糸井
ぼくら、9月2日に
いっしょにコンサートの舞台に立つんだよね?
まさかぼくに
ピアノを弾かせようということじゃないと思うけど。
矢野
弾けんの?
糸井
弾けません。
矢野
でもむかし、歌は歌ってましたもんね。
立ちマイクで歌ってた。
糸井
もともと、矢野さんとは
それで知り合ったんですからね。
矢野
そうだったよね。
糸井
プロデューサーの大森昭男さんから、
「糸井さん、歌やりませんか?」と言われて、
なんだかアルバムをつくることになって、
そろえてくれたスタッフの中に
矢野顕子さんがおられて。
矢野
それが『ペンギニズム』
糸井
そうです。
矢野
そうか。
糸井
あの『SUPER FOLK SONG』は
そのアルバムの収録曲として、できたわけです。
矢野
そうそう、あの歌、もとはイトイが
歌ってたんですよ。
糸井
矢野さんは「歌泥棒」なんです。
『中央線』は宮沢和史さんが歌ってた。
『ニットキャップマン』も『塀の上で』も
鈴木慶一くんが歌ってた。
矢野
と、本人たちは言っている。
糸井
矢野顕子が歌えば
矢野顕子の歌になります。
矢野
歌に「矢野」という表札を掛けて帰るのです。
糸井
で、話を戻しまして、
ぼくが大昔に出したレコードに
『SUPER FOLK SONG』と
『SLEEPING DUCK』という、
矢野さんが曲をつけてくれた2曲が
入ることになりました。
矢野
はい。そうだったね。
糸井
デモテープに仮歌が
矢野さんの声で入ってたんですが、
「とても歌えない」と思いました。
矢野
そうですか。
でも、ちゃんと歌ってたじゃん?
糸井
大変だったよ。
だけど、あのとき、
ぼくが書いた詞を送ったら、
翌日にすっばらしいのができてきて、驚いたなぁ。
アッコちゃんに詞を渡して
翌日できてなかったことって、
ほとんどないんじゃない?
矢野
ない。
だいたい、すぐできる。
糸井
たいてい翌日だよね。
矢野
うん。
糸井
なんで?
矢野
『SUPER FOLK SONG』のときは
FAXの時代だったんだよ。
FAXの機械からジジジジーっと
イトイの書いた言葉が出てきて‥‥
まぁ、そこにはたいてい
よけいな挿絵が描いてあるんです。
糸井
うん(笑)。
矢野
FAXから出てくる詞と、その絵を
「ふん、ふん、ふん」っつって見ます。
ほんで、「ふーん」と見ているうちに
「できた」ということになります。
糸井
見てるときに、歌になるの?
矢野
ほとんどはそうですね。
糸井
つまり、それは、
「節をつけて読んでる」ってことだね。
矢野
文字には、
そういうことがあるんですよ。
文字がすでに、音を呼んでるというか、
そういう感じがするんです。
糸井
はあぁ。
矢野
まず、FAXから出てくる字が
頭の中で鳴ります。
糸井
そしたらあとは、
それに伴奏をつけるの?
矢野
えーとね、
機械から字が出てくるときに
うーん、ふんふん、と
「音の像」が出るでしょ?
そしたら、それを確かめるために、
FAX用紙を持って、ピアノの前に座ります。
糸井
いいなぁ(笑)。
矢野
紙を見ながらピアノを弾いて、
ちゃんと曲にしていく。
しばらくするとできあがって、
大森さんに「はい、できましたよ」と連絡します。
糸井
その話を聞いてて、思うんだけど‥‥
もしもぼくが何かの言葉を見て音が浮かんだとして、
「こうかな」と歌っちゃっても、
おそらくそのメロディーを
忘れちゃうと思うんですよ。
矢野
うん、あのね、
もちろん忘れちゃうこともあるよ。
だけど、言葉に力のあるものは、
言葉が音を連れてくるから、
それはね、やっぱり、忘れない。
たとえば「ごはんができたよ」という曲がありますが、
「ご~はぁんができたよ~~って♪」というやつね。
糸井
いいね。歌声がしびれるね。
矢野
あれはもう、ひと節で
「ごはんができたよ」なんです。
最初にできたときから、生涯忘れない。
ぜんぜん、忘れてないです。
『自転車でおいで』の
「○月×日」の歌い出しも、ぜんぜん忘れなかった。
糸井
あれもいいもんなぁ。
矢野
最初のメロディーができると、
次の言葉が、波のように、
次の音を連れてやってきます。
でも、自分で組み立てて曲を作るときは、違います。
最初に頭の部分ができたりサビができたりして、
部品を最後に合わせることもします。
でも、作詞糸井重里のときは、わりと
一挙に全部できます。
糸井
それはいいことですね。
矢野
うん。
自分の曲では
「サビができなくて困った」とか、
そんなことがよくあるんですよ。
だけどイトイの歌詞は、それがほとんどないです。
難航した曲なんて、あんのかな?
糸井
だいたい、すぐにできてきてたよ。
矢野
うん、ないですね。
糸井
ふたりでいっぱい作ったんですけどね。
(つづきます。次回は
 忌野清志郎さんのこともお話ししますよ)

イラストレーション・ゆーないと

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN