16 主夫 荒木源さん
第2回 弁当は「先読み」の世界だ。
── 16年間、荒木家の家事全般を担ってこられて、
いま「主夫業」というものを
どのように捉えてらっしゃるのでしょうか。

仕事‥‥でしょうか。
それとも「それ以外の何か」でしょうか。
荒木 やっぱり「仕事」だと思ってはいますね。
── そうですか。
荒木 かみさんが外でお金を稼いでくれるのに
かみさんが
家事もやってるってことになると
家庭内における
私の立場が危うくなりますから。

それは、イヤなので。
── ‥‥ちょっと、おもしろいですね(笑)。
荒木 だって
「私が掃除をしなければ
 家のなかがグチャグチャになってしまうし
 メシも食えない」
という事実は、
私の家庭内権力の源泉じゃないですか。
── な、なるほど。
荒木 そこに首を突っ込まれるのはイヤなんです。
権力闘争的な文脈に照らせば。
── もと新聞記者さんらしい‥‥というか、
男っぽい考えかたを持った
主夫さんなんですね‥‥あ、そりゃそうか。
荒木 既得権益とさえ、言えるかもしれないです。
つまり、そこは私の領分なんです。
── やりたいように、やりたい、と。
荒木 前提というか、当然のこととして
家事の仕事を奥さんだけに押し付けるのは
論外ですし、分担すべきです。

でも、それとはまた別の意味で
私は「主夫の仕事」を
自分の「領分」だと思ってやってるんです。

つまりそれは
私の義務であり権利だと思っていて。

── 仮に、それをすべて取り上げられたら‥‥。
荒木 家庭内死活問題ですね。
── それは、切実です。
荒木 家族という集合体、ユニットにとって
「稼いでくること」が
ひとつの重要な仕事であるなら、
「ハウスキーピング」も
もうひとつの、重要な仕事ですよね。

だから、かみさんが
責任を持って稼いできてくれているように
家の中のことについては
私が、責任を持ってやりたいんです。
── なるほど。
荒木 まあね、かみさんには
「そんなこと考えてんのは、あんただけ」
だとも言われますし、
自分自身、
「家族なのに小難しいこと言って水くさいな」
とも思うんですけど、
でも、そこを曖昧にすると
やっぱり、トラブルのもとになるんですよ。
── いや、お聞きしていて
その政治的な駆け引きみたいなお話も
じつは
「ハウスを上手にキーピングする」ことの
重要な一貫なんだなと思いました。
荒木 理論武装してますから、私としても。
── 「主夫業」というものについて。
荒木 とはいえ、うちの場合は、
かみさんと私の利害が一致しているからこそ
うまくいってるんですね。

かみさんは、はたらきたいわけですし、
私は私で、
別に新聞記者の仕事が
イヤだったわけじゃあないんだけれども、
「特捜まわり」をやりながら
小説を書くなんて、無理だったので‥‥。
── 家事をやるのもキライじゃないし、と。
荒木 そうですね。

基本的には「ウィンウィン」みたいな関係で
やってこられたんですが、
もしこの先、小説のウェイトが増していったら
今までのようには
ハウスキーピングできないことが
出てくるかもしれない。
── ええ、ええ。
荒木 今までやってきたことのうち、
何か切り捨てなければいけなくなったときに
どうするのか‥‥。

このことを思うと、真剣に悩みますね。
── つまり「家事を手放したくない」と?
荒木 手放したくないですね。
少なくとも、子どもが大学に入るまでは。
── 今までどおりに、家事をやりたい。
荒木 今日だって、上がっていただいて、
「部屋のなかが、きれいですね」なんて
言ってもらいましたけれども‥‥。
── はい。すごく、片付いていて。
荒木 それもね、とうぜん汚くなっちゃうだろうし、
メシだって
そうそう毎回、きちんとしたものを
つくっていられなくなるかもしれないですね。
── それは‥‥さびしいことですか。
荒木 さびしいです。
── 糸井重里がよく引き合いに出すんですが
「十年間、毎日ずうっとやって、
 もしそれでモノにならなかったら、俺の首やるよ」
という
吉本隆明さんの言葉があるんですが‥‥。
荒木 ええ。
── ハウスキーピングを「仕事」として捉えた場合に、
どういうときに「達成感」を感じますか?
荒木 ‥‥きれいにしたら「きれいになったな」と。
── すごくシンプルで明快な、よろこびですね。
荒木 そうですね‥‥なんと言いますか、
「ああ、自分たちは
 きちんとした生活をしているな」

という、
そういう気持ちになれること、でしょうか。
── たぶん「おうちを守っている」というような
意識があるかたって
そういう気持ち、抱きたいものなんでしょうね。
荒木 うん、その点は
他のふつうの主婦の人と、いっしょだと思う。
── あの、一般論として
仕事というのは「創意工夫」の積み重ねだと
思っているんですが‥‥。
荒木 ええ。そうですね。
── そのようなものって、何か具体例はありますか?
荒木 主夫業において? 創意工夫ねぇ‥‥。
── たとえばですけど、とうぜん、
おにぎりなんかも、握られるわけですよね?
荒木 おにぎり?
握りますよ、そりゃあ。それは、握ります。
── そのときに、気をつけてることとか‥‥。
荒木 おにぎり握るときに?

‥‥同じくらいのサイズ感で握ること‥‥
とかかなあ‥‥。
── すみません、いたってマジメなんですが
なんか、おかしな質問に聞こえていたら‥‥。
荒木 いえいえ、そんなことないんですけどね。
こういう取材、あまりないからでしょう。
── そうなんだと思います。

質問じたいは、他の仕事論の取材のときには
かならず聞くような、
いたって、スタンダードなものなんですけど。
荒木 ‥‥ああ、でも「お弁当」についてなら、
けっこう話せることがあるかな。
── あ、ぜひ聞かせてください。
荒木 子どもが中学校に上がってから
お弁当を、つくるようになったんですけど、
ふだんの食事をつくるとき
お弁当への使い回しというフェーズを
つねに考えるようになりました。
── なるほど、「お弁当フェーズ」を。
荒木 ちょっと、残しておきたくなるんですよ。
おかずを。
── お弁当用に、ですか?
荒木 そう。

あ、このおかずは
あさってのお弁当の副菜に使えるな、
と思ったら、
少し残してパッキングしておいたり。
── 主夫の知恵ですね。
荒木 そう、世のなかのお母さんたちは
その点については、
もう、クリエイティブと言ってもいいほど、
脳みそを使ってると思います。
── へぇー‥‥。
荒木 だってものすごい先読みの世界なんです。
お弁当づくりというのは。
── そうか、食べ物というのは腐りますもんね、
単純に。

そういう計算も、絡んでくるから。
荒木 そのとおりです。
── 消費期限という時間軸に沿いつつ
食べ合わせ的な、
合う合わないのマッチングも考えながら‥‥
ということですものね。
荒木 ですから、子どもにお弁当をつくるようになって
計算に入れなければならないことが
かなり増えたな、ということを感じました。
── なるほど、なるほど。
荒木 私の脳内メモリのうち、
弁当のことが
つねに一定の割合を食ってるんです。

── はー‥‥おもしろいです。
荒木 小説の原稿を集中して書いていても
ふと、頭に浮かんでくるのは
「弁当、弁当、明日の弁当どうしよう」
ですし。
── 思い返せば中学生くらいのとき
母が、豪華とか派手とかではないんですけど
毎回毎回、ちょっとちがったお弁当を
つくってくれてたんです。

でも、そこまで考えてくれていたとは
思いもよりませんでした‥‥。
荒木 いやあ、必死に考えてたと思いますよ。
だって、現に私が今、そうだから。
── はい、そのことに気付かされて、
いま、ちょっと「じぃん」としています。
荒木 ちなみに、奥野さんは、
ごはんやお弁当は、つくらないんですか。
── はい、恥ずかしながら、ほとんど。
荒木 お仕事、お忙しいかもしれないですけど、
やってみるといいと思いますよ。

単純に、工作だとか化学の実験みたいな
おもしろさもありますし‥‥。
── ええ、ええ。
荒木 けっこう、新鮮な刺激になると思います。

今まで使ってこなかった脳みその部分を
使うことになるはずだから。
── ごはんづくり、お弁当づくりは。
荒木 本当に、クリエイティブな仕事だと思う。
<つづきます>
2013-02-07-THU
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