第11回カイサ
ドレッドヘアに 目頭にはピアスの穴
後ろ首にはタトゥーが入っていて
声は低く とても早口で なんだか怖い。
なるべく顔を合わせたくないとさえ思っていた。
マリヤの親戚であるカイサは
実家のあるクオピオから
わたしが来る1週間前に越してきたという。
最初は母屋の2階に住んでいたのだが
『マリヤの朝ごはんが早いから』
と簡単に理由を説明し ある時から
わたしの隣の部屋に移動してきた。
マリヤの旦那さんと カイサのお父さんは
20才年の離れた兄弟で つまりマリヤとカイサが
“叔母と姪”という関係であることは
最終日にようやくわかった。
カルストゥラの病院で
ソーシャルワーカーとして働き
週末はクオピオで彼と過ごすカイサは
そのハードな生活がたたってか
しょっちゅう風邪を引いていた。
仕事を休んだ しゃがれ声のカイサに
『タワーにはもう行った?』ときかれ
『うん 行った』と素直に答える。
町いちばんの観光スポットへの
思いがけぬ誘いはうれしかったけれど
お直しの終わるめどが立っていない今
風邪をもらうわけにはいかないのだ。
それだけではない 自分の語学力のなさから
ふたりで出掛けることを躊躇していた。
しかし数日後 回復したカイサからの
再びのお誘いに思いきってのってみることにした。
それからわたしたちは
色々なところへ出掛けるようになった。
『いま空が赤くてきれいだからみにいこう!』
と夕陽ならぬ 夜陽が沈む湖を見に行ったり
車でアウトレットに連れて行ってもらったり
ぶかぶかの長靴を履いて
夜のブルーベリー摘みにも行った。
白夜とはいえ 夜は出掛けないようにしていたし
歩きではなかなか行けないところへも
カイサとなら軽やかに行ける。
おかげで ひとりだったら知ることのなかった
カルストゥラを わたしは知ることができた。
もしかしたらカイサは わたしと一緒に
この町のことを知ろうとしていたのかもしれない。
マリヤが大切に保管している古い服の数々を
庭にある蔵で見せてもらった 。
その中からマリヤが若い頃に着ていたという
ジャケットをカイサは選びだし 譲り受けていた。
わたしはあの夜のベリー摘みのことを忘れぬよう
小さなベリーを編んでボタンの中心に留めつけた。
いつもジャラジャラとアクセサリーが揺れる手首には
同じく小さなベリーの連なったブレスレットを。
カイサは動物みたいに 好物のベリーを食べる。
森の中 町の中 しゃべりながら 歩きながら
眼をきょろきょろさせて みつけたそばから口に運ぶ。
だから指先は いつもムラサキ色に染まっていた。
2015-05-14-THU