- ──
- これとか、うわあーと思いました。
悲しみとか切なさとか通り越して、
何とも言えない気持ちになります。
- 根本
- 以前「イムヌス」シリーズといって、
ラテン語の「hymnus=賛美歌」という名の、
一連の作品をつくったことがあって。
- ──
- 賛美歌。
- 根本
- 「ここに存在しているようで、していない」
「ここに存在していないようで、している」
みたいな、
不安定であやふやなものを表現したんです。
- ──
- いや、この作品から感じるのは、
不安定とかあやふやさ‥‥そのものですね。
- 根本
- 教会にいると、誰かのお祈りを聞く機会が
あるんです。
そこはまた、誰かの
切実な告白に触れるところでもありました。
- ──
- ええ。
- 根本
- 今でも、浮浪者の人々だとか、
見向きもされないような
マイノリティの人のことを考えるときには、
心が揺れるんです。
そういう、不安だとか悲しみの気持ちって、
マイナスのイメージだし、
ちょっと目を背けたくなるんですけど、
じつは、人間にとって重要で、
本質的な感情なんじゃないかと思うんです。
- ──
- 目を背けたいけど表現せざるを得ない?
- 根本
- そう‥‥ですかね。
七指の燭台
- ──
- 根本さんのつくる作品の魅力の源泉が、
まだよくわからないというか、
うまく言葉で表現できないんですけど、
いつごろから、
こういう作品をつくっているんですか。
- 根本
- 2008年からなので、
もう、10年くらいにはなります。
東北芸術工科大学という大学の卒展で、
いきなり、こういうふうになって。
- ──
- いきなり?
- 根本
- あ、それまで、わたし、
ずっと「壺」とかをつくってたんです。
- ──
- 壺‥‥。「ザ・陶芸」みたいな?
- 根本
- そうです。
それもかなりベーシックな作品を。
これが卒展の会場風景なんですが。
イムヌス<王の隊列はすすみ>2009(撮影:姜哲奎)
- ──
- 壺から、急にこれですか。
- 根本
- はい。
- ──
- 今よりさらに抽象性が高いです。
- 根本
- もう「動物」と言っていいかどうかさえ、
わからないようなものばかりです。
- ──
- 担当の先生とか、驚きませんでした?
- 根本
- あの、わたしの大学の先生って、
和太守卑良(わだもりひろ)さんといって、
手びねりの名手‥‥というか、
ものすごく有名な陶芸家だったんです。
- ──
- ワダさん。和に太いって書くんですね。
すみません、不勉強で存じ上げなくて。
- 根本
- わたしは、和太さんから、
ベーシックな手びねりを学んでました。
でも、大学を卒業する歳の9月に、
和太さんが、急に亡くなってしまって。
- ──
- あ‥‥そうなんですか。
- 根本
- 膵臓癌でした。2008年に、64歳で。
陶芸作家として、
あぶらの乗り切っている時期でしたが、
わたしは、
頭の中が真っ白になってしまって。
- ──
- 卒展の相談とかもしたい時期ですよね。
- 根本
- そう。だからどうしようって、
すこーーーーんと抜けちゃった感じで、
それで、
今までつくってきた壺やら何やらが、
急に、こういう生きものになりました。
‥‥って、はしょりすぎですね(笑)。
- ──
- ただ、いずれ動物になりそうな気配を、
壺の作品からも感じます。
- 根本
- そうなんです。今から思えば。
- ──
- でも、いきなり、こういう生きものに
なっちゃった理由は、
自分でも、わからないって感じですか。
- 根本
- うん‥‥何でなんでしょうね。
- ──
- 師匠が亡くなったことは、
当然、大きなきっかけだと思いますが。
- 根本
- はい、もちろん関係してると思います。
結局「生と死の境界」みたいなことを
卒展のテーマにしたんですけど、
準備している間中、ずっと、
和太さんが亡くなったことばかりを
考えていたので。
- ──
- そうですか。それほどまでに。
- 根本
- キリスト教の家で育ったせいか、
ちいさいころから、
愛と死について、考えさせられます。
で、何て言ったらいいのか‥‥
きっと、
そのへんに和太さんはいるだろうとか、
ずっとつながっていたいというか。
- ──
- ええ。
- 根本
- そんなふうな心の状態だったときに、
あるとき
「動物にしちゃったらおもしろくない?」
と、何だかできるような気がして、
子どものころから
動物図鑑をずっと見ていたこともあって。
わたしは彫刻家ではないので、
骨格とかディテールとかを気にしないで、
ぴゃーっと一気につくったんです。
- ──
- こういう、ふしぎな動物たちを。
- 根本
- 人間ではない生きもの‥‥です。
瞑想の森ー成人60×35×20cm 2016②(撮影:根岸功)
- ──
- そこから一気にこちらの世界に。
でも、この風景、和太先生は見てないんだ。
- 根本
- 見ていません。もう、見せられない。
- ──
- まさか、こうなってるとは‥‥。
- 根本
- 和太さんが生きていても、
こっちの方向になったかもしれないけど、
和太さんが生きていたら、
ここまで開放的には、ならなかったかも。
- ──
- 何ておっしゃるでしょうね。
- 根本
- 何て言うだろうな‥‥。
当時、現代アートにすごく興味があって、
そういう展示を
同級生たちがやりはじめていたので、
和太さんのまえで、
「いいなあ」って言ったんです、わたし。
- ──
- ええ。
- 根本
- そうしたら、和太さんに
「根本さんは、
あちらのほうに行きたいんですか」
って聞かれたんです。
で、「なんでですか」って答えたら、
「わたしには、
こちらの側しか教えられませんよ」
って言われたので‥‥。
- ──
- はい。
- 根本
- 「わたしは、行きませんよ」って。
それが、たぶん最後の会話。
- ──
- うわあ。
- 根本
- おそろしい(笑)。
- ──
- 来ちゃったわけですもんね、こっち。
- 根本
- 最後、大学から駅まで送っていって、
そのまま夏休みに入って、
それから、2週間後くらいでしたね。
- ──
- 膵臓癌って。
- 根本
- はやかったです。
そういうニュースが流れてきました。
- ──
- 信じられなかったでしょう。
- 根本
- 信じられなかったです。
でも、何だろう、ふしぎな気持ちで、
あの自由な和太さんが、
もっと自由になってしまったような。
- ──
- 気がした?
- 根本
- 和太さんが、
ずっとずっと楽になったような‥‥
んんー、なんだろう。
どう言っていいかわからないです。
- ──
- はい。
- 根本
- 感情を「言葉」に置き換えるのは、
やっぱり、難しいです。
野良犬 b(撮影:鈴木一成)
<つづきます>
2018-11-28-WED