── |
ふだん、パソコンでプリントアウトした文字ばかり
目にしている僕らすると
活版印刷って、すごく格好いいと思うんです。
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加藤 |
ふぅん、まあ、そうなんですかね。
このあいだも、東京から飛行機で来た人がさ、
「活版で名刺を刷ってくれ」って。
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── |
わかります、その気持ち。
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加藤 |
正直なところ、何十年も前に機械が壊れちゃって
名刺はやってないんだって言ったら
ああ惜しいなあって、すごく残念がってましたよ。
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── |
だって「味がある」というか、
ハンコですから、紙に「物理的な凹凸」が出て‥‥。
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加藤 |
そうそう、
裏側がボコボコしてるようなところがいいんだって。
悪いけど、
俺なんかにすれば「え、なんで?」と思うんだけど。
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── |
プリンターじゃ、あのデコボコ、出ないです。
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加藤 |
そりゃあ、そうだろうけど。
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── |
ちなみに、加藤さんのお使いの原稿用紙も、自家製?
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加藤 |
そうだよ。
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── |
やっぱり。こんなサイズのもの、見たことないので。
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加藤 |
上小阿仁新聞の紙面は「縦12文字」が基本だから、
「12文字改行の原稿用紙」をつくれば
なにかと都合がいいんですよ。分量の見当とかね。
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── |
はー‥‥。あの、ここに赤い字で書かれている
「1G」とか「4G」って、何ですか?
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加藤 |
これは、字の「大きさ」と「かたち」です。
つまり
「1のG」なら「1号ゴチック」って意味。
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── |
なるほど。
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加藤 |
だから「4のG」ならば4号ゴチック。
前の数字が大きくなっていくにつれて、
字はちいさくなっていきます。
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── |
いちばんちいさい文字は‥‥。
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加藤 |
新聞で使う活字で言えば、9ポイントですね。
もっとちいさいのもあるんだけど、
新聞の「本文」は、9ポイントでやってます。
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── |
当たり前ですけど、ひとつの文字につき、
こんなにたくさんの活字があるんですね。
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加藤 |
だってさ、新聞の紙面を組むとなれば
「ひらがな」なんかは、そうとう使うわけだから。
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── |
ええ。
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加藤 |
だから、よく使う活字になると
この棚の何列にもわたって、ギッシリ入ってます。
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── |
大きな棚が3面もありますけど、
どの文字がどこにあるっていうのは‥‥。
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加藤 |
だいたいの場所は、把握してますよ。
だって、そうじゃないとホラ、
時間ばっかりかかってしょうがないもの。
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── |
ぜんぶで、どれくらいあるんですか?
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加藤 |
活字の数? 数えたことない、ない(笑)。
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── |
さすがに、そうですよね‥‥。
この桶に入ってる活字は、すり減ったものですか?
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加藤 |
そう、もう使えない活字。それは。
昔は、いい値段で引き取り手があったんですよ。
活字っていうのは、鉛と錫だから。
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── |
今は‥‥。
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加藤 |
もう、ほとんど来ねえなあ。
だってないんだもの、活字つくってる会社自体。
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── |
そうなんですか。
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加藤 |
うん。昔は、せいぜい秋田にはあったの。
だから、使いたい文字がすり減ってたりしたら
電話1本で、次の日には送ってくれたんだけど。
ずいぶん前に辞めちゃったんだ、そこも。
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── |
じゃあ今、使いたい活字がなかったときは
どう対応されてるんですか?
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加藤 |
漢字がなければ、ひらがなで入れる。
見出しとかなら、言い回しを変える。
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── |
おお、明確な方針。
記事を書いている人と活字を拾う人が同じだから
そこの判断が、クリアで迅速なんですね。
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加藤 |
まあ、どうとでもなるよ。
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── |
ちなみに、活字1本の値段というのは
どれくらいするものなんですか?
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加藤 |
もう20年くらい前の話だけど、
当時、いちばんちいさいので「7円」かな。
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── |
一文字、7円。
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加藤 |
7円。
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── |
一気にリアルで立体的な感じになりますね。
一文字の値段を聞くと。
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加藤 |
そう?
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── |
だって、上小阿仁新聞の紙面には
その「7円」が、ずらっと並んでるわけですよね。
それこそ、片面で「6600文字」くらい。
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加藤 |
うん。
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── |
僕たちのようなパソコンの仕事ですと
どんなに複製したって
デジタル文字は「0円」ですし、目方もないし。
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加藤 |
上小阿仁新聞の版は、片面で20キロ以上あるよ。
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── |
わー‥‥、簡単には持ち上がらない重さですね。
あ、そうそう、そういえば
はじめて加藤さんの上小阿仁新聞を見たときに
上小阿仁村で行われていた
アートプロジェクトの広告が載ってたんです。
「KAMIKOANIプロジェクトAKITA2013」
という。
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加藤 |
はい、はい。
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── |
そのお知らせのなかに、
活版印刷でしかあり得ない「事件」が起きていて、
それが、ものすごくおもしろかったです。
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加藤 |
ああ‥‥「なりや(也)」の件ね。
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── |
事件の概要はざっと教えていただいたんですが、
もういちど
加藤さんご本人から聞かせてもらっていいですか。
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加藤 |
事件ってほど大げさでもないんだけど、
あのね、結局、名前の書体が「2号」だったの。
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── |
その広告には、プロジェクトに参加している
芸術家のみなさんの「お名前」が並んでいたのですが、
その活字の「大きさ」が「2号」だった、と。
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加藤 |
そう、2号って言ったら大きな活字だからさ、
そんなには数ないわけ。
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── |
はい。
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加藤 |
それなのに、今回、参加した芸術家の中にさ、
名前に「なりや(也)」のつく人が、3人もいて。
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── |
芝山昌也さん、白田誉主也さん、福永竜也さん。
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加藤 |
こっちは、2号の「也」が2個しかなかったんだ。
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── |
人名だから、ひらがなにするわけにもいかず、
見出しみたいに勝手に変えるわけにもいかず‥‥。
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加藤 |
そう。
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── |
そこで、加藤さんがどうしたかというと。
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加藤 |
いや、どうしたも何も、
誰かの名前に、ひとつ下の3号を入れなけりゃ、
紙面ができあがらないだろうと。
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── |
誰かひとりの「也」を、ちいさく。
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加藤 |
そう、そう、無理矢理にね、3号を入れて。
誰になるのか知らないけど、
誰かひとりは、悪いけど、正直こうだよと。
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── |
はい、「悪いけど、正直こうだよ」と(笑)。
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加藤 |
でも、その「誰か」を決めなきゃならないの。
はてこまったなあと思ってたら
芝山さんてのは、他の二人の親方だったんだ。
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── |
なるほど。
アートプロジェクトのディレクターだった
わけですものね。
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加藤 |
だから、芝山さんは「2号」だろうと。
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── |
大きく行こう、と。
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加藤 |
そう、無条件にね。
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── |
で、残るふたりが
同じ公立美大の助手同士、しかも同期だった。
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加藤 |
うん。
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── |
そこで、加藤さんがどうしたかというと。
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加藤 |
ま、ジャンケンしてもらって。
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── |
あはは、そこジャンケンで決めましたか!(笑)
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加藤 |
うん、だって、いちばん公平だもんね。
負けた白田さんのほうも
「僕、一文字多いからいいです」って言って
まるく収まったもんです。
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── |
結果として紙面が‥‥このようになったと。
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加藤 |
そうそう。ここ、ここ。
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── |
ちいさいです、白田さんの「也」だけ(笑)。
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加藤 |
同じようなことでは、駅伝大会があってね、毎年。
五城目と上小阿仁の間を走る、駅伝が。
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── |
ええ。
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加藤 |
上小阿仁村からは地元の体育協会が出るんだけど、
毎年のことだからさ、
あらかじめ原稿を書いて、活字を拾っておいたの。
あとでラクでしょ、そうしといたほうが。
でも、何位になるかまでは、わからないんですよ。
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── |
たしかに。
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加藤 |
だから、ひとまず「健闘空しく十◯位に甘んじた」
とだけ、組んでおいたんです。
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── |
つまり、十何位の「何」のところに
「◯(マル)」をダミー文字として入れておいたと。
でも、あらかじめ「健闘空しく」なんですか(笑)。
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加藤 |
ま、それは例年のアレからして、それくらいだろうと。
で、駅伝大会が終わって、順位が出た時点で
正しい順位を入れようと思ってね、いたわけです。
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── |
はい。
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加藤 |
ところが、上小阿仁体育協会は
今回に限って「7位」に入っちゃったんだな。
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── |
健闘空しくどころか、大健闘じゃないですか。
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加藤 |
そうそう、それはそれでいいことなんだけど、
うっかり忘れて‥‥ここです。
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── |
あ(笑)。
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加藤 |
「健闘むなしく十◯位」のまま出ちゃった。
直すの、忘れて。
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── |
はー‥‥でも、なんだか、いいです(笑)。
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加藤 |
そういうことも、たまにはあります。 |
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<つづきます> |