20 オークショニア 毎日オークション 下山記靖さん
第3回 目の前に「市場」がある。
── すみません、興味本位でお聞きしますが
妙な出品物とかも、あるんですか。
下山 ありますよ。
── 教えてください。
下山 妙というか、おもしろかったのは‥‥
モナ・ビスマルクのロールス・ロイスとか。
── よくわかりませんが、スゴそうです。
下山 たしか「1939年製」だったかなあ‥‥。

1870年から71年にかけて起きた
普仏戦争のとき、
ドイツに「鉄血宰相ビスマルク」って
いたじゃないですか。
── はい、世界史の教科書で見ました。
下山 モナ・ビスマルクさんというのは、
その鉄血宰相の孫と結婚した
超美貌のアメリカ人女性だったんですが、
その人がつくらせた特注品で。

内装の金具が「ルイ・ヴィトン」という、
非常識なロールス・ロイスでした。

モナ・ビスマルクの特注ロールス・ロイスと下山さん。
── ははあ。
下山 具体的な金額は差し控えますが、
何千万円という値段で落札してましたね。
── 動くんですか、そのロールス・ロイス。
下山 動きますし、きちんと公道も走れます。

ただし、「リッター2キロ」とかって
言ってましたけど。
── 大型バスみたいな燃費ですね(笑)。
下山 あと、サザビーズだったと思うんですが、
「6メートルくらいあるエッフェル塔の階段」
が出品されているのを見ました。
── エッフェル塔‥‥の、階段。

エッフェル塔自体はまだ建ってますから
「もう使っていない、
 昔の階段」ということでしょうか?
下山 くわしい由来はわかりませんが、
日本円にして「500万」くらいついてました。

鑑定書ではないと思うんですが、
「この部分です」みたいな、
写真のついた説明用の冊子も用意してあって。
── 「買い手」というのは、いるもんですね‥‥。
下山 まあ、さすがに
「大理石の巨大な彫像が
 うちの壁に埋まってるんですが」みたいなのは
難しいと思うんですが。運べないので。
── あ、運べないものは、ダメ?
下山 品質管理の都合のある「ワイン」だとか
会場が別になるケースはありますが
「事前に、弊社の下見会で現物を見ていただく」
というのが基本なので。
── じゃあ、運べればOK?
下山 うーん、高さで言ったら「2メーター弱」、
重さで言ったら
「1トン」くらいまでかな‥‥せいぜい。
── そのへんが限界だろうと(笑)。
下山 そうですね。われわれが運ぶにしても。

ただ、いまは、そういうものが出ても
「倉庫で下見」にしてます。

以前は、この会場まで運んできてたんですが
何人もの男が大変な思いをして
床などもベロベロになっちゃったりとかして。
── なるほど。
下山 それで「落札価格100万円です」とかですと
費用対効果としては、少々‥‥。
── 肉体的な苦労に比して、値段が安いと。
下山 だって、ジュエリーなんか
ひとつぶで「100万、200万」とかですし
「何千万円もする
 36キャラットの巨大ダイヤモンド」
と言ったって
大理石像の巨大さにくらべたら、
上着のポケットに入る大きさですからね。
── そう思うと、ものの価値って不思議です。
下山 デカくて重いから高いとか
そうことは、基本的にはないですね(笑)。
── なんか、みなさん真剣でらっしゃるのは
重々承知なんですが、
微妙に「おもしろい話」が混じってくる点も
いいなと思いました(笑)。
下山 あ、そうですか?
── ちなみに、
またも下世話な興味で申しわけないのですが
ここ最近で
いちばん高く売れたものって、何ですか?
下山 オークションの落札価格って、
ものすごく「景気」に左右されるんです。

だからアベノミクス以降は
明らかに
「お客さんが会場に帰ってきた」感じが
してるんですが
それでも、このところ印象に残ってるのは
絵画で「8000万円」くらいかなあ。
── うわあ、すごい。ちなみに、どなたの?
下山 シャガールさん、ですね。
── やはり高いのって「絵」なんですか?
下山 弊社で「1億円」を超えてくる可能性があるのは
まずは「絵画」でしょうね。

少し前のオークションでは
アンリ・マティスで「1億3000万」というのが
出ていましたし。
── ご専門の西洋アンティークの分野では‥‥。
下山 1億円を超えるものは、なかなか思いつかないです。

もっとも高値をつけるもので
さきほどのガレのアーティスティックな作品だとか、
やはりフランス人で
アール・ヌーヴォー、アール・デコ両時代に活躍した
ガラス作家のルネ・ラリックとか‥‥。
── ガラスというのは、高いんですか。
下山 ガラス工芸は、市場性ありますね。
── 今日のお話のなかに「市場性」という言葉が
何回か出てきましたけど、
ようするに、それって何だと思われますか?
下山 うーん、むずかしい質問ですね‥‥。

値段というのは、知名度とか、希少性とか、
大回顧展が開催されるだとか、
そこへ「景気」の動向が掛け算になったり、
いろんな要素が絡まってきますけど
少なくとも、
オークション会社の仕事に限定して言うなら
「市場性のないものは、出せない」です。
── 売れないものは、出せない。
下山 で、そこを見極めるのが、われわれの仕事。

市場性、マーケットって
本当に、膨らんだりしぼんだりするんです。
それは会場を見ていたら、一目瞭然。
── そうか、目の前に「市場がある」んですものね。
下山 そう、値段が上がっている作家の作品は
単純にお客さんが集まるし、
会場の雰囲気も、なんだかざわざわしています。

景気についても、アベノミクス以降は、
リーマン・ショックでいなくなったお客さまが
会場に帰ってきた感じがあって。

高額商品を、活発に競るようにもなりました。
── そこまでビビッドに感じるものですか。
下山 感じますね。目の前のこと、ですから。
── なるほど‥‥それでは最後に
お仕事のおもしろいところって、どこですか?
下山 やはり醍醐味としては、自分でものを見定めて、
値段交渉して預かるところから
最後、ハンマーを叩く流れのなかで、
思っていたより高値で売れたとき、でしょうね。
── 高いほうに予想を外すのが‥‥醍醐味?
下山 ようするに私たちは、
ある品物を見て
「これくらいの値段で売れるだろう」と踏んで、
お客さまに
「大丈夫、少なくともこれくらいで売れますよ」
と言って、お預かりしてくるんです。

ですから、実際にオークションで
予想していたよりも高値でハンマーを叩けたら、
感謝してくださるんですよ、みなさん。
── ああ、なるほど。
下山 「えっ、そんな高く売れたの? ありがとう!」
みたいな。

やっぱり、この仕事をしていてうれしいのは、
そうやって
お客さんに感謝してもらえるときじゃないかな。
── ちなみに、ぼくら一般人も
オークションに参加できるということを知って
びっくりしました。

なんとなく「美術品」というと
自分なんかには縁遠いものだと思っていたので。
下山 日本にはまだ、「美術品を買う」という文化が
あまり根付いていないからでしょうね。

でもみなさん、絵画の展覧会なんかには
何時間も行列してでも見に行くじゃないですか。
── はい、行きますね。
下山 だったら、美術品だって
もっと気軽に所有していいと思うんです。
オークションでは
1万円からはじまるものも扱ってますし。
── そうそう、
「あ、自分でも買える!」というものが
けっこう出てました。
下山 12月のクリスマスシーズンなんかには
プレゼントにしたら素敵そうな
ジュエリーなんかも出品されますしね。
── 実際、このまえなどは
ライカのカメラがファン垂涎のプライスで
落札されていました。
下山 だいぶ、興奮されてましたよね(笑)。

中古品でも良ければ、
お店で手に入る値段の何分の1とかで、
買える可能性がありますから。
── フダを挙げるときに、ドキドキしそうですが‥‥。
下山 そこを含めて楽しいと思いますので
ぜひ会場に来てみてほしいです、怖がらず(笑)。
<終わります>
2014-03-21-FRI
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