── ユニバーサルのオートバイって
どのようなオートバイだと、思われますか?
ウィリー 私にとって、ユニバーサルというのは
自国スイスのメーカーということで、
何かすごく‥‥こう‥‥「近い」というか、
特別な存在です。
── それは親近感、というような?
ウィリー そうですね。

1930年代後半まで
ユニバーサルの本社と生産拠点が
私の生まれ育った町の近くにあったことも、
愛着を抱いている要因です。
── なるほど、それは身近に感じますよね。
ウィリー もちろん、それだけではなく、
オートバイじたいも
美しく、実用的ですし、とてもおもしろい。

なにしろ
50年以上も前につくられたものばかりですから、
今のオートバイにくらべて
シンプルだし、
なにより「人」との距離が近いというか‥‥
自分たちの手で直せますから。
── 今のオートバイは、直せないんですか?
パオロ コンピューター制御のものだと、おそらくは。
── ああ‥‥。
ウィリー 現代のハイテク技術を搭載した
オートバイの場合、
コンピュータ制御の電気系統が壊れてしまったら、
その部分を「まるごと入れ替える」
という修理のしかたに、なると思います。
── それじゃ、おもしろくない、と。
ウィリー ユニバーサルのオートバイは、そうじゃない。

キャブレター、クランクシャフト、マフラー、
キックスターター、シリンダーヘッド‥‥、
基本的な機構から
「ネジ1本」という、ごく細かい部分まで
人の手で直さなければならない。

というか、人の手で直すことができる。
── まるごとパコッと部品を取り替えるのではなく、
修理の過程に
「人間の手の作業」が、よけいに必要なんだ。
ウィリー そこが、魅力なんです。
── 「フタを開けたら、壊れている箇所がわかる」
みたいなところがあったら、
たしかに「腕まくり」したくなりますものね。

それでは、ユニバーサルに乗っている人って
どういう人たちなんですか?
ウィリー 比較的若い人もいるし、お年寄りもいます。
男性だけでなく、女性のライダーもいます。

私の印象では
乗っている人に何か傾向があるということは
ないんですけれど、
やはり、ユニバーサルに
深い愛着を持って乗っている人が多いです。

見た目、エンジンの音や排気音、
におい、乗りごこち‥‥
そういった「五感」に訴えかける部分を気に入って
ユニバーサルを選んでいる人が
多いような気がします。
── そんなに好きなものがあるって、憧れます。
ウィリー ひとつひとつ、手で直さなければならない
古いオートバイだからこそ、
人が寄り添うし、
ずっと好きでいられる
んだと思います。
── たとえば、今、僕が
「ユニバーサルに乗りたい」と思っても
新車は流通してないじゃないですか。
ウィリー ええ。
── そういう場合って、
ウィリーさんに相談するんですか、まずは?
ウィリー まあ、そうしてくださってもいいですし、
愛好家の交流会や
フリーマーケット会場など
他にも、相談できる場所はありますよ。
パオロ ただ、つねに完成品があるわけではないので
買った時点では
動かなかったりするケースもあって、
その場合には、修理をしてから引き渡します。
── いつになるかわからないけど予約しとく
みたいなことも、あるわけですか。
ウィリー 部品手配の見当がつけば
だいたいの納品時期は伝えられますけれど、
期間はまちまちです。

中古が手に入った時点では
車体が「バラバラ」だったりもして
どの部品が足りないかも
組み上げないと
わからなかったりしますので。
── バラバラ、というと?
ウィリー えーと、つまり‥‥(台車を引っ張りだす)
こういう状態ですね。
── これは‥‥予想以上の「バラバラ」です。
パオロ でしょう?(笑)。
── ここから、1台のユニバーサルを
組み上げるんですか?
ウィリー はい。
── いったい、どういう順番でどうやったら
これがオートバイになるのか
まったく、見当もつかないのですが‥‥。
ウィリー 重要なのは、まず、きれいに洗浄することです。

その段階で、破損部分も見つかりますし、
同時に、あたまのなかでは
どの部品が、オートバイのどの部分なのかについて
あたりをつけていきます。

洗浄しただけで
組み立てをはじめる場合もありますし、
塗装やコーティングまで終えてから
組み立てる場合などもあって、さまざまですね。
── つまり、厳密な順番はない、と。
ウィリー これに関して言うなら、
すでに、部品の洗浄や塗装が済んでいるので
すぐに組み立てを開始できる状態です。
── そして、最終的には
こういう完成の状態にまで持っていく、と。
ウィリー そうです。
── これって、
オリジナルの設計図のコピーを持っているから
できることなんでしょうか?
パオロ たしかに設計図には助かっているでしょうけど、
たとえなくても、なんとかするとは思います。
── ものによっては、
けっこう、たいへんな状態で手に入る場合も?
ウィリー このタンクなども
かなり、手入れが必要になるでしょうね。
── そうとう年季が入ってますね‥‥。
ウィリー でも、どんなにボロボロでも
ていねいに手をかけてやりさえすれば、
必ず、きれいになります。

仕事を終えたものが‥‥こっちに。
── ピッカピカですね! 新品みたい。
ウィリー 必ず、きれいになるんです。
手をかけてやりさえすれば。
── 修理するうえでは
ウィリーさんの「解釈」みたいなものも
入ってくるんでしょうか?
パオロ それは、あるでしょうね。

修理用の機械を自分で設計したり、
足りない部品があると自作したりしていますから
父の色みたいなものは
おそらく、付いているのではと思います。
── ウィリーさんの手で直した「痕跡」が。
ウィリー たとえば、
このキックスターターのレバーですが‥‥。
── ええ。
ウィリー 当初は、強度が少し足りなかったんです。

そこで、構造上、負荷のかかる部分を
何ミリか太くしています。
── 何ミリか。
ウィリー そのような私なりの改良は、やっています。
── でも「ミリ単位で太くした」って、
何というか、ものすごい細かい調整ですね‥‥。
パオロ ようするに、これまでの経験から
「こうしたほうがいい」と思った箇所には
改良を加えていますので、
「ユニバーサルのオートバイ」とは言うものの、
やっぱり、これって
「父の作品」なんじゃないかなと
私などは、思うんですが。
ウィリー ただ、そうであったとしても
できるだけオリジナルに近づけることを
大切にしています。
── そうなんですか。
ウィリー たしかに「私が直した」という「手の跡」は
残るかもしれません。

でもやはり、かつてのユニバーサルに忠実に
修理しなければなりません。
── それは、どうしてですか?
ウィリー それこそが
お客さんの望んでいることですから。

最終的な完成形に
オリジナルではない部品が含まれる場合は
その旨、きちんと伝えていますし。
── つまり「まったく新しいユニバーサル」を
つくろうとは‥‥。
ウィリー 思わないです。

フレームナンバーとエンジンの番号の間の
コンビネーションなどは
きちんと守られなくてはなりません。
── では、ユニバーサルを修理するうえで
気をつけている「モットー」みたいなことが、
他に何かあったら、教えてください。
ウィリー そうですね‥‥私は「モットー」ということを
意識したことは、ありません。

ユニバーサルのオートバイに対する気持ちは
13歳のころと同じですから。
── つまりドキドキ、ワクワクしている、と。
ウィリー はい。

そして、オートバイが動かなかったらチェックして
何がおかしいのか、
何が足りないのか、何が問題なのか
を突き止め、
動くようにする。

私はずっと、そのことだけを繰り返してきました。
── 動かないものを、動くように。
ウィリー そうです。

自分の目の前に
「本来は動くべきなのに、動かないもの」
があったら、
どうにかして動かしたいという気持ちが
生まれるんです。

そして、そのことが
これまで長く続けてこられた理由だと
自分では考えています。
── ほー‥‥動かないものを、動かしたい。
パオロ 近所の人たちなどは
「Nicht versagen, Willy fragen」
(動かなくなっても
 あきらめないで、ウィリーに聞いてごらん)
と言っては
オートバイ以外の動かなくなったものを、
いろいろ持って来るんです。
── ウィリーさんが
「動かないものを、動かしたい!」
と思うようになった
「きっかけ」って、何だと思われますか?
ウィリー きっかけ‥‥そうですね。

きっかけと言えるかわかりませんが、
私がまだ若いころ、
父の会社を手伝っていたころのできごとを
思い出します。
── ぜひ、聞かせてください。
ウィリー ある日、私は、ユニバーサルの
680 ccm(キュービックセンチメーター)
という
オートバイの修理に取りかかっていました。

いろんな箇所を点検し、部品を替え、
私なりに不具合を直すことができたと思い、
エンジンに点火した瞬間、
火を吹いて
工場の床が燃えてしまったんです。

── なんと。
ウィリー 自分では
きちんと修理できていたつもりだったのに、
エンジンをスタートさせた途端、
火を出してしまった。
── ええ。
ウィリー 火はすぐに消し止めましたが、
私は、自分自身に
ものすごく、腹が立ってしまいました。

もう、目の前のオートバイを
ハンマーで叩き壊してしまいたくなるほど、
嫌になってしまったんです。
── それほどまでに。
ウィリー そんなとき、父が私に、こう言ったんです。

「もう1回、チェックしてごらん。
 落ち着いて、やり直してごらん」と。
── ええ。
ウィリー 「故障して、ここに運ばれてくる前、
 このオートバイは動いていた。
 であるならば、動かないはずはないよ。
 落ち着いてもう1回、よく見てごらん。
 きっと、うまくいくから」と。
── ええ、ええ。
ウィリー 私は、父にそう言われて
もう一度、落ち着いてチェックし直しました。

そうしたら、今度は、きちんと動いたんです。
── 火も吹かずに。
ウィリー ええ、吹かずに。

ですから、先ほど「モットーはありますか」と
質問が出ましたけれど、
もしかしたら
このことが、私のモットーなのかもしれません。
── つまり‥‥。
ウィリー それまで動いていたものが壊れて
動かなくなっても、
きちんと見てあげれば、動かないはずはない。

落ち着いて時間をかけてあげれば
必ず、動くようになる。
── ‥‥なるほど。
ウィリー たいがい、オートバイの故障というのは
大きなことじゃなく、
小さな、ささいな不具合が原因なんです。

そのささいな不具合を見逃さず、
イライラしないで、きちんと対処してあげれば
オートバイは、必ず動く。
── たぶん、今おっしゃったことって
文字にしたら
「ごく当たり前のこと」というか
「基本中の基本」みたいに読めそうですが、
ウィリーさんの言葉として聞くと
すごく説得力というか、重みを感じます。

無闇に持ち上げるわけではないですが、本当に。
ウィリー 私は、今も、
あのときの父の言葉を、こころに留めています。
── オートバイは、必ず動く、と。
ウィリー そう、オートバイは、必ず動く、とね。
工場で研磨機を操作する、若き日のウィリーさん。
<つづきます>
2012-07-04-WED
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