鈴木 |
「ほぼ日」は『吉本隆明 五十度の講演』を
企画、販売していらっしゃるけど、
これは、大変なことですね。
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ほぼ日 |
デジタル化してアーカイブにすれば
これから先も、役立ててくれる人がいるだろう
という考えがありまして。
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鈴木 |
いや、ほんとうにそのとおりなんです。
アーカイブをどう整理して
活用するかということは、
テレビ業界でも、このところ、
関心の的になってきているんですよ。
新しい情報をどうこなすかということが
どうしても中心になっていましたから。
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ほぼ日 |
今回、DVD化された「吉本隆明 語る」は、
NHKのETV特集で放映された番組です。
映像のアーカイブ化ということも
いっしょに見据えて制作してくださいました。
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鈴木 |
おっしゃるとおり、NHKが
ぴったりの仕事ですね。
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ほぼ日 |
担当の山口智也ディレクターは、
35時間もカメラを回されたんですが、
番組に使えるのは89分。
放映されたのは、大半が
2008年の7月19日に行われた
吉本隆明さんの講演の映像でした。
番組を制作する際に、山口さんは
編集で加工することは
あまりしないでおこうと思う、と
おっしゃっていました。
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鈴木 |
ディレクターの山口さんも、
プロデューサーの塩田さんも、
はじめはきっと、
吉本さんの50年の業績を立体的な構造にして
番組化しようとしていたに違いないと
ぼくは思います。
ところが、あの講演ぶりですよ。
そのおもしろさに、
現場でその姿勢を変えたんだろうなと思います。
それが、まさにテレビだと
ぼくは考えています。
まず、吉本さんが50年間
理詰めにやってこられた偉業を
2時間や3時間の話で理解するのは
むずかしいんじゃないかな、と思います。
ましてや、放送枠は89分。
吉本さんの高邁な原理原則論が
そう簡単にわかるはずがないんです。
しかし、あの講演会場に居合わせた人は、
吉本さんとひとつの時間を
共有できるということに非常に期待し、
興奮しただろうと想像します。
同時性、臨場感、並時性を伝えること。
それがテレビという媒体の
いちばんの特色でしょう。
ですから、ディレクターの編集方針が
そう切り替わったのは、よくわかります。
たとえ、その著書の内容が理解ができなくても、
吉本隆明さんという
偉大な知の巨人がいるということは
みんなが知っているわけです。
そういう状況において
「生の吉本さん」の存在感を
あの番組はまことに的確に
表現していたと思います。
それは、あの番組の
プロデューサーやディレクターの
手柄だと思います。
だいいち、あれを理詰めにやったとしたら、
活字の分野と変わらなくなるでしょう?
おごそかに構成しすぎたとすると、
今度は演劇や映画の世界になっちゃう。
テレビの特性から離れていっちゃうんです。
それよりも、あれでもって吉本ファンが
どれほど増えただろうか、ということのほうが
重要であるとも言えるのではないでしょうか。
だって、ぼくはあの放送を観て、
「ああ、吉本さんというのは、こんなふうに
青年みたいな情熱と、
子どものような素直な気持ちを
持ちつづけている人なんだ」
と、はじめて感じ取ることができたんです。
存在感もぜんぶ含めて、
やっぱりこれはたいした人物なんだ、
ということが肌身でわかったんです。
あれを理詰めに構成しちゃったら、
そこが抜け落ちちゃうし、
そうなったら吉本さんの活字の世界には
決してかなわないですよ。
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ほぼ日 |
なるほど。著作で、吉本さんは
表現されているわけですから。
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鈴木 |
ええ。とにかく、テレビそのものの
存在感をアピールするためにも、
非常に貴重な番組だったと思います。
偉いのは、やっぱり糸井さんです。
吉本さんの存在感、実存性を
きちっと表現できるように、
見守っていらっしゃいました。
それをそのまま表現してまとめたプロデューサー、
ディレクターの見識は、
そうとうなものだとも思います。
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ほぼ日 |
「ETV特集」という枠があったから、
ということも言えますね。
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鈴木 |
ええ、あの枠の仕事ぶりは
みんながわかっていますからね。
いい加減な料理は出さないところなんだという
前提が見る側にあります。
90分という時間をちゃんと持っている枠だ、
ということも大事なポイントです。
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ほぼ日 |
そうですね。60分ではなく、90分。
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鈴木 |
テレビに関係する連中はたいてい、
あの番組を観たと思いますよ。
ぼくの周囲にいる人たちも注目していましたし、
感心していました。
吉本さんが手を上げて話しつづける
あの姿を見ただけでも、
すごい「印象」が残るんですよ。
一気に吉本さんがみんなに、
人間として近づいたなと思います。
その原因はおそらく
撮影技術にあるのではないでしょうか。
吉本さんの、宙をかきむしるしぐさにしても、
いろんなかたちで、何台ものカメラを駆使して
撮っているでしょう。
撮影技術も映像の編集技術も
非常に多彩で優れていたと思います。
会場にいた人並みに
視聴者を釘付けにさせようたって、
そう簡単じゃありませんから。
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ほぼ日 |
カメラマンの方は、
ファインダーを覗いたときに、
吉本さんがこの日に
どれだけ賭けてきたかがわかるから
真剣に撮らざるをえなかったと
おっしゃっていたそうです。
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鈴木 |
吉本さんのあの真剣さは
誰だって引き込まれますよね。
吉本さんという人は、
本質論を追及される方だと思います。
いろんな目配りを広くもたれるんだけど、
結局本質はいったい何なんだということを
一生懸命突き詰めて勉強された方でしょう。
その表現は、たくさんの書籍のなかで
理論的にできていると思います。
そういう意味で、
あの講演は勝負どきだ、という
切迫感がありました。
全身全霊を打ち込まれたその気迫が、
何を言っているかということよりも
伝わってくると思います。
会場にいた人も、おそらく
何を、という部分よりも
いかに語るかというところに、
途中から集中したと思います。
そこにとても感動したから、
最後のあの大きな拍手になったんだろうと
ぼくは思います。 |
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