18 和菓子職人 日菓 内田美奈子さん 杉山早陽子さん
第3回 俺の命は活字とともに終わるよ。
── 社長さんとしての加藤さんに質問なのですが、
上小阿仁新聞社の「経営」については
だいたい、どんな感じになってるんでしょうか。

というのも「1部100円」て
今どき、ものすごく安いような気がして。
加藤 料金は、もう40年ちかく動いてないの。
── あ、そうなんですか。
加藤 うん。ずーっと昔から「1部100円」。

で、週1回の発行だから、月に4回でしょ。
つまり、購読料は「月400円」だな。
── ええ。‥‥安いですよね。
加藤 いいときは「1500部」くらい刷ってたけど
時代とともに減り減り減りして、
今はまあ、いいとこ「400部」くらいだ。

役場とかに無料で置いてるぶんもあるから
実際に料金もらってるのは
たぶん「300軒ちょっと」だと思います。
── はい。
加藤 そんなわけで、売上は月に13万円くらいです。

ただし、配達してくれている人たちにも
手数料を払ってますから
ま、手元に残るのはほんの何万円かです。
── なるほど‥‥。
加藤 お恥ずかしい限り。
── いやいや、
辞めずに、続けてらっしゃること自体が
素晴らしいと思います。

でも、配達してくれる人がいるんですか。
‥‥そりゃあ、そうですよね。
加藤 もちろん、他に仕事をやっているんだけど
その合間に、配ってくれるんだ。

いくら部数が少なくても、
各集落に、かならずひとりはいるんですよ。
── 以前、この近所にある
「7家族・20人」くらいしか住んでないという
八木沢という集落に
取材に行ったことがあるんですが‥‥。
加藤 配ってますよ、八木沢にも。有料3部。
── 3部‥‥だけ配る配達員さんがいる。
加藤 うん、いる。
うちのかかあ(奥さま)も、配ってるよ。

となりの大林って集落まで
距離にしたら2、3キロはあると思うけど
75歳になるばあちゃんが、
テクテク歩いて、届けて、往復してるよ。
── はー‥‥。

届けるのも容易じゃなさそうですけど、
加藤さんの新聞を
みんな、待ってくれてるんですもんね。
加藤 まあ、いちおうはね。

はじめたころ、購読してくれてたのは
俺と同じくらいの歳の、
村の連中だったわけですよね、まずは。
── ええ。
加藤 俺が32歳のころに、ここをはじめたんだけど
当時の連中が「やあ、おい」ってわけで、
「俺も取る、じゃあ俺も取る」って。

でも、それから40年以上も経った今では
逝っちゃってる人もいれば
「最近、目が見えなくなってきたで、
 やめらせてけれじゃ」って人もいるし。
── なるほど。読めなくなってしまって。
加藤 それで、だいぶ減りました。

だけど
ひとりでも読んでくれている人がいると思えば、
やっています。
── そうですか。
加藤 あの、ここの近所のおばあちゃんがさ、
ぜひともということで、
月に1回、寄稿してくれてるんだ。
── おお、それは、どのような?
加藤 はじめてからもう、ずいぶん経つと思うけど
最初はね、
自分の思ったことを「俳句調」で綴りたいと。
── ええ、ええ。俳句調で。
加藤 俺も、だったらぜひともやってよって。
ボケ防止にもなるって言うし。
── いや、うれしいですよ。
自分の俳句が新聞に載るんですから。
加藤 はじめのころはたしかに俳句調だったけど
なんだか最近では、
単なる思いの連なりになってきてますよね。

まあ、それでもいいかと。
── なるほど(笑)。
加藤 あんたもがんばれ、俺もがんばるからと。
── 地元紙と呼ばれる新聞は数あれど
「近所のおばあちゃんの自由な連載」とは
まさしく
上小阿仁新聞ならではの展開だと思います。
加藤 もう83歳の、おばあちゃんね。
── 中学校を出てから活版印刷の世界に入り、
それから60年、
活版印刷に関わっている加藤さんは、
新聞って、
どういうものだと思っていますか?
加藤 やっぱり、ふつうの新聞っていうのは、
そのときどきのニュースを
いちばんにね、載せるようなものだよ。
── ええ。
加藤 でも、われわれの新聞はそうじゃない。
1週間にいっぺんだもの。

時間を争うようなものにしたくたって、
そんなの俺には、どうもならね。
── はい。
加藤 だからまあ、なんだろなあ、
このへんに住んでいる人たちへのお知らせ、
何日に何それがあります、
その内容は、だいたいこうですという、
そういうお知らせを、
俺は、ずうっと、してきたんだよな。

まあ、それだけ、もう何十年も。
── そんなに長くやってきて、
このお仕事の
どういうところが、おもしろいですか?
加藤 おもしろいところ? 
特段おもしろいところなんかねえよ、別にさ。
── でも、毎日やってらっしゃるじゃないですか。
しかも、人よりぜんぜん「休みなし」で。
加藤 だって、飯を食うためにやってきたんだもの。

中学を出て、この仕事を覚えて、
辞めなかったってことは
まあ、きっと向いてんだろうとは思うけどさ、
まずは食うために、だよ。
── なるほど。
加藤 もちろん、年金ももらってるけどね。
それだけじゃ、足りないこともあるからね。
── ええ。
加藤 昔は、ちょこっと役場へにでも走って行けば、
5万から10万くらいの仕事をもらえたんだ。
── そうですか。
加藤 今はもう、
われわれがやるような仕事は残ってないけど、
昔は、ほとんどの印刷物を俺が刷ってた。
── 活版で。
加藤 そう。

ここをはじめたころは
「ガリ版印刷」なんかが関の山だったからさ、
活版印刷だって言ったら
「すごいもんだ」と、「綺麗なもんだ」と。
── モテモテで。
加藤 そうそう(笑)。いろいろ、やったよ。
── たとえば‥‥?
加藤 ええとね‥‥こんなやつとかね。
── 結核検診のお知らせ。
加藤 こんなのとか、何だかの利用券だとか。
いろんなものを、俺が印刷してたから。
── さまざまな依頼に、応えてきたと。
加藤 ありとあらゆるものを、刷りましたね。
── 上小阿仁村の。
加藤 うん。
── 加藤さんと上小阿仁村の印刷物の歴史が
この作業場の中に、
地層みたいに積み重なっているんですね。
加藤 まあ、ねえ。
── あと、「うわあ」と思ったのは、
加藤さんの手が、すごく綺麗なことです。
加藤 綺麗? 俺の手?
── 細くて透きとおるようで、若々しくて。
加藤 活字を拾える手になってるのかなあ。
あんまりごつけりゃ、容易じゃないもの。
── 以前、キャリア「80年」にもなる
「93歳のパンク直し」のかたに
インタビューしたことがあるんですが
そのかたの手も、
すごく綺麗で、若々しかったんです。
加藤 ああ、そうなの? へぇ。
── 何十年もの歴史を積み重ねてきた
「はたらく手」って、
どんどん綺麗になるんじゃないかなあって
加藤さんの手を見て、思いました。

まだまだ現役でやってらっしゃるから
すごく若々しいですし。
加藤 ま、辞めたって飯が食えなくなっちゃうし、
俺の性分からいくと、
朝から晩まで
ゴロシャラゴロシャラしてるのも嫌だしね。
── はたらきたい、と。
加藤 うん。動ける限りは、はたらきたいよ。
── これからも、続けてほしいです。
加藤 わかんない(笑)。
── そう言わずに(笑)。
加藤 じゃ、活字があるかぎり、がんばります。
── おお。
加藤 今ある活字がすり減って
ダメになるのと同時に、俺の命も終わるよ。
── え‥‥。
加藤 そう思うんだよ、ほんとに。
── そうですか。
加藤 でもさ、それまではね、がんばりますよ。
はたらきますよ。食ってくためにね。
<おわります>
2014-01-13-MON
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