糸井 |
Y字路の写真集は、
すでに人気だと思うんですが、
サイン会や展覧会など
いろんな動きを生んだんですね。 |
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横尾 |
うん。
本の値段を安くしてくれたから、
せめてサイン会あたりはね。 |
糸井 |
サイン会って、たまにやると
知りあいがおもしろがって
並ぶ場合があるでしょう。 |
横尾 |
あるよね。びっくりするよね。
そこで会話できるから、まぁ助かるんだけど、
ちょっと困ることがあってさ。
「名前書いてくれますか」
と言われて、書けないことがあるんです。
文字がわかんなくって。 |
糸井 |
顔は憶えてるけど
名前が浮かばないんですね(笑)。
そんなときは、どうなさるんですか? |
横尾 |
「下の名前はなんだっけ」
とか言うわけ。
上の名前も実はわかんないのにね。 |
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糸井 |
ははははは。 |
横尾 |
「下の名前、太郎……? どのタだっけ」
とかごまかして、
「ちょっと名刺持ってない?」
と言って、やっと書いた。 |
糸井 |
太郎の太はほとんど「太」ですよね(笑)。 |
横尾 |
そしたらね、
名字もくさかんむりで、
こういうすごく簡単な名前なの。
まいったよ。 |
糸井 |
ぼくもそうなんですけど、
横尾さんもきっとそうで、
人を見ないでしょう。
だから、顔を
ちゃんと憶えないんですよね。 |
横尾 |
ぜんぜん。
特に女の人はダメ。 |
糸井 |
そうですか。女の人が。 |
横尾 |
ヘアスタイル変わったり、もう! |
糸井 |
ぼくはどっちもダメです。 |
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横尾 |
ほんっと、ダメ。
いちばん困るのは、
自分の展覧会のオープニングパーティーのとき。
ああいう場所って、ほとんど
知ってる人しかいないはずでしょ?
そこにいる人はみんな知ってる人なのに、
名前がぜんぜんわかんない。
もうしょうがないから、あちこちで
「最近、いかがですか」とか、
言ったりするわけよ。
そしたら、
「来週、校正刷り持っていきますから」
なんて言われて、もうパニックだよね。
誰だっけ? と。 |
糸井 |
「こないだ」という言い方も
けっこう困ってしまうんですよ。
「いや、こないだは」なんて言われて、
あとで考えてみたら
3年前の「こないだ」だったりして。 |
横尾 |
こっちは必死になっちゃうよ。
クイズやってるみたいなもんだからね。
しかたがないから、ヒントになるようなことを
いっぱい聞いてみるんだけど、
第1ヒント、第2ヒントと進むうちに
答えの範囲が、
どういうわけか広がっちゃうみたいなのよ。 |
糸井 |
まいっちゃいますね(笑)。
そういうときは、そばにいる人が
助けてくれたりしないんですか?
主催者の人とか、事務所の人とか‥‥ |
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横尾 |
それがね、
その調子でわかんないまま
誰かと話してるときに、
うちのカミサンがスーッと来てさ、
ぼくに「どなた?」って聞くの。 |
糸井 |
わはははははは。 |
横尾 |
「どなた?」って、
誰かわかんない人と話してるんでしょう!
と、内心思うんだけど、
もうしょうがない。
「これ、うちのカミサンです」
と言います。
そうしたら、「あ、×××の○○です」って
相手が名乗ってくれる場合があるの。
そしたら、カミサンに
「うん○○さんだよ」と言うの。 |
糸井 |
助かりますね。 |
横尾 |
ぼくは密かに、あ、そうか‥‥! なんて
思ってるんだけどね。
あとはね、しょっちゅう会ってるのに、
場所が変わったとたんに、
誰だかわかんなくなっちゃうこと、あるよね。 |
糸井 |
いつも着てる服とちがったりすると、
いけませんね。
この前、うちの近所の中華料理店のおかみさんに
道でばったり会ったんです。
いつもは白衣着て
「はい、○○ライス、お待ちぃ」と
やってるおかみさんが、
イヌの散歩をしてて、
「いつもありがとうございます」
と言われたんだけど、
まったくわかんない(笑)。 |
横尾 |
ふだんユニフォーム着てる人に
ちがう服で会ったらダメだよ。 |
糸井 |
やっぱりそうですか。 |
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横尾 |
その人と会うのは
思いもよらない場所でしょ?
しかも私服。ぜんぜんわかんない。
ぼくもおそば屋さんのおねえさんに
道で会ったとき、
もう何年も、5年も6年も10年も
通ってるのに。 |
糸井 |
食べてるのに(笑)。 |
横尾 |
銀行の前で会って、誰だかわかんなくて。
相手には、
「なにか考えごとしてたのかな」
ぐらいにしか思わせない程度にしたけど。 |
糸井 |
人の顔って、やっぱり
そんなに見てないからなぁ。 |
横尾 |
だけど、ぼくは
かなり有名な人であっても
顔がわからなくなってしまうんだよ。
いちど、浅丘ルリ子さんの家を
訪問させていただいたことがあってね。
玄関に女の人が出てきたんだけど、
ぼくはその人を浅丘さんの妹さんだと思って。
まさか女優さんが
ドア開けるなんて思わないから。
「こんばんは」とか言いました。
向こうは勝手にいろいろしゃべってくるの。
声はそっくりなんだけど、
姉妹だから似てんだと思って、
ぼくは、いつ浅丘さんが来るのかなと
思ってたんだけども、
その人が、浅丘ルリ子さん本人だった。
当たり前だよね、
ぼくを呼んでくれて出迎えてしゃべってる、
なんでそれを妹さんがやるんだよ。
いまから思うと、緊張してたのかなぁ。 |
糸井 |
はははははは。 |
横尾 |
「浅丘さんだ」とわかりかけたとき、
それをごまかすために、
ぼくがなにしたかっていうとさ、
部屋の中にハエが飛んでたんですよ。
そのハエを、ソファの上やテーブルの上や
いろんなところに上がって、捕りはじめたの。
正直言って、メチャクチャになってるの。 |
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糸井 |
メチャクチャだ(笑)。 |
横尾 |
メチャクチャになってる自分が
よくわかってるんだけど、
とにかく「ハエを捕ります」ということに
夢中になることにして、
とうとうそのハエを、捕りました。 |
糸井 |
ははは、すごい。 |
横尾 |
ハエ捕まえて、
やっと落ち着いて
対等に話ができるようになったの。
彼女としては、自分の家に
お客が来てるわけでしょう。
そこで妹を出したり、
そんなことするはずないじゃない。
家から出てきた、それらしい年頃の人は、
本人だと思わなきゃいけないわけですよ。
論理的に考えるとわかるんですけども。 |
糸井 |
そうですねぇ。 |
横尾 |
それが考えられなかったんです。
それはもう、ぼくの能力だね。
人を識別する能力がないという証拠。 |
糸井 |
それは能力ですね。
オレは人のこと言えないんだよなぁ。
ときどき、失礼を承知で聞きますよ。
「なんのとき、最後に会いましたっけ」と。
「だれでしたっけ」よりもマシですよ。
それでずいぶんしのげますから。 |
横尾 |
「なんのとき」ね。
ふむふむ。
「だれだった?」って言われるよりは
いいよねぇ。
(続きます。次が最終回!) |