── |
ますます「空の時代になる」とは、
具体的に言うと
どういうことなのでしょうか。
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敦澤 |
われわれ航空会社の視点からは
たくさんのパイロットが必要になる
ということですね。
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── |
それは、どうしてですか。
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敦澤 |
ふたつの要因が、関係しています。
まず第一に、
現在、団塊の世代のパイロットが
どんどん退職年齢を迎えているという、
構造的な問題があります。
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── |
はい。
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敦澤 |
そして、
今回の羽田空港の滑走路拡張や、
今後の成田増枠を機に
国際線の本数が増えます。
さらに、中国やインドなどの国では
航空需要が爆発的な増大傾向にあります。
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── |
なるほど、なるほど。
そのふたつの要因が絡み合って、
「ますます、
パイロットが必要になる」と。
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敦澤 |
日本のことだけを考えると、
景気がよくない話ばかりですけれど、
世界に目をやれば
航空需要の増大、
パイロットの数が足りないという状況は、
これからも、続いていくでしょう。
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── |
ははー‥‥。
すでにいま、世界中のすべての飛行機は
いっぺんに地上に降ろせない、
というような話を聞いたことがあります。
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敦澤 |
つまり、駐機場の数が足りない、と?
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── |
ええ、常にどんどん飛ばしていないと、
停めるところがない、とか。
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敦澤 |
本当かどうかは存じあげないのですが‥‥。
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── |
ええ。
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敦澤 |
おもしろい話ですねぇ(笑)。
たしかに、国際線まで含めて考えると、
うん‥‥全機いっぺんに降ろしたら、
駐機場、スポットの数は足りなくなるかも。
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── |
テレビドラマの『24』を見ていたら
テロの危険か何かで
「全米の飛行機を全機、地上に降ろせ」
みたいな場面がありまして。
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敦澤 |
ええ、はい。
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── |
なかなか、手こずっておりました。
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敦澤 |
‥‥アメリカ全土となると、
飛行機の数も尋常じゃないでしょうし、
シミュレーションしたことは
ないですが
うまく割り振らないと
「なかなか降りられない」なんてことは
起こるでしょうね、きっと。
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── |
やっぱり、実際そうなんですね。
いや、とんちんかんな発言を
真っ正面から受け止めていただいて、
ありがとうございます(笑)。
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敦澤 |
いや、でもね、
自家用で乗ってる人も多いですから、
アメリカは。
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── |
映画でよく見る、農薬散布みたいな。
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敦澤 |
そうそう、自前の滑走路を持っていたり。
農薬散布の飛行機は
クロップダスターというんですけど。
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── |
クロップダスター。
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敦澤 |
アメリカで訓練を受けたとき、
教官がクロップダスター出身だったなぁ。
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── |
プロペラ機みたいなので、ブーンと。
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敦澤 |
お金持ちのお抱えパイロットなども
おりますし‥‥。
飛行機の免許を取る敷居じたい、
低いと思います、日本などとくらべると。
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── |
あ、そうか。
飛行機の免許証というのも、
あるんですよね。
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敦澤 |
ありますよ。いくつか。
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── |
いくつか。
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敦澤 |
はい。
プロのパイロットとして飛行機を操縦するには
事業用操縦士のライセンスが、まず必要です。
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── |
ええ。
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敦澤 |
その他にも雲の中に入る免許証とか‥‥。
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── |
雲?
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敦澤 |
はい、飛行機で雲の中に入るには、
免許が要るんですよ。
自家用飛行機のパイロット免許だけでは
入れないんです。
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── |
へぇーーー‥‥!
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敦澤 |
計器飛行証明というんですけれど。
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── |
けいき‥‥というのは「計器」?
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敦澤 |
はい、そうです。
「コクピット内に搭載されている
さまざまな計器から得る情報のみをたよりに
飛んでいい」
という免許のことなんですが。
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── |
あー、なるほど‥‥。
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敦澤 |
自分の目で目視しながら操縦することを
有視界飛行と言いますが
障害物との衝突の回避や、
他の飛行機との間隔を維持するためには
それだけでは不十分です。
何にも見えないという状況が
現実にありますし、
そういった状況下でも
100%、安全に飛行しなければ
ならないので。
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── |
「何も見えなくても、100%安全に」って、
そりゃそうなんですけど、
なんか、めちゃくちゃかっこいいです‥‥。
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敦澤 |
その他にも、
エンジンを複数搭載した飛行機を操縦するための
免許も取らなければなりませんし、
身体の免許証もありますし‥‥。
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── |
身体の免許証というと。
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敦澤 |
航空身体検査証明書を持っていないと、
飛行機を操縦することはできません。
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── |
それは、身体の健康のことですか。
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敦澤 |
そうです。
約100項目も
身体のすみずみまで検査をするんですけど、
機長になると年に2回、
その試験に合格しなければならないんです。
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── |
半年に1回とは、きびしいですね。
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敦澤 |
決して、乗務中に倒れることはできませんから。
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── |
でも、実際「パイロット」のイメージって
健康そうで、精悍といいますか、
スマートといいますか‥‥
あまり太っているイメージはないですよね。
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敦澤 |
自分の身体の状況が
お客さまの安全に関わるわけですから、
ストイックなほど、気を使ってます。
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── |
‥‥つかぬことをお聞きいたします。
飛行機免許証は、
身分証明書も兼ねてますよね、当然。
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敦澤 |
ええ。
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── |
じゃあ、それを提示して
レンタルビデオ店の会員になったりとかも
できるわけですよね。
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敦澤 |
はぁ‥‥まぁ。しませんけど。そんなことは。
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── |
いや、そうですよね、すみません!
あの、飛行機の免許なんて見たことないから、
もしビデオ店でバイトしていて
見せられても、ちょっと疑っちゃうかもとか‥‥
へんな感想で、すみません!
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敦澤 |
ははははは(笑)、
あの、気軽に持ち歩くものでもないので。
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── |
そ、そうですよね。
お財布に入れておくようなものでは‥‥。
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敦澤 |
ないです。
大事に、大事にしまってあります。
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── |
なるほど‥‥わかりました。
それでは、パイロットの仕事で
いちばん感動することって、何でしょうか。
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敦澤 |
お客さまを、安全に、快適に、定刻どおりに
目的地までお届けするのが、私の仕事です。
それは、常に達成しなければならない
最も重要な「使命」だと思っているのですが
やはり「天気」が思わしくなくて
欠航になる規定ギリギリ‥‥なんてことも
あるんですよ。
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── |
ええ。
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敦澤 |
そのように厳しい状況のときには、
お客さまに
「もしかすると
たどり着けないかもしれません」
「目的地を変更するか、
もしくは
戻ってくるかもしれません」
という情報を、
あらかじめ、お伝えしておくんです。
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── |
急に行き先が変更になってしまったら
乗客も困っちゃいますものね。
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敦澤 |
そういう可能性があるとわかっていても
搭乗してくださったお客さまを
無事、目的地にお届けできたときは‥‥。
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── |
ええ。
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敦澤 |
客席で歓声が上がったりするんです。
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── |
おお!
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敦澤 |
そういうとき、
「あぁ、
よろこばれる仕事ができたんだなぁ」
と思えて、うれしいです。
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── |
なるほど。
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敦澤 |
飛行機のことを
いまだに「怖い」と思われるお客さまも
多いんですね。
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── |
ええ、ええ。
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敦澤 |
そう思ってらっしゃるお客さまを、
怖いまま
お帰ししてはならないということは、
常に心がけています。
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── |
飛行機は安全なものなんだと
わかってもらう‥‥ということですか。
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敦澤 |
そのためには、当然のことですが
舵の取り方、ブレーキのかけ方ひとつにも、
ものすごく気を使います。
たとえ「燃費がいい」高度を飛んでいても、
機体が揺れている場合には
会社的な儲けは少なくなりますけれど(笑)、
燃料を多く使うけれども、
揺れない、快適な高度を選んだりですとか。
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── |
ははー‥‥。
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敦澤 |
そういうふうにして、
おひとりでも「怖い」と思われるお客さまを
減らしていきたい。
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── |
キャプテン、このシリーズでは
「いちばん大切にしているもの」を
かならず、
お聞きしているんですが、
キャプテンの場合は、やっぱり‥‥。
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敦澤 |
「安全」ですね。
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── |
そうですか。
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敦澤 |
未来永劫、ANAが安全であるために、
自分の技術を維持・向上させることしかり、
体調を管理することしかり、
今まで私たちが
先輩から教えていただいたことを、
副操縦士にしっかり伝えていくことしかり。
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── |
ええ、ええ。
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敦澤 |
守り続けなければならないことが、
山ほどあると思っています。
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── |
わかりました。
本日は、ありがとうございました。
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敦澤 |
こちらこそ、ありがとうございました。
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── |
‥‥ちなみに、キャプテン。
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敦澤 |
はい。
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── |
「お客さまの中にお医者さまが」
というのは‥‥いるものなのですか?
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敦澤 |
わたしの経験から申し上げますと‥‥
意外と、いらっしゃいますね。
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── |
いらっしゃいますか!
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敦澤 |
お医者さまだけでなく、
看護婦さんなども医療関係のかたも含めれば、
けっこう乗ってらっしゃいます。
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── |
あながち、ドラマの中だけのセリフ、
というわけではないんだ‥‥。
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敦澤 |
仮に、いらっしゃらなくても
付近を飛んでいる飛行機を無線で呼び出して、
その飛行機にお医者さんが
乗っていれば、
無線中継で指示を仰いだり、ということも
やっております。
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── |
すごい。
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敦澤 |
もっと言うなら、メッドリンクといって、
メディカル情報の提供サービスがあります。
衛星電話をかけると、
どんな言語で話しても通訳してくれて、
お医者さんに
適切な処置を指示してもらえるんです。
「近くに専門の病院があるから
どこどこの空港に降りるのがいい」
という点まで含めて
アドバイスを受けることができるんです。
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── |
ははー、気軽にお聞きしたことですけど、
そこまで
乗客の「安全」に対しては
徹底した対策を講じているんですね。
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敦澤 |
いちばん大切にしていること、ですから。 |
|
<終わります> |