20 オークショニア 毎日オークション 下山記靖さん
第2回 ハンマー叩くのは、最後の最後。
── はじめてオークション台に立ったときは‥‥。
下山 緊張しましたよ、やっぱり。

だって、自分がハンマーを叩いた金額で
買っていただくわけですからね。

「1000万円」とかするような壺でも。
── 値段の刻み自体を、決めてますものね。
下山 そうですね。

「10万円、11万円、12万円」
とするか
「10万円、10万5千円、11万、11万5千円」
というふうに刻んでくかは
その日の会場の雰囲気によります。
── そもそもなんですが、
オークション会社に就職してすぐに
オークショニアに?
下山 いえ、はじめは管理部門の採用だったんです。
── 管理部門というと‥‥総務人事的な。
下山 大きくわけて「営業・編集・管理部門」と
弊社には、
みっつのセクションがあるんですが、
そのうちの「管理部門」に、中途採用で。

ただ、入社から3カ月くらい経ったときに
「君、営業部に異動だ」と。
── はあ、オークション会社の、営業部。
下山 で、現在に至るというわけです。
── ええと、つまり、
オークショニアって「営業部」なんですか?
下山 そうです。

海外のオークション会社だと
「スペシャリスト」と呼ばれていますけど
うちでは「営業」です。
── ハンマーを叩くことが「営業」なんですね。
下山 いえ、というよりも、
「ハンマーを叩く」なんてことよりも前に、
やることがたくさんあるんです。

全国各地のコレクターのところへ行って、
美術品を見せていただいて
「これとこれをこれを
 いくらいくらで出品させてください」
という値段交渉をして、
で、その品物を大切にお預かりしてきて、
カタログをつくって、
オークションに参加するお客さまに郵送して、
オークションの直前に下見会を開催して、
で、オークション当日を迎えたら
そこでようやく「ハンマーを叩く」んです。
── ええと、ようするに
「ハンマーを叩く」ことだけが仕事ではない、
ということですか?
下山 ハンマー叩くのなんて「最後の最後」です。
── 最後の最後。
下山 はい、最後の最後。
── ああしてカッコよくハンマーを叩く以前に、
「地味」といったらなんですが、
そんなにもいろんな仕事をしてるんですね。
下山 そこまでの仕事のほうが、ずっと大変です。

なにしろ、競る品物を集めてこなかったら、
オークションになりませんから。
── まずは「品物を集める」のが仕事であると。

でも、本場のクリスティーズの人が
「狂ってる!」と言うくらい
たくさんの品物を、扱ってるんですよね?
下山 今回の絵画の競りは、とくに多くて
「1313」ロットあります。

これを営業部数人で「ひと月」で集めます。
── 絵画とか、壺とか、中国の象牙細工とか
いろいろジャンルがあるじゃないですか。
下山 もちろん、絵画のオークションの場合には
絵画の担当が主に集めます。

しかし、
西洋アンティークを専門にしている私でも
担当の「地域」というのがあって
そこにコレクターさんが住んでいる場合には
行って見てきたりもしています。
── そうなんですか。
下山 この間などは、福島へ行ってきました。

どっからどう見てもふつうの家なんですが
2階に上がったら
部屋がぜんぶ、絵や版画で埋まっていて。

合計250点ぐらいあったんですが‥‥。
── それって、どなたの作品だったんですか?
下山 里見勝蔵とか、山口長男(たけお)とか。

趣味で集めていたご主人が亡くなられて、
その大量の絵や版画とともに
残された奥さまが、
その2階の、足の踏み場もない状況に
困り果てておられまして。
── はー‥‥。ものとしては?
下山 多くは「いいもの」でしたよ。
値段を付けることができた‥‥という意味でも。

ただ、まったく興味のない奥さんにしてみれば
大変な状況だったでしょうね。

何しろ数が多かったですから、
別の美術関係の業者さんも一緒に来てもらって、
分担して、トラックで持ってきたくらいです。
── ‥‥力仕事なんですね、つまりは。
下山 肉体労働です、オークション会社の営業なんて。

で、そんなふうにして集めてきた品物を
絵ならば1カ月に1回、
私の担当の西洋アンティークならば
2ヶ月に1回、オークションをやってるんです。
── 2カ月間、情報を集めたり
トラックで地方の現場に出かけて行ったり
品物を見定めて交渉したりして、
最後の最後に、ハンマーを「コツン!」と。
下山 まあ、そうです(笑)。
── でも、闇雲に集めてたってダメですよね?
下山 もちろん、値段の付けられるものでないと。

それに、オークションの目玉となる品物は
出品者からのアプローチだけでは
なかなか集まりません。

こちらから目星をつけて、アプローチして、
交渉して、発掘していく必要があります。
── はじめて営業に出たときに
値段なんか、つけられるものですか?
下山 そこはやはり、勉強が必要ですよね。

私だって最初はもう、
「ガレのガの字」もわからないくらいでした。
── ガレのガの字‥‥というと?
下山 エミール・ガレという
フランスのアール・ヌーヴォーを代表する
ガラス工芸作家がいるんです。

ものによっては
「1000万円」くらいの値段がつく作家です。
── うわー、ガラス工芸で「1000万円」ですか。

なんとなく素人的な心配を言うとすると
美術品の世界って
「贋作」とかも出回ってたりとかするから、
なんというか、
「ダマされない」という意味でも‥‥。
下山 必要ですよね、勉強は。
── 勉強。
下山 先輩から教わったことは
もう、とにかく「数を見る」ということ。

本物をたくさん見ろ、これに尽きる、と。
── なるほど。
下山 さすがに勉強もせずに
いきなり、お客さんのところへ行って
「この絵、この値段で預からせてください」
とは言えませんから。
── でも、そうは言うものの、
下山さんでも
「はじめてひとりで行く営業」という日が
あったわけですよね。
下山 ええ、はじめてひとりで営業に行ったのは
マイセンの食器を扱っていた業者さん。

そのときは、
「エスティメート(落札予想価格)」を
丸暗記して臨みました。
── それは、たとえば‥‥。
下山 ピンクローズのティーカップなら
これくらい、
ブルーオニオンのカップ&ソーサーなら
これくらい‥‥という、
落札予想価格を頭に叩き込んで(笑)。
── じゃあ、暗記してない品が出てきたら?
下山 黙るしかなかったでしょうね(笑)。

で、まあ
「これ、自分ではよくわからないので、
 社に持ち帰らせてください」
と言って
あとからお客さんに電話したりして。
── そういう場数を踏むことで、
「ガレのガの字」も‥‥という状況から
だんだん、
ご専門の「西洋アンティーク」について
詳しくなっていったと。
下山 そうですね。

「日本のマーケットに流れるかどうか」
つまり
「いま売れそうか、売れそうにないか」
「市場性があるかないか」
については、
だいたい見当がつくようになりました。
── 「仕事」って、すごいもんですね。
下山 そうですねえ(笑)。
── でも、美術品なんて
それこそ「無数」にあるわけですけど‥‥。
下山 はい。

専門の西洋アンティークの分野に限っても、
見たことないものなんて
まだまだ、世の中にはたくさんあります。

ですから、その部分についての「勉強」は
一生、続くんだと思います。
<つづきます>
2014-03-20-THU
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