18 和菓子職人 日菓 内田美奈子さん 杉山早陽子さん
第1回 四季を、練り込むもの。
── 北海道のおやつ屋さんである
六花亭さんを取材させていただいたときに
思ったんですけど、
お菓子屋さん、とくに和菓子の世界って
「おたがいに尊敬しあっている」
みたいなところが素敵だなあと思いました。
杉山 あ、そういうところ、あるかもしれません。
── 小田豊社長がおっしゃっていましたが
「信州の竹風堂さんに
 六花亭のどら焼きをお教えしたかわりに
 おこわについてのアドバイスいただいた」
とか、
四国・松山の一六タルトのご子息が
六花亭ではたらいていたり、
それこそ当の小田社長ご自身は
若いころ、
京都の鶴屋吉信で修行を積んでいたり。
内田 あ、そうなんですか。
── そういう意味で言うと
ふたりが尊敬するお菓子屋さんというのは?
内田 ‥‥やはり「とらや」さんですね。
── わあ、ここでも「とらや」さんですか。
ぜひ、理由をお聞かせください。
内田 たぶん、みなさんと同じだと思いますけど、
まずはやはり、あの「歴史」ですよね。

どんなことをしても、
もう絶対、追いつくことができませんから。
── なにしろ「500年」ですものね。
杉山 資料や木型なんかも
たくさんたくさん、お持ちでらっしゃいます。

それでいて
歴史や伝統などに「あぐら」をかくことなく、
つねに新しい試みをされているところも。
── とらやさんの「ホールインワン」という
ゴルフボールの最中、
あれ、ゴルフがまったく一般的じゃなかった
大正時代に作られたらしいですね。
杉山 そういう進取の精神を持ち続けているところ、
本当にかっこいいなあと思います。
内田 もちろん他にも
いろいろと、大好きなお店はあります。

作り手の、和菓子に対する姿勢や信念が
お菓子のなかに見えてくるようなお店には、
やっぱり、惹かれますね。
── なるほど。
内田 ‥‥私が勤めていたお店には
もう90歳にもなる、
大正13年生まれの和菓子職人がいるんです。
── そのかたは「お師匠さん」ですか?
内田 はい、師匠です。

ご本人は「弟子なんかとった覚えはない」と
おっしゃっているんですが‥‥。
── どういうことを、教えてくれたんですか?
内田 たとえば‥‥ウサギの「お干菓子」があって、
それには「目」をつけたりするんですけど、
「お客さまが箱をパッと開けたときに
 ウサギの目が大きかったら怖いやろ」
とか、そういうことを教えていただきました。
── お菓子の作り方というよりも
もっと全体的な「印象、イメージ」についての
アドバイスなんですね。
内田 目の大きさひとつで表情は変わってしまう、とか
つける場所によっては
鮎じゃなくてサメに見えたりするんだ、とか。
── そこだけ聞くと、
なんだか、お菓子の話じゃないみたい。
杉山 上座とか下座とか、和菓子の世界というのは、
上下関係をきちんとするようなところが
他の世界より、まだ残っていると思うんです。
── そうなんですか。
杉山 「何でだろう?」って、ずっと思ってました。

でも、単純な事実として
和菓子に携わってる年数が長い職人のほうが
やっぱり「すごい」んです。

そのことがわかってからは
目上のかたを敬うということの本当の意味が
理解できるようになったというか。
── すごいというのは、具体的には?
杉山 やっぱり、
1日でも長く和菓子に触れてる人のほうが、
「手」が、きちんと「道具」になってる。
── 道具、ですか。
杉山 ふだん、私がはたらいているところの工場長は
いま「40歳」なんですね。
── 40歳‥‥というのは、
比較的「若手」なんじゃないですか?
杉山 はい、けっこう若いと思います。

でも、その工場長にくらべると、
私なんてやっぱり
素材の触り方とか、形を作ることに関しても
ぜんぜん追いつかないんです。
内田 そういう意味では、
もう、その道「70年以上」の職人なんて‥‥。
── 追いつかないですね、どんなに生きても。
杉山 はい(笑)。
── 年を取れば取るほど敵わなくなるというのは、
ものすごいことですね‥‥。
内田 お師匠さんにしても、
「ここまででいい」というのはないと思いますし。
── もっとできるはず、みたいな?
杉山 そう思えないと、駄目だろうなと思います。
── お仕事に対する「モチベーション」というのは
どういうところにありますか。
内田 和菓子のことを、
もっと身近に感じてほしいなと、思っています。

たとえば「和菓子離れ」みたいなことが
ずっと言われてますけど‥‥。
── そうなんですか。
内田 私が通っていた製菓学校には
パンと洋菓子と和菓子の授業があったんですが
和菓子に行く人は、少なくて。
── へぇー‥‥。
内田 40人いたクラスで
その後、和菓子屋さんに就職した人って
自分を含めて、2人か3人。

そのおかげで
私、あだ名が「和菓子」だったほどです。
── すごい(笑)。
つまり、それほど和菓子は少なかったと。

でも、日菓さんの作品を見ていると
和菓子って、
もっともっと「たのしい」ものに
なっていきそうな気がしました。
内田 和菓子って、本当に、おもしろいんです。
── おふたりのお話をうかがっていると
すごく伝わってきます(笑)。
内田 あの、私たちの大好きなお菓子で、
真っ白なおまんじゅうの真ん中にポツンと
紅い点がついているものがあって。
杉山 「笑顔薯蕷」(えがおじょうよ)といって
ごつごつした
自然薯のおイモのちからで膨らませている
おまんじゅうなんですけど。
── ええ。
内田 おめでたい席で振る舞われるお菓子ですが
はじめて知ったとき、衝撃的でした。

だって、ただの白いおまんじゅうに
紅い点をポツンとつけただけなのに、
何かこう‥‥
緊張した雰囲気が、一気にほぐれるんです。
── へぇー‥‥。
杉山 その紅い点ひとつで、
その場を和ませてしまうような、お菓子なんです。
たとえば、
そういうことを伝えられたらいいなって思います。
── たしか、日菓さんの作品のなかにも
そんなようなおまんじゅう、ありましたよね。
杉山 はい、私たちは、紅い点をすこしずらして
「増笑顔」という名前をつけました。
増笑顔(薯蕷製) 撮影:新津保建秀
── ますえがお‥‥笑顔が、増す?
内田 そう、紅い点を真ん中からずらすことで、
ちょっと不格好なぶん、
愛らしさが増して、笑顔も増えるかなと。
── その発想も、すごく素敵ですね。

ちなみに‥‥
取材の冒頭からずっと疑問に思っていたこと、
お聞きしてもいいですか?

ネタ帳のこの絵は、何でしょうか?
杉山 あ。‥‥こっ、これは夢の断片ですね‥‥。
── 何か、米俵の上に‥‥力士が。
杉山 ぜんぜんお菓子と関係ないんですけど‥‥。

川上から米俵が流れて来て、
そこに、力士が乗っかれるかどうかという
選手権が行われていたんです。
── 夢のなかで。
杉山 うまく乗れず、川に落ちる力士もいました。
── それって「技術点」というか、
ようするに
美しく乗れたら「いい点」になるんですかね?
杉山 そう。‥‥だと思う。
── ‥‥作らないんですか、これ。
杉山 たぶん‥‥つくりません(笑)。
和菓子屋さん(錦玉製) 撮影:新津保建秀
<終わります>
2013-11-08-FRI
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