでいた。

──
アクショーノフ先生って、
聞けば聞くほど、
「なんで?」という逸話の持ち主ですよね。

たとえば、長身で端正な顔立ちだったので
若いころ、
日本映画に出演したことがあったり。

向かって右が若かりしころのアクショーノフ先生。ハンサム!

山本
戦時中の戦意高揚映画に、
当時としてはめずらしい外国人だったから
「敵の欧米人役」で出てたみたい。

日本の喜劇王と呼ばれた「エノケン」とも、
舞台で共演したことがあるそうだし。
──
しかも「役」だけじゃなくて、
現実に
「スパイの嫌疑をかけられた」ご経験も
あるとか‥‥。
山本
そうそう、あるとき電車に乗っていたら
週刊誌の中吊り広告に
うちのドクターの「スパイ疑惑」が出てたの。
──
え、ルミさん、それ実際に見たんですか?

自分の勤務先の院長の「スパイ疑惑」を、
電車の中吊りで見るって
いったい、どのような気持ちに?
山本
「えええ!?」と。
──
ですよね‥‥。
山本
冷戦の時代だったから
「日本暮らしの長いロシア人」ということで
疑われちゃったみたい。
──
なんと乱暴な。
そういう時代だったってことなんですかね。
山本
ただね、たしかに「長身でハンサム」かも
しれないんだけど、
着てる服は「パジャマか背広だけ」なのよ。
──
極端すぎませんか(笑)。
山本
ポロシャツとか、Tシャツとか、
仮にプレゼントされて持っていたとしても、
着ている姿、見たことない。
──
それってつまり、
「寝てるか仕事してるか」ってことですか?
山本
そう、それ以外の格好は、まずしなかった。
そうでなかったら「裸」か。
──
あ、そっちはアリなんですか(笑)。
山本
たしか夏、寝るときは「裸族」だったと思う。
奥さんに聞いたところでは。
──
何でしょう、「六本木の赤ひげ」という
異名のいかめしさと、
その「おちゃめな感じ」とのギャップが
素晴らしいですね(笑)。
山本
でしょう?(笑)
──
高級ホテルの最上階へ往診に呼ばれ、
行ってみたら、患者が
「マイケル・ジャクソン、その人」で
ルミさんが仰天しているのに
アクショーノフ先生は動じておらず、
よくよく聞いたら
「マイケル・ジャクソンを知らなかった」
という話も好きです(笑)。
山本
その件については、周囲があんまり
「ほんとに知らなかったの?」って聞くから
さすがに、ちょっと勉強したみたい。

その後、何度か診察してるんですが
「彼はね、こういう人なんだよ」とか
教えてくれたりしたので。

‥‥ま、私はとっくに知ってますけどって。
──
そのとき、ルミさんも
マイケルに点滴をしてさし上げたとのこと、
まったくの興味本位ですみませんが、
間近で見る「マイケル・ジャクソン」って‥‥。
山本
いやあ、もう、なんて言うのかなあ。
すごくかっこよかったんだけど、
私たちとは「別の星の人」みたいな感じね。

それにくらべたら
エリック・クラプトンあたりは
ぱっと見、
ふつうのおじさんみたいな雰囲気があって
親近感を持てました。
──
先生は、クラプトンさんのことも‥‥。
山本
もちろんもちろん、知らないですよー。

何度か往診に行ってますから
向こうも覚えてくれていて
3回目くらいには
「ハーイ、ドクター。久しぶりだね!」
とかって言ってくれて
しばらく談笑して帰ってきたんだけど、
帰り道に
「で、あのおじさん、誰?」と。
──
ガクッときますね(笑)。
山本
「ドクター、あの人は神様ですよ」
って教えてあげたら
「何の神様?」
って真顔で聞き返してくるから
「ギターの神様です」
って答えたら
「あ、そうなんだ」みたいな感じでした。
──
そういうおちゃめなところに
まわりの人は、惹かれていたんですかね。

先生ご自身は「素」なんでしょうけど。
山本
うん。とにかく人を呼ぶ人、でした。
いろんな人が集まってきてたから、本当に。

自分のことを「ポーランドのプリンス」と
言い張るおじいちゃんとかも
ずっと、ドクターを慕って通って来てたし。
──
プリンスって‥‥王子様?
山本
電話をかけてくるときも、
「もしもし、ポーリッシュ・プリンスです」
とか、自分で言うかみたいな
ちょっと変わった人で、
子どもが7~8人いるらしいんですけど。
──
はああ。
山本
突然の落下物に備えて
つねに「ヘルメット」を装着していて、
折りたたみの携帯椅子を持ち歩いてるから
「何で?」って聞いたら
「お年寄りが満員電車に乗り込んできたら
 さっと差し出すためのものさ」
とか言うんですけど、
その人自体が「80歳」くらいなんです。
──
そんなとき、ドクターは?
山本
かならず診察室に通して、話をしてました。

「あの人また来たんですけど」って言うと、
「じゃあ、会おうか」って。
──
へえー‥‥。
山本
わけのわからない会話にもなるんですが、
最終的にはいつも
「何かあったら、また来なさいね」って、
握手をして帰してましたね。
──
人に引き立てられて日本へ来て、
そこで、
たくさんの人を引き寄せた人なんですね。
山本
ドクターは結局、
「スパイ」にはならなかったんだけど、
「これだけのお金を払うから
 スパイにならないか」と持ちかけてきた人に
「そんな大金をもらったら
 寝つきが悪くなる」と言って断ったんですが、
ふつう、そんな人とは
二度と会わないように気をつけますよね?
──
スパイに誘われた経験はありませんが、
そうだと思います。
山本
ドクターの場合、そんなやりとりをしたあとも、
その人と
仲良く友だち付き合いを続けてたらしいの。

もう、ずいぶん昔の話だけどね。
──
つまり「仕事の話抜き」で。すごすぎる‥‥。
山本
わけわかんないでしょ?(笑)
──
人間力、みたいなものが違うんでしょうか。
うまく言えないですけど‥‥。
山本
ちなみに、ドクターはキリスト教徒、
具体的にはギリシャ正教の信徒だったので
「奉仕の精神」というかな、
そういう考えを持った人ではありましたね。
──
なるほど。
山本
私なんかにしてみたら
「3時間もつきっきりで点滴してお世話して
 何でタダなの!」とか、
心のなかでは思っちゃうんですけど。
──
たしかにまあ、そうですよね。
山本
ただ、お金がなくて払えなかった人も、
結局みんな、あとで持って来てたなあ。
──
あ、そうなんですか。
山本
たぶん「10人中、9.5人」くらいは、
どうにかこうにか工面して。
──
じゃ、ほとんどの人が。
山本
そう、「いつかまたここへ来るため」にね。
──
ルミさんが、先生とのお仕事を
20年も続けられた理由って、何ですか。
山本
やっぱり、楽しかったから。

ふつうの病院じゃあり得ないことが起こるし、
患者さんと冗談を言い合ったり、
毎日毎日が、本当に楽しかったんです。
──
この診察室には
そういう雰囲気が染み込んでる感じがします。

壁とかも、子どもたちの写真でいっぱいだし。
山本
診察するときの会話も8割は雑談なの(笑)。
で、残りの2割で真剣に診るという。

ドクターは「ベッドマナー」と言ってたけど、
患者に対する接しかたも、独特でね。
──
どのように、ですか?
山本
いわゆる「3分診療」とかの場合って
「今日はどうしました? 風邪? のど痛い?
 じゃ、ちょっとあーんして。
 はいはい、風邪ですね。お薬出しときます」
みたいな感じだと思うんだけど、
ここのドクターは
まず「どこから来たの?」から入るんです。
──
へぇー‥‥。
山本
そこから「今日のネクタイ素敵だね」とか、
旅行者だったら
「日本のどこを見てきたの?」とか聞いて、
患者さんも患者さんで
「お寿司を食べるなら、どこがいい先生?」
とか質問したりして
ひとしきり関係ない話で盛り上がったあと、
「で、今日はどうしたの?」みたいな。
──
患者さんひとりひとりに、
人として向き合ってる感じがしますね。
山本
とにかく「医者を楽しんでいた人」でした。
──
そういうお医者さんにかかりたいです。
山本
ほんとよね。私も。
──
人間が好き‥‥だったんでしょうか。
山本
そうだね。人間が好き、だったんだと思う。
<つづきます>
2014-12-09 TUE