ゼロからはじめるジャーナリズム オランダ人ジャーナリスト、ヨリス・ライエンダイクさんと。
 

第0回 ヨリスさんって、どんな人?

糸井 ヨリスさんの本は、
オランダ国内で25万部も売れたそうですね。
(オランダの人口は日本の7分の1)
あなたみたいに考える人の本が
たくさん売れたっていうのは、
ぼくはとてもうれしいんですけど。
ヨリス この本が売れたことについては、正直驚きました。
たぶん、ソーシャルメディアの働きが大きかったですね。
ソーシャルメディアがある現状では
既存メディアが情報を独占できないので、
「大衆に、こういうふうに思わせたい」
という方向に編集した情報ではなく、
生の声が行き交いますよね。
たぶん、この本は、既存のメディアが
喜ぶような本ではないんですけど、
ウェブ上で、ふつうの人同士が
「よかったよ」と言ってくれたんです。
だから、20年前だったら、
この本は成功しなかったんじゃないかな。
糸井 インターネット以後ですね、やっぱり。
ヨリス はい。
例えば、新聞などのメディアだと、
さっき話に出たアメリカの国旗を燃やしてる10人
写真を撮って、「ダマスカスは怒っている」というような
見出しで記事になるんです。
でも、ダマスカスは人口400万人なんです。
400万人のうちの10人の話を、
さも当たり前のように出す。
こういう一方的な報道というのは、
インターネットがある現在では、
もうできにくくなってるんじゃないかなと。
インターネットによって、情報のあり方は
すごく変わるんじゃないかなと思います。
糸井 それはすごい変化でしょうね。
さっきの旗を燃やしてる10人というのも、
例えば、現地の人が、なんの意図もなく
その状況を写真に撮ってウェブに載せたとしたら、
10人だってこともわかるし、
誰かが意図的に加工したものではない、
全部に実際のピントが合っている
写真が届きますよね。
ヨリス プロのジャーナリストは、取材先を厳しい目で見ます。
これからは、プロのジャーナリストがふつうの人に
厳しい目で見られるようになっていくんだと思います。
糸井 そうすると、
プロのジャーナリストはどうなっていくんだろう。
ヨリス かなり多様な方向性があると思います。
例えばジャーナリストになりたいと思ったとき、
これまでは国とどの媒体かを選ぶんですね。
日本で新聞記者になりたい、
オランダでラジオの仕事をしたい、というふうに。
でも、これからは
トピックやテーマの専門家になって、
国を超えて、あらゆる媒体を使って
情報を発信していくことになるんじゃないでしょうか。
糸井 なるほどなー。
それは学者の進化の形に
ちょっと似てる気がしますね。
ヨリス ああ、そうですね。
あと、インターネットが発展したことで、
できるようになったことのひとつが、
「ゼロからはじめられる」ということです。
例えば、今、私は金融の取材を続けていますが、
まったくなにも知らないところからはじめて、
これを2年間続けていったら、
ある程度、金融について語れるくらいには
なれるんじゃないかと思ってます。
で、そのゼロからはじめますよというところから
全部を見せていけるのも、
インターネットならではですね。
糸井 あ、それには、ぼくにも似た経験があります。
ぼくは年を取ってから釣りをはじめたんですけども、
釣りのことをよく知らないときの自分の気持ちって
あとで絶対忘れちゃうと思ったんです。
ヨリス はい。
糸井 で、それをぜんぶ書いておこうと思ったんです。
今ならインターネットでそれができたんだけど、
当時はまだそれが手軽じゃなかったから、
ぼくは、それを書くメディアを探しました。
ちょうど格闘技の雑誌に知り合いがいたんで、
「原稿料いらないから、それに連載させてくれ」
と言って、釣りの連載をはじめたんです。
のちに1冊の本にしたんですけども、
やっぱり、そのときの気持ちというのは
きれいさっぱり忘れているんです。
そして、今読んでも気持ちいいくらい、
間違ったことを楽しく考えてるんですよね。
それを、今だったら、インターネットを使えば、
誰でもすぐに書けるってことですよね。
ヨリス そうです。
例えば、オランダのことを全然知らない日本の若者が、
1人でオランダに行って、
「初めてしゃべったオランダ人」とかいうところから
ブログを書いたり動画を撮ったりする。
それがインターネットだと、
ずっとウェブ上に置いておけるので、
誰かがいつかそれに興味を持ってくれる。
出会いがあるんです。
これは本当におもしろいことだなと思います。
糸井 おもしろいですよね。
自分が今興味を持ってるものを
あとで間違いだったと気づいたり、
ずっとあとに誰かが共感したり‥‥。
この姿勢が、その記事がおもしろくしているんだろうな。
ヨリス そうですね。
ジャーナリストという立場では
「これが事実です」と言わざるをえないことを、
ウェブでは「なにも知らないんですけど」とか
「まだ調べてる途中で
 間違ってるかもしれないんですけど、
 こういうことがわかったんですよね」
ということをオープンにしながら、やっていける。
この差は、とても大きいですね。
お互いが、この情報は間違っているかもしれないと
肝に銘じながらやっていけますから。
糸井 今の時代は、そこが、とっても必要なときですね。
ヨリス ええ、私もそう思います。
糸井 例えば、インドの山奥に行っても、
ヨーロッパに行っても、日本にいても、
こどもが犬を見る視線というのは絶対変わらないし、
時代が1000年さかのぼっても
きっと変わらないと思うんです。
そういう、どことどこが変わってないんだろうってことを
探し続けるような視線が、とても大事なんでしょうね。
ヨリス さっきの釣りの話でも、糸井さんが
夢中になって、いろいろ間違いをしていくというのは、
読者としては、きっと自分も同じ間違いをするだろうから、
すごい入り込みやすいと思うんです。
そういうことはいつの時代も変わらないし、
時間が経ってからそれを読めば、
変わらないところがみえてくる。
それが伝統的なジャーナリズムと
大きく違うところですね。
糸井 ひっくり返しですね。
ヨリスさんがやってきたのは
そういう方法なんですよね。
ヨリス そうです。
読者にも結局、そっちのほうが喜ばれるんです。
伝統的なジャーナリズムは、
言ってみれば教室での先生のお話なんですよ。
糸井 「受け取れ」っていうね。
ヨリス ただ、ぼくのやり方だと、
「親戚のおもしろいおじさんから話を聞いてる」
みたいな感じになってしまって(笑)。
糸井 あ、わかる、わかる。
このまえ、友達としゃべっていたんですけど、
なにも科目を教えない家庭教師を
派遣するセンターをつくりたいって。
ただのおじさんが来る(笑)。
好きだった女の人にふられちゃった話とかを
するためにやってくるんです(笑)。
ヨリス いいですね(笑)。
糸井 その派遣センターには、
ヨリスさんにも、ぜひ入ってほしい(笑)。
「おじさんがイスラエルに行ったときはね‥‥」
みたいな話を。
ヨリス (笑)

(つづきます)

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2012-04-02-MON