- 糸井
- 田中さんは「聞き書き」という表現について、
何か、考えたことありますか?
- 田中
- 聞いたままを素直に並べていくのではないと、
ずっと、思っていました。
事実や予見、
あるいは絶対に聞こうと思ってたことなどを
並べていくうちに、
話の筋道があぶり出されていくところが
読んでいておもしろいところですけど、
それは、聞き書きというものが、
「単に聞いてるだけじゃないから」だろうな、
とは、思っていました。 - 塩野
- そのとおりですね。
たぶん、取材相手が同じでも、
ぼくが聞いた場合、田中さんが聞いた場合、
糸井さんが聞いた場合で、
どれも、違う作品ができると思います。 - 糸井
- それが、おもしろいですよね。
- 塩野
- 同じなのは生年月日くらいじゃないかな。
- 糸井
- それでさえも、
聞く人によって嘘をつく可能性もあるし。 - 塩野
- ああ、そうですね。しばらく経ってから、
「じつは籍がふたつあって」とか。 - 糸井
- 聞いている側がそう思いたいだろうから、
先回りしてそう言った‥‥
みたいなこともいっぱいありそうですね。 - 塩野
- 高校生に聞き書きを教えてるんですけど、
「本当のことを言ってるかどうか
わかんないよ」って、よく言うんです。
そして、相手の言った言葉しか
原稿にしちゃいけないと教えてあるので、
「戦争は昭和22年に終わりました」
と相手が言ったとしても、
単なる間違いではなく、
わざわざ「昭和22年」と言った理由が
あるかもしれない、
だからまずは「昭和22年」と聞こうと。
- 田中
- なるほど‥‥。
- 塩野
- そこで
「戦争が終わったのは昭和20年なので、
昭和22年は間違いです」
と言ったんじゃ、聞き書きにならない。 - 田中
- 勝手に訂正しないんですか。
- 塩野
- しません。
- 糸井
- そこは、文化としての「聞き書き」の、
新しいところですよね。
つまり、近代というのは、
「事実」だとか「客観性」というものが
信仰の対象にさえなった時代ですから。 - 田中
- ああ、そうですよね。
- 糸井
- いまだと「エビデンス」とか言いますが、
そういうようなものに、
がんじがらめになってきた時代があって。
でも、聞き書きという表現は
「カギ括弧の中」という形をとることで、
じかに聞いたことを、
まずは、そのまま出してしまうというね。 - 塩野
- ぼくは、文芸だと思ってやっています。
- 糸井
- ああ、文芸。たしかに。
- 塩野
- 聞書の聞き手は「文芸の技」で話を聞き、
文章にまとめてるんです。 - 糸井
- たとえばの話ですけど、
まやかしばっかり言ってる人の発言でも、
「おもしろい」ケースはあるし。 - 塩野
- そう、物語としては成り立つんですよね。
- 田中
- つまり、「文芸」として。
- 塩野
- 話を聞き続けていくと、
「さっき、なぜ嘘を言ったかというと‥‥」
という展開になるかもしれない。
読者としては、そこまで読んできた内容が、
ひっくり返されるわけだけど(笑)。 - 田中
- それも、おもしろいですよね。
- 糸井
- やはりぼくたちは、真実を探すために
聞いたり読んだりしているわけじゃなくて、
その行間にある、
「文章による芸」を楽しんでるんです。 - 塩野
- 人間の体験を言葉に変換するためには、
話し手も、聞き手も、
どちらにも「芸」が必要なんですよね。
あちらが興に乗ってきたら、
ぼくら聞き手の存在なんかもすっとばして
暴走して話し出すんですが、
それはそれで、すごくおもしろいんです。 - 田中
- それは、ぼくなんかも、よく‥‥。
- 糸井
- ああ、好きだよね(笑)。
- 田中
- ええ、「その場をおもしろくするため」に
しゃべることって、
まあまあ、たくさん、あるじゃないですか。
作り話とかも、ふくめて。 - 糸井
- 場を盛り上げるためにね。
みんな、少なからずやってますよね。 - 田中
- それをね、
「田中、おまえウソじゃないか!」とか、
「作り話じゃないか!」とか、
「それはネタか?」とか、そんなね‥‥。 - 糸井
- この人、大阪の人なんです(笑)。
- 塩野
- ああ(笑)。
- 田中
- そんなね、ネタとか、寝てないとかね、
そういう貞操観念は置いといて、
「おもしろいから、いいじゃないか!」
って言うんですよ、必ず(笑)。 - 糸井
- 「カワウソが大きくなったら
ラッコになる」と、よく言ってますよね。 - 田中
- もっと育つと、ビーバーになるんです。
そんな話を、
みんな「うんうん」って聞くから、
どこで訂正しようとは思うんですけど(笑)、
その場ではもう、
そのまま突っ走るしかないこともあります。
- 糸井
- ときどき「俺はウソをつくよ」という表現を、
人生に交ぜておかないと、
きっと、生きにくくなると思うんです。 - 塩野
- うん、和みますもんね。人間関係がね。
場をあたためようって思う気持ちもあるし、
楽しく過ごそうよという気持ちもあるし。 - 田中
- そんな気持ちでいっぱいです。
- 塩野
- 若い人の会話を聞いてると「ウソー!」って、
よく言うじゃないですか。
あれ、感心してるから言うんでしょうけど、
日常用語としての意味は、
決して「ウソ」だとは思っていませんよね。 - 糸井
- ああ、疑っているというよりは、
もっと「あわい」の部分を表現してるんだ。 - 田中
- ウソーというほどおもしろい、というか。
- 糸井
- だから、何か「いいこと」を言ったりして、
「人格」として信用される必要のある場合、
その「遊び」には
混ぜてもらえなくなっちゃうわけですよね。
つまり、政治家がそれやったらダメで。 - 田中
- 責任問題になります。
- 糸井
- だから、政治家になった途端、その人は、
文芸の世界を
投げ出さなきゃならないってことなのか。 - 塩野
- じつは冗談で、盛り上げようと思って‥‥
と言うたびに、
辞表を出さなきゃいけなくなりますね。 - 糸井
- そうでなければ、
「絶対にウソは隠しておこう」とかね。 - 塩野
- 田中さんのような大阪の人は、
毎日、それやってるってことですか?(笑) - 田中
- いやあ‥‥はい。そうですね。
自分は信用のならない人間だという発言を
毎日毎晩、繰り出すことで、
私という人間の信用を、作っています。
- 塩野
- またおもしろいこと言ってくれるだろうと、
期待してるんだもんね、田中さんの読者は。
聞く人の顔が期待してる、というか(笑)。 - 田中
- ええ、「何かおもしろいこと言って」とは、
よく言われる人生です。
<つづきます>