第5回「弱い」という才能。
- ヨシタケ
- ぼくはいま絵本作家になって5年が経ちまして、
最近よく思うのは
「いいこと言いたい病」には
ほんとうに注意が必要だということなんですね。
- 糸井
- わかります。あれは危ない。
- ヨシタケ
- 年を重ねるごとにこう、悪化するんですよ。
今日みたいな場でも
「皆さん遠方からお集まりいただいてるわけだし、
何か持ち帰っていただかないと‥‥」
とか考えはじめて
「こないだ、私こんなことがあってね」
っていう、教訓じみたことを
つい言いたくなるんです。
だけどその、何ていうか、嫌らしさ?
その話を
「いい話でしょう?」って思いながら
言ってるときの自分が、
どれだけ醜い顔をしてるんだっていう。
- 糸井
- 自分が「いい話だな」と感じた、
その状態のものを
そのまま渡せるならいいけれども。
- ヨシタケ
- そこなんですよね。
- 糸井
- 今日もこういう対談の形がいいのは、
お互いにこういうことを言いながら
話せるんですよね。
一人喋りになるとつい、お客さんたちの
真面目なうなずきを見ながら、
「‥‥それだけじゃないんですよ、皆さん」
とか言いたくなっちゃうから。
- ヨシタケ
- そうなんです。
自分一人で壇上に立つと、
「皆さん、楽しんでいただけてるんだろうか?」
ってことに不安で不安でしょうがないので、
危ないんですよ。
- 糸井
- だから絵本なんて、そういう
一人語りの極地みたいなところがあるから、
バリバリの教訓絵本だって
作れちゃうわけですよね。
- ヨシタケ
- そう、そうなんですよ。
だからぼくはいつでも
「それでいい気になってるなよ」ってことを、
遠くから優しく指摘してくれる編集者さんに
いてほしいなと思うんです。
「あっ、いけねえ、いけねえ。すいません。
私みたいなもんが、ちょっと夢を見てました」
って原点に戻してくれるようなことを
言ってくださる方にいてほしいなと。
- 糸井
- 逆に、ヨシタケさんは、編集者の人に
自分の気分をのせてほしいみたいなことは
ありますか?
- ヨシタケ
- ぼくはそこはまったくないんです。
むしろ編集者の人が
「ヨシタケさんが決めたことなら、
全部いいと思います。
行きましょう行きましょう!」
というスタンスだと、いちばん困るんですよ。
ぼくの中で絵本というのはほんとに、
編集の人との共同作業で
作り上げていくものなので。
- 糸井
- そこでもやっぱり対話の感覚が
あったほうがいいってことですね。
- ヨシタケ
- そうなんです。
そして
「今回こんなことをやってみたんですけど、
どうでしょう?」と作って見せたときに、
「いや、それ全然いけます。
絵本でやっちゃって大丈夫な話です」
っていうことをわかっている人で
あってほしいんです。
そこを知ってる人が意見をくれると分かってると、
ぼくも安心して飛び出すことができるし
「これは大丈夫、これはやりすぎ」
という線引きを見てもらえていると、
仕上がりがちゃんと揃っていくので。
- 糸井
- なるほど。
- ヨシタケ
- ちょっと話がとびますけど、
最初の『りんごかもしれない』を描いたあと、
昔からぼくを知ってる大学の同級生から
感想をもらったんです。
「絵本描いたんだってな。読んだよ。
あれ、作ってて楽しかったでしょう」
って。
読みながら、楽しみながら作ってるのが
分かったらしいんですね。
それを聞いて僕も
「そうなんだよ、楽しかったんだよ!」
って思って。
もらった感想の中で、
それがいちばん嬉しかったんですけど。
絵本を作るのって、
こういう気持ちがすごく大事だなと思ってて。
- 糸井
- きっとそうなんですよね。
- ヨシタケ
- それはほんとに
「バッターボックスに立たせてもらったんだ、俺」
っていう喜びで。
自分がずっと読んでた絵本というものを
作らせてもらえて
「外れても、まあ、いいっすわ。
思い切り振ったし、やれることはやったし」
という感覚がやっぱりあって。
さきほどの「いいこと言いたい病」に
ならないためにも、
その気持ちを忘れちゃいけないなと思っています。
- 糸井
- そういうときってもう、
バットにちょっと当たっただけでも
嬉しいんですよね。
- ヨシタケ
- そうなんですよ。
だから、自分の絵本が完成したのを見たとき、
やっぱりほんとに嬉しかったんです。
見本が届いて自分の本棚に挿したら
「五味太郎」「長新太」「ヨシタケシンスケ」
って並んだんですよ。
しかも絵本って、背表紙の厚さでは
平等なんですよね。
「うわ‥‥すげぇ」と思って。
「本棚に差したときに見分けつかないよ」
っていう(笑)。
こどもにとってはどれも同じ1冊ですから。
- 糸井
- それもまた、絵本が持つ懐の深さですね。
- ヨシタケ
- そうなんです。
そしてこどもは作家の知名度とか
過去の作品とかとまったく関係なく、
目の前の1冊と向き合うわけです。
すごく懐も深いし、審査も厳しい。
そういう厳しい審査員が全国にいることも含めて、
そこはやっぱり、かえすがえす
おもしろいジャンルだなと、
自分が内側に入ってみて改めて思いますね。
- 糸井
- ‥‥終わりの時間が近づいてきましたけど、
最後に1個だけいい?
- ヨシタケ
- もちろんです。
- 糸井
- 1冊目の絵本が売れちゃうのって、
とんでもない大事件じゃないですか。
どう受け止めました?
- ヨシタケ
- ぼくにとって幸いだったのは、
絵本としては1冊目なんですけど、
自分の名前の著作物としては
4冊目ぐらいだったんですよ。
30歳のときからイラスト集というのを
何冊か出してるんですね。
そしてそれが、全く売れてないんです。
だから、自分の出した本が売れないことに関しては、
あるていど耐性があるんです。
「‥‥でしょうね」っていう。
- 糸井
- ええ。
- ヨシタケ
- 編集者の人に
「ぼくの本、売れ行きどうですか?」
と聞くといつも
「うん、あのね、ボチボチみたいですよ」
といった返事が帰ってきてて
「ですよね。すいませんね。
なんかごめんなさいね」みたいな感覚だったんです。
だから、そういう覚悟はできてたんですね。
だからこそ自分の絵本が売れたときに、
それがどれだけ珍しいことか、
どれだけありがたいことかが分かったし、
それが起きたときに
「この機会をちゃんと活かさなきゃいけない」
って分かったんです。
- 糸井
- 冷静になれたんだ。
- ヨシタケ
- はい。これがたとえば20代で、
いきなりトップで、いきなりバーンと売れてたら、
そうとう踏み外すと思うんですけど、
そういう意味でぼくは、
わりと落ち着いて受け入れられたんです。
「ほんとにありがとうございます、皆さん」
っていう、その謙虚な姿勢になれたのが、
ぼくにとってはすごく幸運でした。
- 糸井
- あと、単純に性格として、
ヨシタケさんは非常に自己批評的な方だから、
Aと思ったらBと考えるし。
- ヨシタケ
- そうなんです。
何かができるようになったら、
それによってできなくなることしか
想像できないです。
- 糸井
- (笑)‥‥ねえ?
もうこれは、ネガティブとさえ言えない、
独自の往復感覚というか。
- ヨシタケ
- なんだか、そう、
何があっても怖がることしか
できないんですよ(笑)。
- 糸井
- いつでも震えてるというか。
それはでも、才能だったんですね。
- ヨシタケ
- どうなんでしょう。
でもそれがまさか、仕事のタネになるとは
思ってもみませんでした。
- 糸井
- 「絵が描けないんですよ」
は、
「絵を記号として考えればもっと
言いたいことができるじゃないか」
となったし、
「ネガティブ」
と人に言われるようなところは
「慎重さ」として、戦略を立てるのに
非常に都合がよかったわけだし。
ああ、弱いところって才能ですね、全部ね
‥‥あ、なんだか今、
いいこと言ったっぽかったかもしれない(笑)。
- ヨシタケ
- (笑)
(対談はこちらでおしまいです。
お読みいただき、ありがとうございました)
2018.08.06 MON