第1回 愛書家の世界へ、ようこそ。  2011-02-07-MON
第2回 美女と野獣とポオの挿絵画家。 2011-02-08-TUE
第3回 聖書、バルビエ、最もエロ度の高い本。 2011-02-09-WED
第4回 恐るべきカエル図鑑。   2011-02-10-THU
第5回 驚愕のイソギンチャク図鑑。  2011-02-11-FRI
第6回 愛書家の世界へ、あなたも。  2011-02-14-MON
── アラマタ先生、はじめまして!
荒俣 はじめまして。
── 本日は、たいへん希少な本ばかりを
見せていただけるということで
本当に、ありがとうございます!
荒俣 考えうるすべてのフィールドから
まんべんなく用意してきました。
── おおおっ! みるからに希少そう!
荒俣 希少です。
── まことに、恐れ入ります!

さっそくですが、アラマタ先生といえば
「延々と本を読み続ける博覧強記」
というイメージで
一般に知れ渡っておりますが‥‥。
荒俣 本は好きですし、事実よく読んでいますが、
本日わたくしは
そういった通常の意味での「本好き」として
ここに来たわけではありません。
── と、おっしゃいますと‥‥。
荒俣 本日は愛書家として、やってまいりました。
── 愛書家。
荒俣 英語では
ビブリオファイル(bibliophile)
と言います。
── ビブリオファイル‥‥。
荒俣 ふつう「本が好き」といった場合には
「中身が読みたい」ということです。
── はい、そりゃそうです。
荒俣 それが「趣味は読書」ということの意味ですが
われわれ愛書家は「趣味が本」なんです。
── 読むのでなく、本そのものが趣味?
荒俣 つまり、われわれ愛書家は
物質としての本が好きなのです。

印刷だとかだとか、
余白の書き込みだとか挿絵だとか、
本の来歴だとか部数だとか、
そういう「ハードウエア」が大好きなのです。
── はぁ。
荒俣 だから「ソフトウエア」である
「中身」は
二の次となる。

中身を読むだけなら「本」でなくてもよい。
コピーでも電子書籍でもかまわない。
読むための本は、
愛書の中にカウントしてないのです。
── ははぁ。
荒俣 実際、愛書の対象になる本の場合は
読まないケースが非常に多い。

図書館だって、
貴重書はできるだけ触らせないし、
一般には読ませないでしょ。
── ‥‥つまり、読まないんですか、中身?
荒俣 愛する本は読みません。愛書家としては。

なぜなら、われわれ愛書家は
真に愛すべき本をもとめて何万冊も集めますから
中身をいちいち読んでいたら
一生が終わってしまうのです。
── ははぁーっ‥‥。
荒俣 これまでの愛書家人生で
「買った本」の数を言えというのなら
わたくしも
数万冊という量になるかと思います。
── す、すうまん、ですか! 
荒俣 ただ、そのうち1割程度しか
「愛すべき本」として手元に残りません。

それはつまり、それらが「読む本」ではなく
「モノとしての本」だからです。
── あのぅ、アラマタ先生の「伝説」として
よく語られることに
本を置かせてもらっていた
出版社の平凡社に「住んでいた」とか、
本が入らなくなったら、
その家をそのままにして引越すとか、
いろいろあると思うのですが‥‥。
荒俣 平凡社にはもう住んでいませんよ。
── あ、そうでしたか。
(ホントに住んでたんだ‥‥!)
荒俣 かなり前ですが、本が増えてしかたないので
母校の慶應大学に
コレクションの半分ぐらいを譲りました。

その後、また着々と本が増えてしまったので、
平凡社さんに
ぜんぶ置いてもらっていたのです。
── じゃあ住んでおられたのは、そのとき?
荒俣 そうです。
── そもそもは、
日本を代表する百科事典である
平凡社の『世界大百科事典』の編さんに
泊り込みで
携わっていらしたんですよね、たしか。
荒俣 その後、平凡社さんの引っ越しのために
スペースが無くなってしまいました。

それで再び置き場に困っていたのですが
ここ雄松堂さんにお願いして
レアな本はすべて
置かせていただけることになったのです。
── なるほど、そうでしたか。
荒俣 わたくしのコレクションのうち、
雄松堂さんに預かっていただいているのが
総数の4分の1くらい、
残りの半分が母校の慶應大学
さらに残りが
武蔵野美術大学
国会図書館に買い取られてゆきました。
── なんたる、そうそうたる‥‥。
荒俣 そのそうそうたるなかでもすごいのが、
この雄松堂という本屋さん。

ふつう、神田の古本屋街あたりへ行くと
「店売」といって、
お店の棚にずらーっと本が並んでおり、
そこへお客がやって来て
「何かレアな本はないかな?」
と探すのが、一般的な姿。
── はい。‥‥「レアな本」を探しているのが
一般的かどうかは
置くとしても、スタイルとしては‥‥ええ。
荒俣 でも、ひとたび雄松堂に来店するならば、
そこはレア・ブックの宝庫‥‥。

つまり、われわれ愛書家が愛してやまない
モノとしての本
専門的に扱っているという、
日本でも数少ない本屋さんなのであります。
── なるほど‥‥。
荒俣 この世に2冊か3冊くらいしか存在しない、
出てくれば
国会図書館大英博物館かというような、
まるで宝物(ほうもつ)のような本を
扱っている書店。
── すごい本屋さんなのですね‥‥。
荒俣 そして、われわれ愛書家のために、
従来の日本にはなかなか存在しなかった
海外のレア・ブックを
世界中から集めてきてくださった書店‥‥。
── ‥‥アラマタ先生が
かようなワールドに足を踏み入れたのは
いつごろからなのでしょう。
荒俣 レア・ブックを追い求めはじめたのは
大学生のころでありました。
── そんなに早くから。
荒俣 たとえば、これからご覧にいれるような本は、
日本の書店では、
ほとんど見ることができません。

そこで、わたくしの場合は、
大学生のころから
コツコツと海外の古本屋さんに手紙を出し、
「目録を送ってくれないか」と。
── それはつまり「カタログ請求」ですね。
荒俣 当時、アメリカやイギリスなんかの
ブックレビューの雑誌に、
本屋の広告が出ていることがありました。

そういう雑誌のうしろ側を見ては
毎週1枚くらい住所に送っていたのです。
── 週イチですか!
なんと激しいカタログ請求活動‥‥。
荒俣 カタログが届いたら
めぼしい本に「マル」を付けてゆきます。

あたかも競馬の予想屋のごとく、
カタログの「マルつけ」にいそしみましたため、
大学行ってるヒマもないほど。
── そんなにですか。
荒俣 カタログにマルをつけるか、
本を買う資金のためにバイトしているか、
大学時代は
そのどちらかでありました。
── ‥‥でも、カタログに載っているのは
基本「タイトルだけ」ですよね?
荒俣 そうです。
── 当然、当たりハズレは‥‥。
荒俣 賭けです。
── 賭けですかそこ!
荒俣 だいたい10冊くらい注文したら
8冊か9冊は
「このままドブに捨てようかな」
思うような、ハズレばかり。
── ドブ‥‥。
荒俣 いちばんのスカを引いたときのことを
今でも、思い出します。

「日本の悪魔について書かれた本」という
ふれこみの本があったんです。

タイトルは『ゴールデン・ゴブリンズ』。
── ‥‥黄金の悪魔?
荒俣 カタログの解説を読んでみると
「日本の近代に書かれた、
 悪魔を扱った物語で、素晴らしい作品で、
 たいへん有名で‥‥」と。

『ゴールデン・ゴブリンズ』という書名は
聞いたことなかったのですが、
「こりゃあ、すごそうだぞ」と注文したら‥‥
『金色夜叉』が届きました。
── ‥‥尾崎紅葉の。
荒俣 「ぜんぜん悪魔についての本じゃあ
 ないじゃあないか」と。

そんなことは、ずいぶんございましたね。
── 険しい道なんですね‥‥。
荒俣 しかしながら、10冊に1冊でも
キラリと光るすごい本が混じったりすると、
これはもう、
たいへん嬉しゅうございました。
── それが、愛書家の世界‥‥。
荒俣 そうです。

<つづきます>


2011-02-07-MON