- 糸井
- 聞き書きという表現の特徴って、
どういうところに、あると思われますか? - 塩野
- そうですね、僕らのやってる聞き書きでは、
基本的には、
いちども誰にもしゃべったことないことを、
話してもらっているんです。
相手も職人で話すことに慣れてませんし、
話しやすいよう、
さまざまな方向から、手を替え品を替え、
同じ話を聞いていくようにしてます。
- 糸井
- なるほど。
- 塩野
- まず「それは何年のお話ですか」と聞いて、
「何年ころかな」と言ったら、
「そのときの流行り歌って何でしたか」
とか、
「プロレスで強かったのは誰でしたか」
と聞いていくんです。
はじめのうちは年代の辻褄が合わなくても、
質問を重ねて聞いていくと、
その事件が起きたのはこのときだ、
自分が離婚したのは、
力道山の時代だったのかとわかるんですよ。 - 田中
- わー、おもしろい。
- 塩野
- あんまり言いたくないのか、覚えてないか、
「いやいや、若気のいたりでね」
とか言うときは、
「その若気のころってテレビありましたか」
「あったよ、もちろん」とか。 - 糸井
- ベテラン刑事みたい(笑)。
- 田中
- 巧妙な取り調べです(笑)。
- 糸井
- 聞き出し方は上手になっていくものですか。
- 塩野
- その人の人生でとてもたいせつな時期‥‥
たとえば、結婚や離婚、就職、
親方の元を離れたときだったりする時期が
具体的にわからないと、
人生のターニングポイントがどこなのかが、
わからないじゃないですか。
だから、そこについては、
なんとか、つかみたいと思ってやってます。 - 糸井
- 話の中心点がないと、
全体の輪郭もくっきりしてきませんものね。 - 田中
- 職人さんと話していたら、
急にチベットの話が出てきたりしますよね。
あれ、すごくおもしろかったです。 - 塩野
- ああ(笑)。
- 田中
- チベットで建てた工場を放棄して帰って、
50年以上も経った今、
「あれ、どうなってるかなあ」って‥‥。
のん気すぎませんか(笑)。 - 糸井
- 平気な顔で「放棄して」とかって(笑)。
- 田中
- 「人生、回り道」とかって言いますけど、
ものすごく具体的な回り道ですよ。 - 糸井
- ドラマだったらていねいに描くんだけど、
ご本人は、淡々と言ってる(笑)。 - 田中
- そう、そう。本当にそこが、おもしろい。
何々省から何十日もかけて歩いてきたって、
そこだけで、映画になるような場面です。 - 塩野
- それを「歩いたんだけどさ」というね。
- 糸井
- ただ、今こうやってしゃべってるけど、
自分のことを考えてみると、
社員の前で、
ぼくが昔の「貧乏の話」をするときは、
あんなふうに語ってるんです。
ついこのあいだも、
いざお金がまったくなくなったときのために、
1枚の50円玉を
セメダインで貼りつけといたんだけど‥‥と。 - 田中
- ええ!?(笑)
- 糸井
- で、本当に困ったときに、
その五十円玉をグッと剥がして使うんだけど、
その話をしてるときって、
俺はおもしろいこと言ってる感じもなければ、
つまんないわけでもなく、
ただ「そうしてた」という事実を言ってる。
- 塩野
- 自分のことだと、そうなりますね。
- 糸井
- そう、自分のことで済んだことに関しては、
「悔しい」とか「辛かった」って、
案外、そんなにないのかもしれないんです。 - 塩野
- 話を聞いた中国の職人たちも、
生き延びて、まわりからも評価されていて、
今の地位もいいわけですしね。
ただ、見るからに「みすぼらしい」んです。 - 糸井
- あ、そうなんですか、そこは(笑)。
お金持ちになったのに。 - 田中
- お屋敷とか庭はすごいんだけど、
ご本人は、
そんなにリッチな感じでもないんですか? - 塩野
- そのおじさん自体はいたってふつうです。
ただ、おじさんの奥さんは、
京劇のスターみたいな格好してた(笑)。 - 糸井
- ああ‥‥(笑)。
- 塩野
- 「うちの夫は人間国宝なんだから。
もっと大事にして」みたいな顔してた。 - 田中
- おもしろいなあ(笑)。
<つづきます>