「伸身の新月面の描く放物線は、栄光への架け橋だ」
「オリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました」
数々の名ゼリフとともに、
オリンピックの名勝負を盛り上げてくださった
NHKアナウンサーの刈屋富士雄さん。
アテネトリノと、オリンピックを存分にたのしんだ
ほぼ日刊イトイ新聞としては、
ぜひともお会いして、お話を聞きたかったのです。
というよりも、お礼を言いたかったのかも?
手前味噌ながら、すばらしい取材になりました。
聞き手は、むろん永田です。
俄然、永田です。断固、永田です。
全20回、どうぞ、おつき合いください。





永田 お会いしたかったんです。
刈屋 よろしくお願いします(笑)。
永田 あの、簡単に経緯だけ説明いたしますと、
ほぼ日刊イトイ新聞というところで
2年前のアテネオリンピック
そして今年のトリノオリンピックと、
読者参加型の特集をやりまして、
そこで刈屋さんの実況の人気が
ものすごく高かったんですね。
で、ぼく自身も、
にわかスポーツファンとして
いつも刈屋さんの実況に助けられていて。
ぜひ一度お話をということで
うかがわせていただきました。
刈屋 ありがとうございます。
よろしくお願いします。
永田 よろしくお願いいたします!
あの、ニュースなどを見ていますと、
「栄光への架け橋だ!」にしても
「荒川静香にキスをしました」にしても
刈屋さんの実況というのは
いまや完全に一人歩きしていますね。
刈屋 そうですね(笑)。
永田 ご自身は、そのことについて、どうですか?
刈屋 そうですね。
けっきょく、スポーツの中継というのは、
どんな名ゼリフであろうと
言葉だけで成立するというケースはないんですね。
その瞬間の映像とか、
その勝負のすごさとかと
重なって初めてインパクトを持つものであって、
その瞬間にだけ、存在できるものなんです。
ですから、あの言葉にしても、
もう、自分からは完全に
離れてしまっているという感じです。
永田 ああ、そういうものですか。
「そんなつもりで
 言ったんじゃないのにな」
みたいなこともとくに感じず。
刈屋 そうですね。
少しはありますけど、
そういうことを目的として
発した言葉じゃないですからね。
ぼくの表現としては、
もうあそこで完結してしまっているんですよね。
ですから、あとはもう、
お好きにどうぞ、という感じですね。
我々にとって大切なのは、
あの「瞬間」ですから。
永田 後はもう、受け取る人がどう遊ぼうが
デフォルメしようが、自由であると。
刈屋 はい。自由ですね。
そもそも、あとに残るようなことを考えて
言葉をつくりながら実況していたら、
たぶんその「瞬間」に
追いつかないと思うんですよね。
永田 ああ! そうですね。うんうん。
刈屋 あくまでも「生」が勝負ですから。
その「生」にすべてを投入して
もう記録として残っちゃったら
あとは、お好きにどうぞ、という感じですね。
たとえばこれが、活字になるというと、
また違うと思うんですよね。
活字になると、それが残って、
「勝手に解釈しないでほしい」とか
「こういうつもりだった」とか
いうことになるのでしょうけど、
テレビで、しかも生放送ですから、
われわれはあの瞬間がすべて、ですね。
永田 ああー、なるほど。
あっさりひとつめの答えが出て
スッキリしました(笑)。
刈屋 あはははは。

2006-06-05-MON



2006-06-06-TUE
第2回 絶叫したのは、一度だけ。
2006-06-07-WED
第3回 「栄光への架け橋」と言える必然。
2006-06-08-THU
第4回 「小西さん、どうぞ泣いてください」
2006-06-09-FRI
第5回 ほんとうにいい空間でした。
2006-06-12-MON
第6回 日本人選手がメダルをとる確率は5分の3。
2006-06-13-TUE
第7回 プログラムコンポーネンツ。
2006-06-14-WED
第8回 スルツカヤの焦り。
2006-06-15-THU
第9回 荒川が勝つとしたら、選ばれるしかない
2006-06-16-FRI
第10回 「荒川静香、長野から8年の思い」
2006-06-19-MON
第11回 安藤美姫と村主章枝。
2006-06-20-TUE
第12回 金メダルを確信した瞬間。
2006-06-21-WED
第13回 オリンピックの女神は、
    なぜ荒川静香に「キスを」したのか。
2006-06-22-THU
第14回 ブーイングの文化ではない。
2006-06-23-FRI
第15回 言葉をおさえた中継。
2006-06-26-MON
第16回 そのとき、放送席では。
2006-06-27-TUE
第17回 マリリンショット!
2006-06-28-WED
第18回 カーリングという特殊な競技。
2006-06-29-THU
第19回 井上怜奈選手の取材。
2006-06-30-FRI
最終回 同じ瞬間は、二度とない。

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN