「仕事!』とは?
16 主夫 荒木源さん 荒木源さんのプロフィールはこちら
── ちなみに、荒木さんは「兼業主夫」として
家事以外の時間を
小説の執筆に充てているわけですが‥‥。
荒木 そうですね。
── 気持ちの切り替えは、どうされてるんですか?

お子さんのことだとか、お弁当のこととか、
ふと思い出したり、
気もそぞろになったりなど、されませんか?
荒木 家事のことは、常にあたまにあります。

それにね、集中して小説を書ける時間って
思いのほか、短いんですよ。
── へぇ、どれくらいなんですか?
荒木 もともと‥‥ま、人によるのかもしれないけど、
私の場合は、小説を書くにあたっては
1時間も2時間も、ぶっ通しで集中できないし。
── そういうものなんですか。
荒木 ええ、本当に、まるでぞうきんみたいに
脳みそをぎゅーっとしぼるようなことだから
ガッと集中して書けるのは
20分とか30分とか、せいぜいそれくらい。

そういう「こま切れの時間」の積み重ねで
1日あたり
2時間から3時間ほど書いてる計算になる、
みたいな感じだと思います。
── たとえば、そうやって
合計2時間くらいかけて書いたものを見返して
「これじゃ、ダメだな」と思うことって‥‥。
荒木 ありますよ。
── それって‥‥どうするんですか?
荒木 数百枚、書いたものを
ぜんぶ捨てちゃう
ことだってありますね。
── ええ! 数百枚って‥‥原稿用紙で?
荒木 もちろんです。
── 主夫として
炊事したり買い物に行ったりしながら
その合間に、ものすごい時間をかけて書いた
数万字の原稿を‥‥ポイですか。
荒木 だから、やっぱり私は、
小説を書くより家事に向いてるんだと思う。
── いやいやいや、映画化もされたヒット作を
書いてらっしゃるじゃないですか!
荒木 いや、それはそれですから。
── ちなみに、以前は記者さんだったわけですが
新聞記事を書くのと、
小説の原稿を書くのとでは
やはり、勝手がちがうもの‥‥ですか?
荒木 文章そのものが、まったくの別物です。
── そうですか。
荒木 新聞記者を辞めて、
さあ、小説を書きはじめようと思って、
『風と共に去りぬ』ほどじゃないにしても
山あり谷ありの物語を考えたんですよ。
── ええ。
荒木 これは絶対、原稿用紙500枚はいくだろう、
ひょっとしたら
上下2巻くらいの分量になっちゃうかもなとか
思いながら書いたら、
10枚くらいで終わっちゃって。
── え。‥‥また極端に短いですね。
荒木 なぜかというと、
最初に結論をもってくるのが
新聞記者のセオリー
なんです。
── ‥‥なるほど。
荒木 ですから、たとえば
「どこそこの国の深窓のお姫さまが
 公の場にはじめて姿を現した」
で、文章が終わりになっちゃうわけです。
── でも、新聞の世界では
それが、よしとされているんですものね。
荒木 まず「結論」を述べたあとに
現国王と平民出身の王妃のあいだにできた
ひとつぶだねでありますとか
そういう周縁情報を、
ちょこちょこっとつけ加えていくんです。
── それが、記者の作法。
荒木 でも、小説だったら、
国王が王妃を見染めたところからはじめて、
タラタラ、タラタラ、タラタラ、
タラタラ書いていって、
そして、ついに、やっと、ようやく、
美しいお姫さまが公の場に姿を現すんです。
── なるほど‥‥。

つまり、新聞記者のときの習い性で
「お姫様の登場」から書いてしまったために
「10枚」で終わってしまったと。
荒木 そうです。

新聞記者に求められているのは
「ようするに、何?」
ということを掴んで
簡潔にまとめあげるセンスや発想なんです。

それは、小説家に求められる能力とは
かなり違ってると思いますね。
── ちなみに、新聞記者として
どれくらい、お勤めだったんですか?
荒木 10年ちかく、やってました。

ですから、そのあいだに、
記者の習性が完全に身についてしまって。
── では、試行錯誤しながらも
小説の書きかたがわかってきたのは‥‥?
荒木 あるていど、かたちが整ってくるまでには、
そうですね‥‥1年くらいかな。
── はー‥‥1年ですか。
荒木 その他の点でも
まあ、少しはマシになってるんでしょうけど、
進歩が遅いなあと思っています。

それを思うと、
ネギを速く正確に刻むことなんかのほうが
もう、すぐ身についちゃいました。
── 本当に、向いてらっしゃったんですね。
荒木 ですから、これは謙遜でも何でもなくて
自分は、小説なんかより
ハウスキーピングについてのほうが
よっぽど地力がある
と思ってます。
── 買い物ひとつにしても工夫したり‥‥とか。
荒木 そうですね、それは、もちろん。
そこは、クオリティを落とせないですよね。

毎日毎日の食事のことですし、
やっぱり、買い物には、時間かけちゃうな。
── 何軒かハシゴしたりとか?
荒木 肉や魚については
半分業務用みたいなお店に行ってますし、
気合を入れて
野菜をドカンと仕入れたいなってときは
反対方向なんだけど
わざわざ農協の直売所に行きますしね。
── 長年かけて、開拓してきたんですね。
荒木 ここから歩いて5分くらいのところにも
スーパーがあるんですけど、
時間がないときには、利用してますが
本当は、行くのイヤですね。
── いま、お話をお聞きしていたら
マンモスの肉を獲ってくる狩猟時代の男
みたいな感じがしました。
荒木 ええ、だから「主夫」とは言いながら
やっぱり、男っぽくやっているとは思います。

話しててお感じになってると思いますが
考えかたも、かなり理屈っぽいですしね。
── まわりの女性の主婦のかたとくらべると
こだわっているポイントなども‥‥。
荒木 たぶん、違うでしょう。
── そういうようなお話って
ご近所の主婦のかたとは、されないんですか?
荒木 いやあ、「しゅふ」の集まる飲み会もあるので
行ったりしますけど
そういう話って、したことないかなあ。
── たとえば、お子さんとの接しかた‥‥とか。
荒木 あ、その点については、
私、よそのお母さんより、たくさん怒ったと思う。
── へぇ、そうですか。
荒木 それは、なぜだろうと自分なりに分析すると、
ひとつにはまず、私は
子どもとケンカするのが怖くないんです。

男だから。
── なるほど。
荒木さん、お身体も大きくてらっしゃいますし。
荒木 仮に、それで嫌われちゃってもね、
かまわない、とまでは言わないけれども、
「勝手にしとけ」って感じだから。

あんまり、子どもに執着がないんです。
── ドッシリしたお父さんの姿です。
荒木 もうひとつは、ご近所付き合いなんかの
お母さんコミュニティのなかで
「浮く」ってことを
ぜんぜん心配しなくていいから、
誰を気にすることもなく
自分の思うように、主夫できてるんです。
── それは、やはり‥‥男だから?
荒木 浮くと言うなら、もともと浮いてますので。
── ‥‥何と言いますか、
そこの開き直りは「強い」ですよね。
荒木 お母さんたちのグループのなかにあるであろう
ルールとか暗黙の了解みたいなもの、
私は、それをまったく気にする必要がないので、
よその子どもが悪いことしたら
ふつうに怒ったりとか、
けっこう自由に、やってこられたと思います。
── 漢字一文字違いのおなじ「しゅふ」といえども
男性ならではの部分って、やはりあるんですね。
荒木 もちろんね、怒ってるのが
「効いてるかどうか」は、また別ですよ。

単にブンむくれられたりするだけのことだって
けっこう多いですから。
── いやあ、でも、おもしろいです。

本日は、ちょっと異色の仕事論になりましたが
まさしく「主夫」の「仕事」の「論」を
聞かせていただいたように思います。
荒木 そうですかね? 大丈夫かなあ。
── ひとつ、最後におうかがいしたのですが‥‥。
荒木 何でしょう。
── 荒木さんは、主夫業をやるうえで
何をいちばん大切にしてらっしゃいますか?
荒木 うーん‥‥一言ではむずかしいですけど
でも、やっぱり
グチャグチャにならないようにする
ということですね、いろいろと。
── それは「整理整頓をする」ということ以上の
意味ですよね?
荒木 そうですね。

言い換えれば
生活のなかで、うまくバランスとる
ということだと思います。
── バランス。
荒木 主夫の仕事と小説仕事とのバランス。
かみさんとの、役割分担のバランス。

食事のこともバランスですし、
子どもとの関係のとりかたなんかも
バランスだと思うんで。
── ようするに男女を問わず「しゅふ」とは
おうちのなかのバランスを、うまくとる役目。
荒木 そうですね、そうだと思います。

でも、この先、子どもが大きくなったり、
仕事の状況が変わったり、
私たちの家族を取り巻く環境も
いろいろ、変わっていくと思うんですよ。
── そうでしょうね。
荒木 そのときは、そのときの事情に合った
また新しい「バランスの支点」を探ること。

それが、ハウスキーピングという仕事の
核をなすと思っていますし‥‥。
── ええ。
荒木 まあ、やっぱり自分は
そういうことが好きなんだなあと思います。

理屈っぽく言いましたけど、単純にね。
<おわります>
2013-02-08-FRI
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