第14回 《 甘党 》 |
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最近ひたすらに帽子を編んでいる。
よって ハチミツの減りがはやい。
同じ物をたくさん編むのは苦手だが
時々はこういうのもいいかも
なんて思いながら
ここまで編めたら “ご褒美” と決めて
キッチンに行ってはハチミツをなめる。
なめながら ふと思い出す。
しゅんしゅんは元気だろうか。
しゅんしゅんと一緒に
デザートビュッフェに行ったことがある。
男だけではそういうとこには行きづらいから
一緒に行ってよとお願いされて
ニット科の5、6人で西新宿のホテルに出掛けた。
ここなら前に母や姉と来たことがある。
『おおー! おおー!』
憧れの会場に足を踏み入れ
しゅんしゅんの つぶらな瞳はうるうると輝く。
よかったね 。来たかいあったね。
学生には安くない金額を払っているのだから
期待はずれだったら困るもの。
3年分くらいの甘い物を食べるがいいさ。
お姉さんのような気持ちで微笑ましく思う。
席に着くや否や いっせいにビュッフェ台を目指す。
甘いものが山と積まれたお皿が
テーブルに めいっぱい並んだ。
甘いね。 おいしいね。
みんなの顔は ゆるみきっていた。
とりわけ しゅんしゅんの顔は
もうトロトロとろけて滴り落ちそうだった。
アイスティーが運ばれてきて
不要と思われるガムシロップも
ピッチャーでテーブルの上にやってきた。
するとすぐに しゅんしゅんの手が伸びる。
えーーーー!!!
『しゅんしゅん! それはっ!』
思わず叫びに近い声が出てしまい
みんなも驚いてしゅんしゅんを見る。
なんということだろう …
しゅんしゅんは 3杯分はあろうかという
ガムシロップをいっきに全部入れたのだ。
『いまね しゅんしゅんがね
ガムシロ 全部入れちゃったんだよ!』
こどもにしか見えない妖精でも
見てしまったかのように みんなに報告する。
しゅんしゅんは 滴り落ちそうな顔を変えず
『ん?』なんていっている。
そして味見をすることもなく
今度はみんなが見ている前で
もう1つのピッチャーを手にし
そこからさらに ガムシロップを全て注いだ。
“みた? みた?
うそじゃなかったでしょ!?”
手柄でもとったみたいな気持ちである。
グラスのフチぎりぎりで
ナミナミとゆれる水面を見つめながら
ゆっくり慎重にストローで混ぜ
うれしそうにそれを吸い上げ
にったり笑うしゅんしゅんのほっぺからは
なにか落ちていたかもしれない。
笑いを取るためでも 罰ゲームでもない
しゅんしゅんの大好きな飲み物を
一口 恐いもの見たさでもらったが
もはや “ティー” はどこにもいなかった。
甘いものなら いくらでも食べていたいけれど
年齢を重ねるごとに 思うがままに食べていては
いけないのだということを身をもって知る。
最近は食べた物が顕著に体型に現れる。
とっても細身だったしゅんしゅんは
いまはどんな体つきだろうか。
それなりにお腹でてるのかな。
もう すぐに中年だもんなぁ。
気がつけばハチミツをなめていいと
決めたところまで編めていた。
“よし ハチミツタイム”
伸びをすると左右の背中周りの肉が
ぶつかった気がしなくもないが
気づかなかった振りをして
そそくさキッチンへと向かう。
“茶色いお砂糖が好きです”
パンを焼く姿を見たことはあっても
そんなによく知らない彼女のブログをのぞくと
最初にそう書かれていた。
小さい頃お母さんにくっついて行った
喫茶店で大人の話に耳を傾けながら
それを口にしたときの思い出が綴られていた。
穴の開いた袖口
ほつれたボタンホール
口に運ぶ時キラキラとこぼれた
コーヒーシュガー。
幼い頃の彼女のカーディガンには
こんなきれいな結晶が
くっついていたかもしれない。