HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第40回 《 ばっさり 》

うぃーん…ゾリッ…ゾリゾリッ…

きいたことのない音が 耳の後ろから聞こえてくる。
目の前では 知っているような 知らないような
初対面のような 懐かしいような人が
こちらを凝視している。

髪を切った。ばっさり50センチ。
むすべない長さなんて30年ぶりだ。

『女の人が髪を切る時っていうのは
 なにかがあるときっていいますけどねぇ
 なにかあったのかしらねぇ うふふ』

水泳教室後 サウナで居合わせた顔見知りの
82才の女性にそう声をかけられ苦笑い。
なんの思い入れもないから簡単に切れた。
なんの思い入れもないからこそ
ここまでだらだらと伸びてしまった。

書くと意味深いようにも読めるけれど
別になにがあったわけでもない。
なにがつらかったわけでもないが
切ったら身も心もスッキリした。
髪を切るっていう行為はそういう効果があるらしい。

縦糸だけ残ったちぎれそうな紐。
織るように横糸を足せばまだいけるね と。
同じ茶色じゃない ピンクゴールドの糸での補強。
弱ったからこその新しい姿に満足していたけれど
もし いまのあたしがこの紐を直したら
まったく別の紐を編んで付け替えたか
痩せ細った糸をちぎって
あいだを別の紐で継ぎ接ぎしたかもしれない。

 
 
2012-07-23-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男