養老孟司×池谷裕二 定義=「生きている」

同じ東京大学で解剖学と薬学を追究し、
それぞれ「脳」を研究してきた
養老孟司さんと池谷裕二さん。
おふたりはいつからかつきまといはじめた
ある思いを拭いきれないでいます。
2019年5月15日に「ほぼ日」から発行する絵本
『生きているのはなぜだろう。』を前に話す全14回。
途中で質問をはさむのは、ほぼ日の担当、菅野です。
生きものの定義は‥‥そうです、「生きていること」!

第1回人間はを取らなかった。

──養老先生、池谷先生、
今日はお時間をいただき、ありがとうございます。
おふたりは、もともと同じ東大におられて、
初対面ではないんですよね。

池谷いちど教科書の会議で
お会いしたことがあるんですが、
そのときはごあいさつしただけで、
ほとんどお話しはしてないんです。

養老ええ、そうですね。

──池谷先生は、養老先生のことは‥‥。

池谷間接的に、ですけれども、
とにかくずっと大きな存在でした。
養老先生は当時、解剖学の研究室にいらっしゃって、
そこに私のボスの西山信好先生が、
よくゲームをしにいっていたという噂を(笑)。

養老(笑)そうでしたね。

池谷私はそのときまだ大学生でした。
齋藤洋先生のもとで学んでおりまして、
うちの西山助教はどこに行ったのかな? 
と探したら、いないときはだいたい
養老先生の部屋で。

養老齋藤さんとは、大学でずっとなかよくしてました。
一緒にモグラを捕りにいったりしてね。

池谷スンクスという変わったモグラ、
それを捕りに、たしか台湾にも行ってましたよね? 

養老そう。
ほんとは「台湾に行く」ほうが
目的だったんですけどね。
齋藤さんっておもしろい人で、
台湾のレストランに入ると、
ホールを通り抜けてキッチンまで
ダーッと行っちゃうの。
そこで「今日は何がある?」なんて訊く人でね。

池谷その齋藤洋先生が、
私が薬学部に入ったときの指導教授でした。

──そんなご縁が。
スンクスというのは、実験用のモグラなんですか? 

池谷そう。
私が携わったのは1年間だけでしたが、
研究のかけだしがスンクスの実験でしたから、
私にとってシンボリックな動物です。
というのも、脳の研究室に入って
私がやった最初の研究が
「吐くこと」だったんです。

臨床的には「嘔吐」はすごく重要です。
抗がん剤の副作用のひとつに、
「気持ち悪くなって吐く」があるんです。
こんなにつらい思いをするなら化学療法をやめたいと
おっしゃる方がいるくらいに強い副作用です。
その気持ち悪さを止めるための薬、
つまり「制吐薬」を
薬学部としてはなんとかつくりたい。
研究で扱うネズミは、性質として吐かないんです。
ところがスンクスは吐く。
あるときそれを、齋藤先生が発見したんです。

スンクスはそれまで、
脂肪肝の研究に使われていました。
学生さんたちがお酒を投与する実験をしていて、
それを手伝った齋藤先生が
眼の前でスンクスが吐くのを見たのがきっかけです。
まわりの学生さんたちは
スンクスが吐くのをいつも見ていたから驚かない。
吐くことの重要性に気づいてなかったんです。
齋藤先生はスンクスが吐くのを見た瞬間に、
「これ嘔吐の研究に使えるよ!」とわかった。
それで、いまは世界中でスンクスが、
嘔吐の研究で扱われているんです。

養老そうです、そうです。

──かわいいんですか。

養老あんまりかわいくないね。
スンクスって、顎が大きくて脳が小さいの。
反対に、顎が小さくて脳が大きいのが
トガリネズミです。

スンクスはゴリラなんかと同じで、
頭の骨に髎(りょう)があります。
噛むための筋肉である側頭筋が発達して、
頭頂まで至っているんです。

ゴリラの骨って見たことないですか?
頭のてっぺんまで筋肉が‥‥。

──見たことないです。
でも、あそこに、ゴリラが‥‥

池谷そうそう、あれあれ。
ゴリラは、頭の骨の上にまで
筋肉が走ってるんですよ。

養老人間は、ものを噛むとこめかみが動くでしょ?
ゴリラはそれが発達してて、
頭のてっぺんまでいってるってこと。

おもしろいことに、
食虫類(虫を食べる哺乳類)も、霊長類も、
「顎が発達して脳が小さいタイプ」と
「顎が発達しなくて脳が大きいタイプ」
このふたつがあるんです。

──はぁあ、とすれば、
いまの人間は‥‥?

養老人は、脳が大きく、顎が小さい。
トガリネズミ派です。
その研究はとってもおもしろかったんだけど、
そのあたりでぼくは現役を辞めました。

池谷しかし、スンクスについては、
なんで噛む力を強くする必要があったのか
不思議なんですよ。
スンクスがいたのは、台湾のように、
虫がいっぱいいて食べものに困らないエリアです。
だからむしろ、逆な気がします。
木を掘らなきゃ虫が出てこないなら、
噛む力が強くなるのはわかるんですけど‥‥。

養老どちらかといえば、北のほうにいた生物が
脳味噌をデカくした傾向がありますね。
たぶん、北のほうが暮らしにくいのかな。
南にいると、あまり考えなくても
食ってりゃいい環境だから、顎を取った。

池谷ああそうか。
ゴリラはたぶん、そうですね。

養老そうです。
どうやらこれは哺乳類に基本的にある性質で、
ゲノム全体か特定の遺伝子かわからないんですけど、
顎を大きくすると脳味噌が小さくなって、
脳味噌をでかくすると顎が小さくなる。
それは取り引き、つまり、
バーターになってるんじゃないかな。

──両方はないんですね。

養老ないんです。

池谷どっち取りますか? 
顎にしますか、脳にしますか?

養老そうそう。

──人間は顎を取らなかった。

池谷顎を取らなかった人間が、
そこからどういう道をたどったか、
ということですね。

──脳を大きくする道を取った人間が
『生きているのはなぜだろう。』という問題に
近づいていくんですけれども‥‥。

養老この本は、もっと基本的。
熱力学の内容になってますね。

池谷はい、そうなんです。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 薬学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。

『生きているのはなぜだろう。』を
学校の理科の先生にプレゼントします。

『生きているのはなぜだろう。』は科学の分野から
人が生きている理由を示そうとする本です。
絵本の形をとり、本文はふりがなつきですが、
子どもたちだけに向けた本にはしあがっておりません。
巻末に池谷裕二さんによる
2ページ半の解説もついておりますが、
この内容を理解するためには、雑談やおしゃべりを含めた
大人の助けが必要になることもあろうと思います。

そこで、小・中・高校の理科系の先生がたに、
この本を抽選でさしあげたく思っております。
当選は20名さまです。
ご希望の方は、下記の案内のとおり、
メールでお申し込みください。
当選の方には5月14日までにメールでお知らせします。

※当選した本のお送り先は学校宛とさせていただきます。
※同じ学校の方が重なって応募された場合、
ひとつを当選とさせていただきます。
※メール本文にお名前や住所を書く必要はありません。

メールの件名 生きているのはなぜだろう。理科の先生応募
メールの宛先 present@1101.com
メール本文 学校名
応募締切 2019年5月12日(日)24:00

当選の方にはほぼ日から
住所をおうかがいするメールを差し上げます。
落選のご連絡はいたしません。

『生きているのはなぜだろう。』を
授業で教材として使用したり、
生徒さんとのおしゃべりで
どんな話をしたのかなど、
お聞かせいただければとてもうれしいです。
ご応募お待ちしています。

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