── 日本の住宅地図というのは、
世界的に見ても「ものすごく詳細」と聞きました。
坂本 そのようですね。
── しかも、1軒1軒の家の名前が入っているという
その「ものすごく詳細」な地図を
ゼンリンさんというひとつの民間企業が
全国規模で整備しているというのも‥‥。
紙永 他では、あまり聞いたことないです。
── ゼンリンさんは、なぜ、そこまで詳しい住宅地図を
つくろうと思ったんでしょうか?
紙永 ‥‥何ででしょう(笑)。
坂本 やはり、きっかけとなった
別府市の地図の評判が良かったという‥‥。
── ほめられたのが、うれしかったから?
坂本 単純に、そうかも知れないです。
紙永 「これは、いける!」と思ったのかも。
── その「いける!」を、
徹底的に、突き詰めてしまったと。
紙永 そんな会社な気がします(笑)。
坂本 実際、地方地方で
その地域の地図だけをつくっている会社は
何社かあるんですけれど‥‥。
── 住宅地図を全国規模でつくる気になったのは
ゼンリンさんだけだったわけですね。

それも「実際に歩いて確かめる」」という方法で。
紙永 はい。
── ‥‥自転車とかじゃダメなんですか?
紙永 有料道路などでは、とうぜん「車」を使いますが
原則として、調査は「徒歩」です。
坂本 人間の目線でチェックしないと
何かを見落としてしまう可能性がありますので。
── なるほど‥‥。ちなみに「全国」といいますと
実際には、どれくらいの数があるんでしょうか?
坂本 全国1750市区町村のうち
1740市区町村の地図を発行しています。
── それが「全国の99パーセントを網羅」ということの
具体的な数字であると。
紙永 はい。
── あの‥‥「唯一、全国がそろっている」ことで
どういうメリットがあると思いますか?

何というか、「すごいな!」ということ以外に。
坂本 そうですね、複数の市区町村のデータを
同じ仕様で提供できるのは、利点だと思います。

そういう意味では、警察や消防にも
うちの地図データが採用されていますから‥‥。
── あ、そうなんですか!

なんとなく、官公庁というのは
自前のデータを持ってるんじゃないかとか
勝手に思っていたんですが。
坂本 やはり、全国の住宅一軒一軒の
正確な情報というのは
ゼンリンしか持っていないんです。

たしか、110番や119番が入ったら
弊社の地図データが出てくるようなシステムに
なっているはずです。
── 社会の安全を守るインフラを支えているのが
民間の仕事というのは、
なんかすごいし、かっこいいと思いました。
紙永 いえいえ、だからこそ
間違いのない地図をつくっていかないと。
── なるほど‥‥そうですよね。

それでは、ゼンリンさんの「地図の精度」を
担保しているのは、何だと思われますか。
坂本 現地を見るということでしょうか。
── やはり。
坂本 それがゼンリンの「強み」だと思っています。
── なるほど。
紙永 それと、もうひとつは「信用」ですね。
── 信用?
紙永 無遠慮に家の表札をチェックされたりとかは
されたくないのが
感覚としては「ふつう」だと思うんです。
── ああ‥‥。
紙永 ですから「地図に情報を載せたくない」
という場合には、もちろんそういたしますし、
個人情報や著作権、知的財産権などの
取り扱いに際しては、法律をしっかり守って
細心の注意で地図づくりにあたっています。
坂本 そのために調査の際、われわれスタッフは
必ず身分証を携帯して
ひとめで「ゼンリン」とわかる
腕章とユニホームを着用しているんです。
── つまり、ゼンリンという会社にたいする
「信用」なくしては
正確な地図をつくることなど覚束ないと。
坂本 そのとおりです。
── でも、「歩いていない道はない」というのは
改めて、恐ろしいことですよね‥‥。
坂本 そうですねぇ、よく考えると(笑)。
── その自信は、あるんですよね。
紙永 あります。
坂本 少なくとも、ゼンリンという会社全体として
「歩いていない道はない」です。
── どんなに細い道も‥‥通ってます?
坂本 通ってます。
── あの、信用してないわけじゃないんですが、
田舎のほうに行くと
舗装されていない道なんかもありますけど‥‥。
坂本 あぜ道の情報も取ってますので。
── はー‥‥「あぜ道の情報」までチェック済と。
紙永 もちろんです、だって「道」ですから。
── どこまで続いているのかわからない道とか、
どこまでも歩いて行くわけですか。
坂本 そうですね。

ただ、遠くのほうに「電柱」が見えれば、
誰かいる可能性があるので。

── な、なるほど!
坂本 どこまで続くかわからないけれども、
その先には電気が通っているわけですから。
紙永 とうぜん行きますよね。
── 電柱あるかぎり。
坂本 人家の建ってる可能性が、あるんです。
── これまで、いろんな町をご担当されてきたと
思うのですが、
差し支えなければ、具体的にどのあたりを?
坂本 おもに千葉県の調査をしてきました。
紙永 わたしは、岡山、中国・四国や九州あたりです。
── 日本人は均質的だとか言われますけど、
地域性というのは、やはりあるもんですか。
坂本 あります、あります。
── たとえば‥‥。
紙永 港町は、言葉の「威勢が良い」ために
どこも男っぽい、荒っぽい印象がありますよね。
そしてみなさん、よくしゃべる。

でも、漁師言葉の激しさのためか
おっしゃってることがわからない率
総じて高いのも港町の特徴です。
── なるほど。
坂本 地域によっては
子どもの教育がしっかりしてるかどうか
けっこう、わかりますね。
── へぇ! そんなことが、どうやって?
坂本 子どもがきちんと挨拶するんですよ。
── へー‥‥。
坂本 都会ですと、あまり見ない光景ですけれど、
見ず知らずの調査スタッフに
子どもたちが、みんな挨拶をしてくる町とかあって。

そういう地域って
掃除が行き届いている印象もあったりしますし。
── つまり、その地域コミュニティでの
教育とか躾が、しっかりしてそうだ‥‥と。
紙永 調査をし終えて
明るい町だったな、逆になんか暗かったなって
いろいろ感じるんですけれど、
明るいムードの町、
ちょっと暗い雰囲気の町という印象の差は
そういった
ささいな要素の積み重ねなんじゃないかな、と。
── ちなみに「ここはタイヘンだった」みたいな
ゼンリンさんのなかで
伝説化している町とかって、あるんですか?
坂本 秋葉原の電気街ですかね。
── あー‥‥。
坂本 やはり、ふつうに歩くのにも苦労するような
細い道に
軒先の狭い店が密集しているあの感じというのは
かなり調査しづらいだろうなと思います。
── なにしろ、いちばんはじめは
元の地図がない状態での調査ですものね。
坂本 そうですね。

ですから、当時、担当した調査スタッフの感覚で
だいたいのカタチを取っていったのだろうと。
── 感覚‥‥と言いますと?
坂本 いちいちメジャーで実測できるわけじゃないので
へんな話、
オレの歩幅で何歩くらいだったから‥‥みたいな。
── ああ、つまり「職業的な身体感覚」で。
紙永 ただですね、
うちのベテラン調査スタッフって、すごいんですよ。

しっかり、ご自分の「尺」を持っているので
何センチ、何メートルというのを
現場でも地図上でも、ピタッと出しますから。
── すごい。
坂本 人によっては側溝の数とか見てたりとか。
── 側溝?
坂本 側溝のフタが何個分なので‥‥とか言って。
── つまり「店の間口の広さ」とかが、ですか?
坂本 あのフタって「1枚50センチ」くらいなので
1、2、3、4‥‥5枚だから
「だいたい、2.5メートルくらいだな」と。
── そこまで職業を「身体化」させられるのって‥‥。
紙永 地図が好きだからじゃないでしょうか。
── おお! ‥‥女の人でも、地図がお好き?
紙永 うちの会社には、たっくさんいますよ、
地図好き女子。

地図好き同士のイベントに参加したり‥‥。
── 地図イベント!
紙永 みんなでお酒を飲んでいても
いつのまにか地図の話になっていたり。
── 地図を「酒のサカナ」に‥‥。
坂本 お客さまのほうにも
コレクター的なかたがいらっしゃいますし。
── ゼンリンの住宅地図の、コレクターですか?
紙永 ええ、何年も連続で
同じ地域の地図を買ってくださっていたり。
── はー‥‥。
坂本 気軽に買える値段でもないんですけどね、
一冊「2万円」とかするので。
── それってやっぱり、
地図上で変更された箇所を眺めたりとか
されてるんでしょうか‥‥?
坂本 でしょうね。
── でも、書き換わった箇所って、
明示されてるわけじゃないですよね?
坂本 自力で見つけ出すんだと思います。
── その趣味も奥深い‥‥。
紙永 ですから
わたしたちも、負けていられないんです。
── ようするに、そこまで「本気の人」まで含む
お客さまの層にたいして
地図でお酒が飲めるような人たちが
つくっているのが
ゼンリンさんの住宅地図である‥‥と。
坂本 そういうことになります。
── いっそう説得力が増してきました。地図の。
紙永 わたしたちも、たまに
鬼気迫るものに見えてきたりします。

自分たちの地図が。
<つづきます>
2012-01-31-TUE
前へ はじめから読む 次へ
感想をおくる ほぼ日ホームへ