音楽家の細野晴臣さんと
美術家の横尾忠則さんが出会ったのは
1976年あたりのことでした。
そこからはじまる長いつきあいで、
対談回数はお互い「最多」相手なのだそうです。
はじめて会ったその日に
「いっしょにインドに行こう」という話になり、
ともに病気になり、YMOを結成しようともしました。
濃く薄く、かなったりかなわなかったりの交流を経て、
それぞれの世界で伝説化しているおふたりが
いま考えていること、抱腹絶倒の思い出話、
どうぞたっぷりおたのしみください。
取材協力:堅田浩二
編集:ほぼ日
- 横尾
- どうもどうも。
- 細野
- ごぶさたしてます。お久しぶりです。
いやぁ、暑いな、今日。
歩いてきたから暑い。
- 横尾
- 細野さん、忙しくってさ、あなたが。
- 細野
- そんなことないですよ。
- 横尾
- コンサートじゃなくてリサイタルっていうのかな?
もう終わった?
- 細野
- ついこの前までアメリカにいまして、
やっと帰ってきて、時差ボケで、
いまひどい目にあってます。
(※この対談は2019年に行いました)
- 横尾
- ここまで車で来たんじゃないの?
- 細野
- 車を駅前に置いて歩きました。
けっこう距離がありましたね。
- 横尾
- そうだね、駅からは10分以上かかる。
ぼくはもう最近、歩くとふらつくんですよ。
- 細野
- ぼくも同じです。
でも、歩いたほうがいいでしょう?
- 横尾
- 歩いたほうがいいんだけど、動悸もするわけ。
老化現象だよ。耳は聴こえないしさ。
- 細野
- ぼくの声、いま聴こえます?
- 横尾
- うん。細野さんはいい声してるからね。
細野さんの声って、なんだか
マイク通してしゃべってるみたいな感じするよ。
喉にマイクついてるんじゃない?
- 細野
- そんなわけないですよ(笑)。
補聴器はしてないんですか?
- 横尾
- してる。
- 細野
- 見えないですよ。
- 横尾
- ほら、このちっちゃいやつだよ。
- 細野
- あ、本当だ。すごい。これはハイテクだな。
- 横尾
- ハイ、サイボーグです。
ところで、細野さんとぼくは
これまで何回も対談してんのね。
こんなにも同じ人と対談したことって、
ほかにないわけ。
しかも最初の対談は1977年らしいよ。
- 細野
- すごいね。
- 横尾
- 聞いたところによると、我々は対談で
同じことばっかり何回もしゃべってんだって。
久しぶりに会うと、どうしても
過去の話をするじゃない?
- 細野
- だから同じ話になるんですよ。
- 横尾
- 過去の話って、何回もしてしまうよ。
- 細野
- まぁ、印象深いからですね。
横尾さんは最近、
インドには行きました?
- 横尾
- いや、インドはもう全然。打ち止めだね。
- 細野
- 興味ない?
- 横尾
- 昔興味あったこと、いまは全部興味ない。
- 細野
- あ、おんなじだ(笑)。
ぼくは最近、
「何かに興味がある」ということもないですよ。
- 横尾
- あのね、やっぱりぼくは、
耳が聴こえなくなったでしょ?
「耳が聴こえなくなると絵が変わるよ」と
瀬戸内寂聴さんから言われてたんだけど、
本当にそうなった。
- 細野
- ほぅ、そうですか。
- 横尾
- 「いや、ぼくが音楽家だったら確かに
音が変わるかもわかんないけども、
絵なんだからさ。
絵は視覚的なものだし、
耳が悪くなっても変わらないですよ」
と、当時、瀬戸内さんには言ってたの。
ところがね、それから半年ぐらいして、
あまりにも聴こえなくなってしまった。
音のない生活です。
音のないどこかの国へ来た、
極端に言うとそんな感じです。
だからぼくは体のハンデに従った絵を
描きはじめることになったわけ。
つまり、絵に境界線がなくなってきたの。
音って、境界線がはっきりあるでしょ?
- 細野
- はい、ありますね。
- 横尾
- 耳が聴こえなくなってくると、
音の境界線がぼやーっとするんです。
それ、わかるでしょ? 音楽家だから。
- 細野
- うん、わかります。
- 横尾
- その「音の影響」がビジュアルに出て、
絵がそういう感じになってきた。
- 細野
- では、横尾さんはいまは、
境界線のないような
絵を描いているんですか。
- 横尾
- そうそう。
聴こえないことによって、
絵のエッジがぼやけてきたんです。
そうすると今度は、
思想とか思考なんていうものも
必要なくなってくるのよ。
体に従えば絵が描けるんだからね。
横山大観は朦朧体という
「考え」によって描いたけれど、
ぼくは「考え」じゃなく、
ハンデキャップという自然体で描いている。
でももしぼくが音楽家だったらどうなんだろう?
朦朧とした音楽を作るのかな。
- 細野
- ぼくはときどき、ベートーヴェンが
耳が聴こえなくなってからも
曲を作ったことについて、
考えるんですよ。
- 横尾
- 耳が悪くなってから作った
ベートーヴェンの曲はどうなの?
いい曲、作ってるわけ?
- 細野
- ええ。
いいんですよ。
- 横尾
- ベートーヴェンの時代は、
音を楽譜に書いたわけでしょう?
- 細野
- ピアノで弾いて、楽譜に書いていたと思います。
- 横尾
- ピアノったって、彼は耳が悪いわけでしょう。
- 細野
- おそらく記憶の中で
音が鳴っていたのでしょうね。
- 横尾
- なるほどね。
ぼくはいま、耳が悪くなったけれども、
音楽は聴くんです。
テレビの音楽は聴こえなくても、
レコードやCDをヘッドホンで聴くと少しわかる。
ふつうだったら、ヘッドフォンに伝わった音が、
そのままストレートに耳に入ってくるでしょ?
- 細野
- うん、そうですね。
- 横尾
- いまは耳が悪くなっているので、
ワンワンワンワンとしか聴こえない。
けれども、昔聴いていた歌は聴こえるの。
つまり、昔聴いていた音楽は、
自分の記憶によって聴こえるんです。
記憶を補足して、
もとの音楽に創造を加えるという感じかな。
- 細野
- ああ、自分で構築できるわけですね。
それはベートーヴェンとおなじかもしれません。
つまり体験がものをいう。
- 横尾
- そうだよね。
ぼくの耳がこれからもっと悪くなって、
目ももっと悪くなったら、
きっと記憶だけで絵を描くと思う。
手は、絵を描くことを覚えているから。
- 細野
- うん、うんうん。
- 横尾
- ぼくはすごい腱鞘炎で、
ときには左手で絵を描きます。
左で何枚も絵を描くうちに、
右で描くのと同じように描けちゃうんですよ。
これもたぶん、手が記憶で描いてるんだと思う。
- 細野
- 鍵盤に対してもおなじです。
手癖というものがあって、
たとえ聴こえなくても弾けます。
だからぼくも、おそらく聴こえなくなっても
曲が作れると思います。
- 横尾
- モネも晩年、
白内障になって見えなくなっちゃった。
そのあとは過去に覚えた手わざで描いた。
それが彼の、晩年の傑作なんです。
- 細野
- ほう、そうですか、やはり。
- 横尾
- だけど、その傑作を、
彼自身は見られないんですよ。
当時は白内障を修正するメガネも治療も、
なかったんでしょうね。
- 細野
- なかったでしょうね。
- 横尾
- 世間の評価は高いんだけど、
自分で描いた絵が見えない。
彼は彼の視力で、ストロークを
いわば身体にまかせて
「めちゃくちゃ」やってるわけ。
観るほうは、そのストロークの
重なり具合を非常に評価していたわけです。
自分の作品を確かめられないのは、
ある意味、不幸だろうとぼくは思う。
やっぱり手ごたえや達成感はほしいから。
いくら記憶で作品は作れても、
できあがったものと対峙したときに
はじめて得られる感覚というものがあるからね。
(明日につづきます)
2021-08-21-SAT
※細野さんと横尾さんのこれまでの対談をまとめた本
(いったい何回分の対談を掲載しているのでしょうか!)が
近日刊行予定だそうです。
発売日が決まったら、
ほぼ日のTwitterなどでお知らせします。
書籍『YOKOO LIFE』販売中!
渋谷PARCOの展覧会は8月22日まで。
この夏、横尾忠則さんの作品が
東京のあちこちで見られます。
ほぼ日は渋谷PARCO8階「ほぼ日曜日」で
横尾忠則さんのお人柄や生活にスポットをあてた
展覧会を開催します。
また、みなさまからの熱い要望により、
連載『YOKOO LIFE』を
糸井重里との新規対談を加えて書籍化します。
みなさま、この夏、
『YOKOO LIFE』の本を片手に
「東京YOKOOめぐり」をなさってください。
(めぐった方には横尾只海苔をプレゼント!)
『YOKOO LIFE』
横尾忠則(著)
糸井重里(聞き手)
1,320円(税込)
渋谷PARCO ほぼ日曜日で
7月17日より注文販売。
7月21日(時間未定)より先行販売。
東京都現代美術館のショップ、
横尾忠則現代美術館、豊島横尾館で、
7月21日(時間未定)より先行販売。
ほぼ日ストア、全国書店で
8月3日より販売開始予定。
打ち合わせや旅のあいだのおしゃべりが、
宝もののようで、聞き逃がせなかった。
だから録音機をできるだけまわした。
どうおもしろいのか、説明はできない。
そんなふうにおそるおそるはじまった、
横尾忠則と糸井重里による
「ほぼ日」のおしゃべり連載は、
通な方々のあいだでじわじわと話題となった。
「あれ、本にすればいいのに!」
という声をいただくも、
編集方針について迷いに迷い、数年経過。
この記念すべきYOKOOイヤーに、
思い切って追加の対談を収載し、
奇跡のような本を誕生させます。
本になって、さらに宝もののような、
貴重な内容です。
「YOKOO LIFE
横尾忠則の生活」
会期/2021年7月17日(土)→8月22日(日)
11:00→20:00
会場/渋谷PARCO8階「ほぼ日曜日」
入場料/450(¥OKOO)円
主催/ほぼ日
協力/朝日新聞社
2021年7月17日(土)→10月17日(日)
東京都現代美術館 企画展示室1F/3F
2021年7月21日(水)→10月17日(日)
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
2021年7月17日(土)→9月5日(日)
丸の内ビルディング、新丸の内ビルディング
ジャケットとパンツを
2021年7月1日(木)から順次発売
ISSEY MIYAKE SHIBUYA(渋谷PARCO2階)、
A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA、
ISSEY MIYAKE SEMBA、
ISSEY MIYAKE MARUNOUCHI、
ISSEY MIYAKE ONLINE STORE
横尾只海苔
(よこおただのり)
プレゼントします。
横尾さんの描き下ろし直筆文字入り!
渋谷PARCOの「YOKOO LIFE」展入口で、
東京都現代美術館で開催する
「GENKYO 横尾忠則展」のチケット
(電子チケットの画面可)をご提示の方に、
横尾忠則書きおろし文字入り
「横尾只海苔」(ホンモノの海苔)を
プレゼントします。
※「横尾只海苔」はなくなりしだい配布終了します。
「GENKYO 横尾忠則展」チケットは
観覧前、後どちらも可です。
(C) HOBONICHI