- 糸井
- こんなにふたりでたくさん歌を作ってるけど、
曲先(詞をあとでつける)の歌は
ふたつぐらいしかないんですよ。
- 矢野
- どれだったっけ?
- 糸井
- ひとつは『春咲小紅』です。
- 矢野
- そうだ。
あれは曲が先でした。
- 糸井
- 曲がすでにあって
「これに詞をつけてください、
ただし『春咲小紅』という言葉は入れてください」
と言われて書きました。
あれはコマーシャルソングだったので。
- 矢野
- そうですね。
- 糸井
- だから、構造としては、
すでに、すばらしい曲ができていたわけです。
「詞を作る必要もない」と思いながら書いたんだけど。
- 矢野
- うーん。あの‥‥
私から言わせてもらえば、
「困ったときのイトイだのみ」
というものがありまして。
- 糸井
- はい(笑)。
- 矢野
- 「ここはどうしてもできない」
となったときに、
私の脳の延長として、
イトイは書いてくれるはずである。
これは私の、おおいなる、
幻想かもしれないんですけど。
- 糸井
- 激しい幻覚ですね(笑)。
- 矢野
- ね?
それがあるわけですよ。
それは具体的にどういうことかというと、
あるものを食ったときに「うまいね」と、
おんなじふうに「うまいね」と、
言うに違いないということ――
それを「信頼」とするならば、
その信頼が、底辺にあります。
さらに私は、言葉で自分を表現するよりも、
音楽のほうが適してるということが、わかっています。
しかし、自分がやっているのは
ポピュラーミュージックです。
日本語でみなさんに伝えるものが
私には、ある。
その「伝えるもの」を
自分の中からわざわざ出さなくても、
信頼関係があって、
同じうまいもんを食える人がいて、
彼のほうがはるかに
箸がうまく使えると思うならば、
彼がやればいい。
- 糸井
- わははははは。
- 矢野
- 彼が先に箸を使って、それに私が
得意分野であるメロディをつけたら
これはこれで、
充分にうまいもんがつくれることはわかります。
- 糸井
- そしてそれは、
充分に「私」ですよね。
- 矢野
- そうそう、そうなの。
- 糸井
- だけど、
そうじゃない人もいるでしょう?
- 矢野
- 先日の「ふたりでジャンボリー」の
第1弾ツアーの最終日が大貫妙子でした。
大貫妙子は、もちろん作詞作曲をし、
自分で歌を作る人です。
そこにおいては、世界有数の能力を持っている人です。
彼女は、人に詞を依頼できないのです。
なぜなら、彼女の歌には「てにをは」に至るまで
彼女の成分が入っているからです。
- 糸井
- そうだね。
- 矢野
- 「自分が好きな作家は、もちろんいるけど、
『この1行はどうかしら? 私はこれは言わないわ』
という詞が来た場合、
『直して』とは言えないでしょ、
それだったら自分で書くわ、ってことに
なるんだよね、ねぇ、アッコちゃん?」
と大貫さんは言うんですけど‥‥。
- 糸井
- 「ねぇ、アッコちゃん?」って(笑)。
- 矢野
- じつは私も基本的に、同じ気持ちなんです。
大貫さんと同じく、そうではありますが、
私の場合はイトイがいるのです。
全く同じ人物ではないけれども、
いわゆる、人工透析のときの、
外部の血液を回す装置のようなものが。
- 糸井
- すごいな、それ。
- 矢野
- あの血液の装置は自分の延長でしょう?
- 糸井
- うん。回してるのは、そうですね。
- 矢野
- だから、私はそれを持っている、
みたいに思ってます。
- 糸井
- 外部の装置であったとしても、
やっぱり「ふたりいることの力」があると思う。
- 矢野
- そうですね。
イトイとこれまでつくった曲のリストを
バッと見たときに、
これがもしすべて矢野顕子の詞だったら、
全然違うものになっていたに違いないんです。
似たようなものになるとか、もう、
そんなんじゃないの。
この歌はみんな、
糸井重里の言葉を見た私の中から呼ばれた音楽が
作ったものなんです。
だから、私ひとりじゃ、絶対にできなかった音楽です。
- 糸井
- それは、お得ですよね。
- 矢野
- お得です。
- 糸井
- そういえば、いま思い出したんだけど‥‥、
雑誌に「矢野顕子と奥田民生の対談」が載っててね。
そこで奥田民生さんが
「いちばん大変なのは詞を作ること」
って言ってたの。
そしたらアッコちゃんは、当然というふうに
「そんなの、糸井重里に
頼んじゃえばいいじゃない」
って。
- 矢野
- それは、矢野顕子じゃないと言えないことですね。
- 糸井
- 矢野顕子以外で、
あんなことを言うやつはいない(笑)。
- 矢野
- ほんとに。
- 糸井
- 「あいつはほんっとうに、ああ思ってるんだな」と、
俺も、民生さんも、読んでる人も
そう思ったと思う。
(つづきます。次回は
コラボレーションの意味って? というお話ですよ)