── 以前、整備士をやっていた人に
聞いたんですが、
整備士さんって、整備用の工具を
すごく大事にされているとか。
加古 そうですね、商売道具なので。
── 何か、自分だけのこだわりがあったり?
加古 そういう部分に関して言うと
外資系の会社のほうが、強いかもしれません。

日本の航空会社の場合は、
工具は会社からの「貸与」なのですが
外資の整備士は
「工具は自分持ち」なので。
── へぇー‥‥。
加古 工具って、ひとつひとつの値段が高いんです。
だから、ひとそろえ集めても何十万とか‥‥。
── そんなに!
加古 小さなスクリューを落としたら最後、
拾えないようなエリアで
修理をしなければならないときもあります。

たくさんパネルが並んでいて
工具が入らず、
手を突っ込んでネジ止めするなんてときは
それなりのツールが必要になります。
── ええ、ええ。
加古 ですから、むかしの整備士などは
けっこう、自分で工具を加工してたりして。
── へぇ、「俺の道具」的な感じで。
加古 でも、私たちが工具について気をつけているのは
なにより「管理」ということなんです。
── と、言いますと?
加古 工具を大事にするのは、もちろんなんですが
「機内への置き忘れ」
いちばん、あってはならないことですから。
── それは‥‥?
加古 「凶器」になりうるので。
── あっ‥‥そうか!
加古 セキュリティ上、大きな脅威になるんです。
── 飛行機に乗るとき、あれだけ厳しく
金属探知機で調べているわけですものね。

危ないものを、持ち込まれないように。
加古 ですから、
私たち整備士にとってもっとも重要なのは
「自分が持ち込んだ工具を
 必ず持って出る
」ということです。

そのことを、各人が徹底していますね。
── 万が一、見当たらなければ‥‥。
加古 全員で、徹底的に探す。
── それは、見つかるまで。
加古 見つからなければ、飛ばせない。
その意識は、全員が持ってます。
── たとえば、ボールペン一本でも?
加古 ダメですね。

かならず
身につけたものをすべて持って、出る。
そうでなくては、飛ばせないです。
── そうですよね。

ご自分の責任において
「飛行機を出す」仕事なんですものね、
整備士さんの仕事って。
加古 はい。
── ちなみに、加古さんたち整備士さんが
整備をしながら
飛行機って飛んでいるわけですけど
耐用年数って、どれくらいなんですか?

いわゆる自動車で言うところの
「10年10万キロ」みたいな、それは。
加古 そうですね‥‥。

「10年手前」くらいで売ってしまうのが
一般的なのかもしれませんが、
航空会社によっては
「新車」で買って6年くらいで売ったりとか。
── それは、どんな理由で?
加古 これは法律で決まっているんですけれど、
飛行機というのは
どれくらいの時間フライトしたかに応じて
機体整備、
いわゆる「車検」の重さが変わるんです。
── なるほど。
加古 整備の内容によっては、
ほとんど飛行機をバラバラにするような
大掛かりなものも、あるんです。

そういった整備をやるとなると
億単位で費用がかかってくるんですけれど、
その年限が、
新車で買ってから6年くらい、なんです。
── ようするに、大きなお金がかかる手前で
売ってしまう会社もあるわけですね。
加古 はい。
── でも、その時点で、オーバーホール的に
徹底的に整備するわけですか。
加古 金属疲労の程度まで隈なくチェックします。

もう退役してしまいましたが
JALのジャンボジェット機のなかには
「20年選手」もいたんですよ。
── 超ベテランですね。
加古 でも、そういう大掛かりな整備を
経ていますから
中身は、ほぼぜんぶ、
新しいパーツに切り替わっていました。
── なるほど。「20年目の機体」とはいえ。
加古 20年前の部品なんて、残っていません。

機体番号が
「20年前のもの」というだけで。
── 本日、お話をうかがってみた感想ですが、
整備士さんのお仕事、
思っていたのと、ちょっとちがいました。
加古 え、そうですか?
── 実際の職責としても、意識としても
「自分の責任において、飛行機を飛ばす」
仕事なんだって、知らなかったので。

つまり
「ただ単に、壊れている箇所を直す」
だけじゃないんだなあと。
加古 それは、そうですね。
── 鉄道のダイヤを引く「スジ屋」さんを
取材したときにも
同じように感じたことを、思い出しました。
加古 というと?
── スジ屋さんって、
ただ単に、紙にダイヤを引くだけじゃなくって
たとえば「混雑緩和」を達成するために
駅の大規模な工事を提案したりする、
ものすごくダイナミックなお仕事だったんです。
加古 そうなんですか。
── つまり、ダイヤを引くことが
最終的な目的ではなくて
ダイヤを引くことで
もっと大きな‥‥というか
「お客さまのサービス向上」を目指している。

その道を極めた
第一級の職人さんであると同時に
「列車の運行」という
俯瞰的な視野を、お持ちだったんです。
加古 なるほど。
── そういう部分が、すごく似てるなと思って。
加古 私たちに置き換えると
私たちの職務は「飛行機の安全」を守ること。
── はい。
加古 それは、機体に
何重ものバックアップシステムを
搭載していることも
そうですが、
私たち人間の側も、お互いにサポートしあって、
「飛行機の安全」を守っています。
── 職人的であると同時に、チームの一員。
加古 そうです。

たとえば、飛行機がアライバルしたら
パイロットとやり取りをしますし、
基本的には
機体ー機を2人か3人で担当していますが
大きなトラブルがあったときには
やはり、仲間が応援が来てくれるんですね。
── ええ、ええ。
加古 だから、みんなの経験や知恵を合わせて
トラブルに対処しています。
── ああじゃないか、こうじゃないかとか
言いながら。
加古 ええ。
── パッキン一個、みたいな不具合を見つける。
加古 そうやって、自分たちが整備した飛行機が
ぶじに飛んでいってくれること。

そして、仲間の整備した飛行機が
きちんと着陸して、ゲートに到着すること。
── はい。
加古 私は、その姿を見たいと思って、
飛行機を整備しているんだなあと思います。
<おわります>
2012-10-25-THU
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