ヨコオとイトイの THE エンドレス
 
第16回 頭掻くかわりに絵描くか。
糸井 ぼくは、たまたまコピーライターという商売が
人生の間にはさまったから、
そのあたりは運が良かったと思います。
横尾 コピーは、ジャンルがあるのかないのか
わかんないよね。
コピー界なんていうのもないし。
コピーの伝統もないし。
伝統があったとしても、
それは体系づけられてないからさ。
糸井 そのおかげでインチキ扱いされるのかも
しれないけど、ずいぶん楽です。
美術界とはぜんぜんちがいますね。
横尾 なにしろ伝統があるからね。
ぼくの伝統じゃなくて、
芸術の伝統がね。
糸井 ギリシア・ローマのときだって、
お金持ちの家にあった彫刻は
立派だったんですから、
ずっと昔から価値の体系はあったんですよね。
そういうところで、この分量で格闘し、
試合を続けてるのは、
横尾さんしかいないと思います。
横尾 だけどこの量はなにも、
社会のマス化に合わせてるんじゃないんです。
社会の影響ではなく、
もっと個人的なものなの。
糸井 ですから、外からみたら
むやみにエネルギーのある人に見えます。
だけど、エネルギーだけでは
横尾さんの仕事はできない。
新しい発想が次々に出てくること、
様式に納まらないで出し続けること、
いちいち驚異なんですよ。
横尾 でも、それは雑念みたいなものでね。
糸井 雑念!
横尾 ぼくは、目をつぶって座禅すると、
次から次にいろんな雑念が去来するの。
困ったもんだね。
雑念が来なくなれば、ぼくは最高だと思うわけ。
雑念というのは、だいたい
どうでもいいものですよ。
そのどうでもいいものを、雑念として、
ぼくは一個一個形に置き換える作業を
しているんじゃないかなと思ってるの。
糸井 そうしたら、横尾さんはやっぱり、さっきの
シッダールタとゴビンダの話の、
俗世間でやっていった人のほうに似てますね。
それだけの雑念は、自慢じゃないけど、
湧かせられないですよ。
横尾さんがやってることも言ってることも、
よくそんなに湧くな、と
ぼくは何度もあきれます。
横尾 雑念がもう全部出て、のどがカラカラになって、
すっからかんになって、
最後にちっちゃい赤い玉がコロンと
「はい、これで雑念最後です」
って、出てくればいいんだけどさ。
糸井 赤い玉が出て、もう出ないでしょうと思っても、
なんだか出ないフリをして、
昔描いた絵を新しい雑念に
リニューアルしたときがありましたよね。
「この人は無限大だ」と思いました(笑)。
横尾 いや、あれは、
もうこれから先は何も浮びません、ということの
表現であり、証明なんですよ。
糸井 いや、あれは別の雑念になってる。
そのエネルギーは恐ろしいです。
横尾 いや、エネルギーなんてないんだよ。
そういうことをやることによって、
エネルギーが出てくる。
エネルギーがあるからやってるんじゃない。
エネルギーは、もうないんですよ。
糸井 やることによって出てくる。
横尾 だから、やらないとしょうがない。
エネルギーって生命力だからさ。
生きてるためには、描かないとしょうがない。
糸井 ああ、そうか‥‥
溜まってるものが出てる、というよりは、
回転が横尾さんを作ってるんだ。
横尾 そう。
糸井 横尾さんが夢について書いていた時代にも、
「この人は夢でもこんだけよく見るかね」
と思って呆れてたんですけど。
横尾 最近、夢はぜんぜん見ないの。
糸井 見ないですか。
横尾 まったく見ない。
見ても日常の延長でつまんない。
夢というのは無意識が変化したものでしょう。
だけど、それをどんどん見える形にしていくと、
顕在意識になってしまうわけですよ。
無意識をことばに置き換えたりビジョン化したら
その瞬間からそれは顕在意識です。
夢見たものを本に書いて、
それをずーっとやってきたせいで。
糸井 きたせいで!
横尾 とうとう見なくなっちゃったの。
それはものすごく寂しいんですよ。
寂しいんだけれども、
もしかしたらこれは、
無意識と顕在意識が一体化したんじゃないかな?
そう考えると、ちょっとおもしろい。
「あっ、直感が来た」と思って
絵を描いてるときは、
無意識の助けで描いてるわけでしょう。
夢見なくなるのとほとんど同じように、
その直感もひらめきもなくなってきたんですよ。
糸井 ということはつまり、これからは
夢みたいなことを
日常で言い続けることが起こりうる‥‥という。
横尾 そう。夢みたいなものがないわけよ。
糸井 ま、単純にいうと、
ボケ老人になるということですよね。
人から見たらね?
横尾 ははははは、そうだよね。
意識が無意識に変わっていってるか、
無意識が意識の仮面をかぶっているか、
どっちかだと思うよ。
糸井 ある意味では、それはユートピアですよね。
横尾 あのね、魂と心と肉体を
設定するとするじゃないですか。
ほんとうは、このみっつが一緒になれば、
無意識は必要ないし、
なにも必要ない。悩みもない。
いちばん親玉である魂は、
悩みなんて本来持ってないでしょう?
悩みを持っているのは心です。
心がだいたい我々を支配して、
ああでもない、こうでもないと
迷ったり、悩みをつづったりさせます。
つまり、心が魂を邪魔してるわけでしょう。
魂が厳然として、
これは真なのか、善なのか、
魂に全部言わせて、
魂に行動させればいいじゃないですか。
糸井 そうですよね。
横尾 だから、心を魂に
吸収させてしまえばいいんですよ。
あるいは無意識に吸収させればいい。
糸井 ‥‥いやぁ、おもしろいことを伺ってますけど、
横尾さんは、だいたいおひとりで
こういうことを思ったりしてるんですか?
横尾 ひとりって?
こういうことは、みんなでやるわけ(笑)?
糸井 そんなことないですものね。
横尾 きっと、絵を描いてるときが
いちばんおしゃべりになってるんでしょうね。
おしゃべりっていうのは、声を出さないで
なにもしゃべってない状態ですよ。
糸井 わかります。
横尾 むしろ、しゃべらない状態なんだけれども、
その押し黙った時間の中で、
ぼくの知らないうちに
ぼくが活動してるんじゃないかな。
糸井 それじゃやっぱり、絵はやめられないですね。
横尾 絵はたぶんやめないでしょう。
もし生きながら絵をやめるんだったら、
どうしたらいいかなぁ。
もう進歩も、成長も、
そこで切っちゃうわけだから。
糸井 自分との対話がなくなりますよね。
横尾 うん。
でも、そんなことさえも
考えない状態になるのがいいね。
まぁ、頭掻くかわりに絵描くか、とか、
絵描くかわりに頭掻くか、みたいに。
だって、これから先の時間を考えるとさ、
仮に80歳まで生きたとしても、
あと10年、ないわけですよ。
あと10年生きれば、
ぼくは「上」に行くわけでしょ?
その短い時間の中でどうしようったってね。

(続きます!!)
2009-12-10-THU
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