- 田中
- 雄大な黄河の流れを眺めるように、
中国の職人たちが、
自分たちの長い歴史を眺める場所って
どこなんだろうと、
読みながら、ずっと思っていました。
というのも、ここに出てくる職人全員が、
国や社会に何が起こっても、
その日、必ず「手を動かしてる」んです。
- 糸井
- ああ、そうですね。
- 田中
- 国家のイデオロギー的な転換だったり、
生命の危険だったり、
いろんな大事件が起こるんだけど、
それでも、
今日も、手を動かしてるんですね。
手を動かしているあいだは大丈夫、
とでも思っていたのか、
そのあたりの感覚がすごいなあと。 - 塩野
- ぼくが、いっぱい手仕事の人に会ってきて、
いま感じていることも、
「手を動かしてるうちは、なんだか楽しい」
ということなんです。
ケラケラ笑ったりするわけじゃないけど、
決してつらい時間じゃなく、
生きてる時間のある部分を過ごしていけて、
で、その時間は、明日もまたくる。
- 糸井
- ええ。
- 塩野
- そういうようなことを、
たぶん、ものづくりをしている人たちは、
感じてるんじゃないかなあ。 - 糸井
- 中国の職人さんのお話を読んでいると、
思想とか体制とか歴史に対して、
登場人物全員が「受け身」なんですけど、
ときどき頑固なこと言うのは、
「手仕事」に関わることだけなんですね。 - 塩野
- そう。腕を上げたい‥‥というね。
- 糸井
- そこについては、貪欲ですよね。
- 塩野
- お手本に近づきたいというのと、
「あの技を知りたい」ってことに関しては、
本当に貪欲な人たちなんです。
だって、職人たちの生活って、
四畳半に家族8人で住んでたりするんです。 - 田中
- うわ、すごい。
- 塩野
- そんな暮らしで、どうやって
そんなに子どもが生まれんだろうとかって
思ったりもするんだけど、
そういう毎日の中で、ずっと土を捏ねてる。
ぼくとしゃべりながらも、ずっと捏ねてる。
もう、みるみるうちに、
指先のきれいなお人形の手ができるんです。
- 糸井
- へぇー‥‥。
- 塩野
- で、それを、くちゃっと潰しちゃう。
- 糸井
- え?
- 田中
- 出来たら、潰しちゃうんですか?
- 塩野
- そう、潰しちゃう。ぼくと話しながら、
そんなことをずっと繰り返してます。
で、本当に見事なんです、その手技が。
あのようすを見ていたら、
訓練された手とは、こういうものかと。
- 糸井
- 和田誠さんが、冗談を言いながら、
どんどん絵を描いていくみたいですね。 - 塩野
- お人形さんが踊っている場面の、
指の先がきれいにしなっている手を、
作っては潰して、
次は、手をグーにして作ってみたり。
とくに何も考えてないんだと思うんです。
ぼくとしゃべってるから。
で、「私、本当はしゃべらないのよ」と。 - 田中
- しゃべらない?
- 塩野
- つまり、
「これまで、誰かに何かをしゃべっても、
何にもいいことがなかった。
だから、
あなたもすぐ帰ってもらおうと思った」
って言うんです。 - 田中
- 口は災いのもと、ってことですね。
- 塩野
- でも、自分自身のことを話してるうちに、
おもしろくなってきたのか、
「ご馳走するから、ごはん食べにいこう」
って、その日、帰してくれなかった。 - 糸井
- もっと、話したくなってきたんだ。
- 塩野
- で、次の日の朝、
「私が生まれたお寺さんに行こう。
あのお寺を見れば、
私の一族のことが、わかるから。
おいしいごはんもあるし」
と言って、案内してくれたんです。
でも、そのおばさん、
中国の人には、しゃべらないです。
何があるかわからないから。
ぼくには、給料まで教えてくれたけど。 - 田中
- 原稿を読んでいると、
みなさん、お給料の話しますね、よく。 - 糸井
- やっぱり「家計簿」って、
その人のそのときを物語りますものね。 - 塩野
- そうですね。たとえば
「いついつくらいに、
お師匠さんと同じになった」とかね、
克明に覚えてるんです。
ああ、あのときは
メシ代いくらで、お茶がいくらでって。 - 糸井
- もう、「畑の草」を食べて生きてきた
人生でもあるわけだから、そこは。 - 塩野
- ただ、工場に行った人たちについては、
少なくとも食べるものはあったって。
労働者がいちばんの国になったので。 - 糸井
- なるほど、いわば「給食」的な。
- 塩野
- ええ、今でも中国は
食事代はけっこう安いはずです、たぶん。
つまり、食べ物に対する不満が、
いちばんに火のつく原因になるらしい。
- 糸井
- ぼく、『大地の子』というテレビドラマを
よく見てたんですけど、
じゃ、あれって、
内容的には、かなりきちんとしてたんだ。 - 塩野
- ええ、実際の中国の人たちの暮らしぶりが、
よくわかりましたよね。
あれより前の時代のことは、
小説家パール・バックの書いた『大地』で
描かれていますけど、
家のレンガをひとつ抜いて、
そこへいちばん大事な宝物を隠しておいて、
馬賊や盗賊が来て
家中を荒らされても宝は残った‥‥という、
それはもう、ひどい時代で。 - 糸井
- その時代を経てるんですものね。
- 塩野
- でも、そういう昔の話を聞きながら、
部屋を見渡すと、
BOSEのスピーカーが置いてあったりする。 - 糸井
- へえ。
- 塩野
- で、クラシックのCDを聞きながら、
おばあちゃんが急須を作っているんですよ。
「どれぐらい作るの?」と聞いたら
「年に2、3個だね」って。 - 田中
- たった、それだけ。
- 塩野
- そう、その昔は、
1日に100個も200個も作ってた人がね。
つまり、たくさん作ると、値段が‥‥。 - 糸井
- ああ、下がっちゃうんだ。
- 塩野
- だから、買ってくれる人も、
たくさん作ってくれるなって言うんです。
でも、みんな内緒で作って‥‥。 - 糸井
- 横流し用の急須を(笑)。
- 塩野
- そう、そのもうけたお金で、
冷蔵庫を買ったとかテレビを買ったとか。 - 糸井
- リアルだなあ(笑)。
何かと受け身の人生だけど、
生き物としてはちゃんとメシ食いますよ、
という、したたかさがある。 - 田中
- でも、ある意味、自然なことですよね。
- 塩野
- そうですね、人間らしい。
まあ、ぼくらには、なかなかできないけどね。
とくに「横流し」なんかはね。
でも、彼らは、
そこのためらいがほとんどないように見える。 - 糸井
- 生きることで精いっぱいだったから。
- 塩野
- そう、そういう価値観や人生観があったから、
職人魂みたいなものより、
生きていくことがまず優先だと思ってますね。
だって、生きてなきゃ何もできないんだから。
爪楊枝をいくら噛んでても、
死んだらダメだと彼らは思ってると思います。
<つづきます>