── |
ちなみに、荒木さんは「兼業主夫」として
家事以外の時間を
小説の執筆に充てているわけですが‥‥。
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荒木 |
そうですね。
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── |
気持ちの切り替えは、どうされてるんですか?
お子さんのことだとか、お弁当のこととか、
ふと思い出したり、
気もそぞろになったりなど、されませんか?
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荒木 |
家事のことは、常にあたまにあります。
それにね、集中して小説を書ける時間って
思いのほか、短いんですよ。
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── |
へぇ、どれくらいなんですか?
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荒木 |
もともと‥‥ま、人によるのかもしれないけど、
私の場合は、小説を書くにあたっては
1時間も2時間も、ぶっ通しで集中できないし。
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── |
そういうものなんですか。
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荒木 |
ええ、本当に、まるでぞうきんみたいに
脳みそをぎゅーっとしぼるようなことだから
ガッと集中して書けるのは
20分とか30分とか、せいぜいそれくらい。
そういう「こま切れの時間」の積み重ねで
1日あたり
2時間から3時間ほど書いてる計算になる、
みたいな感じだと思います。
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── |
たとえば、そうやって
合計2時間くらいかけて書いたものを見返して
「これじゃ、ダメだな」と思うことって‥‥。
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荒木 |
ありますよ。
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── |
それって‥‥どうするんですか?
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荒木 |
数百枚、書いたものを
ぜんぶ捨てちゃうことだってありますね。
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── |
ええ! 数百枚って‥‥原稿用紙で?
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荒木 |
もちろんです。
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── |
主夫として
炊事したり買い物に行ったりしながら
その合間に、ものすごい時間をかけて書いた
数万字の原稿を‥‥ポイですか。
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荒木 |
だから、やっぱり私は、
小説を書くより家事に向いてるんだと思う。
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── |
いやいやいや、映画化もされたヒット作を
書いてらっしゃるじゃないですか!
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荒木 |
いや、それはそれですから。
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── |
ちなみに、以前は記者さんだったわけですが
新聞記事を書くのと、
小説の原稿を書くのとでは
やはり、勝手がちがうもの‥‥ですか?
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荒木 |
文章そのものが、まったくの別物です。
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── |
そうですか。
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荒木 |
新聞記者を辞めて、
さあ、小説を書きはじめようと思って、
『風と共に去りぬ』ほどじゃないにしても
山あり谷ありの物語を考えたんですよ。
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── |
ええ。
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荒木 |
これは絶対、原稿用紙500枚はいくだろう、
ひょっとしたら
上下2巻くらいの分量になっちゃうかもなとか
思いながら書いたら、
10枚くらいで終わっちゃって。
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── |
え。‥‥また極端に短いですね。
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荒木 |
なぜかというと、
最初に結論をもってくるのが
新聞記者のセオリーなんです。
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── |
‥‥なるほど。
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荒木 |
ですから、たとえば
「どこそこの国の深窓のお姫さまが
公の場にはじめて姿を現した」
で、文章が終わりになっちゃうわけです。
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── |
でも、新聞の世界では
それが、よしとされているんですものね。
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荒木 |
まず「結論」を述べたあとに
現国王と平民出身の王妃のあいだにできた
ひとつぶだねでありますとか
そういう周縁情報を、
ちょこちょこっとつけ加えていくんです。
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── |
それが、記者の作法。
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荒木 |
でも、小説だったら、
国王が王妃を見染めたところからはじめて、
タラタラ、タラタラ、タラタラ、
タラタラ書いていって、
そして、ついに、やっと、ようやく、
美しいお姫さまが公の場に姿を現すんです。
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── |
なるほど‥‥。
つまり、新聞記者のときの習い性で
「お姫様の登場」から書いてしまったために
「10枚」で終わってしまったと。
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荒木 |
そうです。
新聞記者に求められているのは
「ようするに、何?」
ということを掴んで
簡潔にまとめあげるセンスや発想なんです。
それは、小説家に求められる能力とは
かなり違ってると思いますね。
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── |
ちなみに、新聞記者として
どれくらい、お勤めだったんですか?
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荒木 |
10年ちかく、やってました。
ですから、そのあいだに、
記者の習性が完全に身についてしまって。
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── |
では、試行錯誤しながらも
小説の書きかたがわかってきたのは‥‥?
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荒木 |
あるていど、かたちが整ってくるまでには、
そうですね‥‥1年くらいかな。
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── |
はー‥‥1年ですか。
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荒木 |
その他の点でも
まあ、少しはマシになってるんでしょうけど、
進歩が遅いなあと思っています。
それを思うと、
ネギを速く正確に刻むことなんかのほうが
もう、すぐ身についちゃいました。
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── |
本当に、向いてらっしゃったんですね。
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荒木 |
ですから、これは謙遜でも何でもなくて
自分は、小説なんかより
ハウスキーピングについてのほうが
よっぽど地力があると思ってます。
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── |
買い物ひとつにしても工夫したり‥‥とか。
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荒木 |
そうですね、それは、もちろん。
そこは、クオリティを落とせないですよね。
毎日毎日の食事のことですし、
やっぱり、買い物には、時間かけちゃうな。
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── |
何軒かハシゴしたりとか?
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荒木 |
肉や魚については
半分業務用みたいなお店に行ってますし、
気合を入れて
野菜をドカンと仕入れたいなってときは
反対方向なんだけど
わざわざ農協の直売所に行きますしね。
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|
── |
長年かけて、開拓してきたんですね。
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荒木 |
ここから歩いて5分くらいのところにも
スーパーがあるんですけど、
時間がないときには、利用してますが
本当は、行くのイヤですね。
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── |
いま、お話をお聞きしていたら
マンモスの肉を獲ってくる狩猟時代の男
みたいな感じがしました。
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荒木 |
ええ、だから「主夫」とは言いながら
やっぱり、男っぽくやっているとは思います。
話しててお感じになってると思いますが
考えかたも、かなり理屈っぽいですしね。
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── |
まわりの女性の主婦のかたとくらべると
こだわっているポイントなども‥‥。
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荒木 |
たぶん、違うでしょう。
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── |
そういうようなお話って
ご近所の主婦のかたとは、されないんですか?
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荒木 |
いやあ、「しゅふ」の集まる飲み会もあるので
行ったりしますけど
そういう話って、したことないかなあ。
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── |
たとえば、お子さんとの接しかた‥‥とか。
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荒木 |
あ、その点については、
私、よそのお母さんより、たくさん怒ったと思う。
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── |
へぇ、そうですか。
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荒木 |
それは、なぜだろうと自分なりに分析すると、
ひとつにはまず、私は
子どもとケンカするのが怖くないんです。
男だから。
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── |
なるほど。
荒木さん、お身体も大きくてらっしゃいますし。
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荒木 |
仮に、それで嫌われちゃってもね、
かまわない、とまでは言わないけれども、
「勝手にしとけ」って感じだから。
あんまり、子どもに執着がないんです。
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── |
ドッシリしたお父さんの姿です。
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荒木 |
もうひとつは、ご近所付き合いなんかの
お母さんコミュニティのなかで
「浮く」ってことを
ぜんぜん心配しなくていいから、
誰を気にすることもなく
自分の思うように、主夫できてるんです。
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── |
それは、やはり‥‥男だから?
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荒木 |
浮くと言うなら、もともと浮いてますので。
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── |
‥‥何と言いますか、
そこの開き直りは「強い」ですよね。
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荒木 |
お母さんたちのグループのなかにあるであろう
ルールとか暗黙の了解みたいなもの、
私は、それをまったく気にする必要がないので、
よその子どもが悪いことしたら
ふつうに怒ったりとか、
けっこう自由に、やってこられたと思います。
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── |
漢字一文字違いのおなじ「しゅふ」といえども
男性ならではの部分って、やはりあるんですね。
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荒木 |
もちろんね、怒ってるのが
「効いてるかどうか」は、また別ですよ。
単にブンむくれられたりするだけのことだって
けっこう多いですから。
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── |
いやあ、でも、おもしろいです。
本日は、ちょっと異色の仕事論になりましたが
まさしく「主夫」の「仕事」の「論」を
聞かせていただいたように思います。
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荒木 |
そうですかね? 大丈夫かなあ。
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── |
ひとつ、最後におうかがいしたのですが‥‥。
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荒木 |
何でしょう。
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── |
荒木さんは、主夫業をやるうえで
何をいちばん大切にしてらっしゃいますか?
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荒木 |
うーん‥‥一言ではむずかしいですけど
でも、やっぱり
グチャグチャにならないようにする
ということですね、いろいろと。
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── |
それは「整理整頓をする」ということ以上の
意味ですよね?
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荒木 |
そうですね。
言い換えれば
生活のなかで、うまくバランスとる
ということだと思います。
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── |
バランス。
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荒木 |
主夫の仕事と小説仕事とのバランス。
かみさんとの、役割分担のバランス。
食事のこともバランスですし、
子どもとの関係のとりかたなんかも
バランスだと思うんで。
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── |
ようするに男女を問わず「しゅふ」とは
おうちのなかのバランスを、うまくとる役目。
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荒木 |
そうですね、そうだと思います。
でも、この先、子どもが大きくなったり、
仕事の状況が変わったり、
私たちの家族を取り巻く環境も
いろいろ、変わっていくと思うんですよ。
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── |
そうでしょうね。
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荒木 |
そのときは、そのときの事情に合った
また新しい「バランスの支点」を探ること。
それが、ハウスキーピングという仕事の
核をなすと思っていますし‥‥。
|
── |
ええ。
|
荒木 |
まあ、やっぱり自分は
そういうことが好きなんだなあと思います。
理屈っぽく言いましたけど、単純にね。 |
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<おわります> |