── ウィリーさんは、こんなにも長く
ユニバーサルを修理しているわけですけれど
今も「新しい発見」って、ありますか?
ウィリー あります。
── 70年も、同じオートバイを触ってきたのに
まだ、新しい発見があるんですか。
ウィリー ありますね。
── それは、なんだか嬉しい答えです。
ウィリー 私は、健康でいられる限り
ユニバーサルのオートバイを修理し続けたい。

そして、それだけでなく、
コンピュータに頼らない昔ながらの機械なら、
何でも修理したい。

そして、修理をし続ける限り、
日々、新しい発見は、ありますから。
── それはたとえば、どういった?
ウィリー 単純に、見たこともない部品に出会うことが
まだまだ、あります。
── 向こうの棚に、一見、関係なさそうなものも含め、
パンフレットや紙資料、
カタログ類が、大量に保管されていましたが‥‥。
ウィリー そこから何かを学べる可能性がありますので。
捨ててしまうのは、あまりに簡単です。
── なるほど。
ウィリー 最近では、この「キャブレーター」です。
── キャブレーター、ええ。
ウィリー いつもと同じように組み立てたんですが、
動かないんです。
── 動かない? ‥‥ことが発見?
ウィリー ええ、発見につながります。

なぜなら
以前、まったく同じように組み立てて
まったく同じように取り付けたときには
問題なく、動いたんです。

なのに、このキャブレーターは、動かない。
── なぜなんでしょう。
ウィリー わからない。
この取材が終わったら、詳しく調べなければ。
── あ、今、解決してる最中なんですね。
ウィリー セオリー通りにやっているのに、なぜなのか。

どこが悪いのか、どうして動かないのか、を
突き止めて、解決しなければなりません。
── ええ。
ウィリー でも、この動かないキャブレーターの問題を
解決できたときには
新しい何かを、発見できているはずです。
── なるほど、そういうことですか。

しかしウィリーさん、オートバイのことを
本当に楽しそうに、お話しされますね。
パオロ 父は、ものごころついたときから
「機械じかけの動くもの」に
並々ならぬ興味を抱いてきたんですけど、
8人兄妹の長男として
当然のように、家業を継ぎました。

ですから、引退後の今、
なかでも大好きだったユニバーサルのことを
「本業」にできたことが
本当に嬉しく、楽しいんだろうと思います。
── ちなみに、ウィリーさん、奥さまは‥‥。
パオロ レオニッラといって
もう、10年ほど前に亡くなりました。
── そうでしたか。
パオロ 父にとって、母の死は
ユニバーサルの修理を本格的にスタートする
きっかけになっているはずです。
── というと?
パオロ 修理に没頭することで
「妻のいなくなった寂しさを紛らわす」面も
少なからず、あったと思うので。
親族に結婚を報告した日の、若きウィリーさんとレオニッラさん。
── なるほど‥‥ウィリーさん、
ウィリーさんは、レオニッラさんといっしょに
ユニバーサルに乗ったりしたんですか?
ウィリー 妻とオートバイに乗ったことは、ありません。
── え、ないんですか? いちども?
ウィリー いちども。
── それは、何か‥‥理由が?
ウィリー 妻は少し、オートバイを怖がっていました。
たぶん、そうだと思うんです。

実際、若いころは仕事が忙しかったりして
時間もなかったんですが、
仮に、そんなチャンスがあったとしても
オートバイには、
乗らなかったんじゃないでしょうか。
── ウィリーさんが、そう思うってことは
そうなんでしょうね、きっと。
ウィリー 妻は、私が農耕機械の会社を辞めたあと、
やっと、ふたりでゆっくり何かしようというとき、
亡くなってしまいました。
パオロ 父は、それ以降、オートバイに費やす時間が
だんだん長くなっていったんです。
── じゃあ、奥さまは、今、ウィリーさんが
こんなにも毎日、
ユニバーサルのオートバイを
修理してるっていうことを‥‥。
ウィリー 知りません。
── ‥‥知ったら、何とおっしゃるでしょうね?
ウィリー レオニッラが、知ったら?
何て言うかなぁ。もう、聞けないから‥‥。

でも、妻がいなくなったとき、
私は、とても寂しい気持ちになったんです。
── ええ。
ウィリー そんなときに「オートバイの修理」という
「実際、具体的に
 手を動かさなきゃならないこと」

あったことは
私にとって、大きな助けとなりました。
── パオロさんも、そう、おっしゃってました。
ウィリー だから、そういう意味でも
妻は、反対しないんじゃないでしょうか。
── ウィリーさんの「今」を。
ウィリー ええ。
パオロ そうそう、父が農耕機械の会社から引退したあと、
はじめて本格的に修理したのが
この赤いモト・グッツィだったんですよ。
── ユニバーサルじゃなかったんですか。
ウィリー これも、車体がバラバラになって
木箱に入っていたのを
設計図を頼りに、
いろいろと試行錯誤しながら組み上げました。
── つまり「ここからはじまった」というような
特別なオートバイである‥‥と?
ウィリー いえ、そこまでの存在ではありません。

このモト・グッツィを直すまでに
50年ちかく、ユニバーサルを触ってきましたし、
たまたま引退したとき
修理する機会があったので、直しただけです。
── なるほど。
パオロ ただ、私たち家族は
引退した父が
「今度はこういうことを、はじめるのか」
ということを
この赤いモト・グッツィとともに
覚えているんです。

つまり、家族にとっては「1号機」というような
思い出のオートバイなんですけど‥‥。
ウィリー 私にしてみれば
このオートバイが「1台目」であるとか
私の定年後を変えた、というような
そういう「特別な存在」では、ないです。
── 親子の間の認識のギャップが
なんだかちょっと、おもしろいですね(笑)。
ウィリー まあ、オートバイ1台を修理するのに
どのぐらいの手間暇がかかるのか‥‥ということは
学びましたけどね。
── ちなみに、ウィリーさんが
いちばん好きなユニバーサルのオートバイって
何というモデルなんですか?
ウィリー 680 ccm O.H.V.。
── あれ、それって、さっきお話に出た、
若いころに
修理していて火を出しちゃったオートバイ?
ウィリー はい。

ずっと、ほしいと思っているんですが
まだ、手に入れることができてなくて。
── え、ウィリーさんでも?
ウィリー ただ、つい最近、持っている人を見つけたので、
この間、予約を入れたんですよ。
── お顔が、みるみるうれしそうな感じに(笑)。
ウィリー でも、どんな状態で来るかは、わからない。

というか、さっきお見せしたみたいに
バラバラの状態で、やって来ると思います。
── じゃあ、直すんですね。
ウィリー 直します。
── で、売らないんですね。
ウィリー 売りません。

現物を見ていないので、何とも言えませんが
90パーセントは、
もう「手に入った」と考えています。
── 90パーセント?
ウィリー 今の持ち主は
「いいよ、売るよ」と言っているんですが、
交渉の過程で
当初の値段が変わってきたりすることが
よくあるんです。

あるいは、部品が足りないかもしれないし、
何かが壊れている可能性も、当然あります。

そういう意味で、
100パーセントと言い切れないのですが‥‥。
── ええ。
ウィリー うまく値段の交渉がまとまって、
バラバラの状態であっても
無事、この工場に持ってこれさえすれば
絶対に直すことができますから。
── そこに関しての心配は、ありませんものね。
「動かないものを動かす」ことについては。
ウィリー もちろん、ええ。
── ‥‥あの、ウィリーさん、
今まで、この「仕事!論」のシリーズでは
相談しつつ、
「職業名」を決めているんですね。
ウィリー はい。
── なので今回も、どういう職業名がいいのかを
相談したいんですけど‥‥
まず、ご自身では、ご職業は「何である」と?
ウィリー 私としては、ドイツ語の「メカニカ」
いちばん、しっくりきます。
── メカニカ‥‥というのは
英語にしたら「メカニック」ですか。
ウィリー ええ。
── 「機械工」とか「整備工」とか、
「メカニック」の日本語に当たる言葉も
当然あるんですけど、
それだと‥‥
ウィリーさんの雰囲気と少し違いますね。
パオロ 「メカニック」のままだと、どうですか?

「メカニカ」でなく「メカニック」なら
日本の人にも意味が通じるのでしょう?
── はい、ただですね、まことに恐縮ですが
「世界でたったひとり、
 ユニバーサルのオートバイを
 専門的に修理している人」

みたいなニュアンスを
乗っけられないかなぁという「色気」がですね、
編集者としては、ありまして。

(せっかく、はるばるスイスまで来たし‥‥)
ウィリー わかりました。

私は「メカニック」がいいと思っていますが、
別の言葉のほうが良いなら、
そこは、奥野さんのお仕事の領域ですから、
決めていただいて、けっこうです。

ただ‥‥。
── はい。
ウィリー 私は、ユニバーサルのメカニックになる前は
農耕機械や、
大型トラックのエンジンも修理していました。

そして、ドイツ語の「メカニカ」という言葉には
自動車、オートバイ、自転車、農耕機械、
それらすべてを
「組み立てたり、修理したり、整備したりする人」
という意味があるんです。
── なるほど、そうか‥‥。
パオロ それと、もうひとつ。
── はい。
パオロ ドイツ語の「メカニカ」という言葉は
「ものごとが動いていく」という意味も
表現できることがあるんです。
── へぇ!
パオロ ようするに
「何かが、うまく働いて、動いていく」
ことを、表せる言葉なんです。
── ‥‥それって、ウィリーさんにピッタリですね。

ずっと「動かないものを、動かしたい」と
思ってきた、ウィリーさんに。
パオロ そうなんです。

そして何より、
父は、自分の仕事が「メカニック」であることに
ずっと誇りを持ってきました。
── わかりました。そういうことでしたら
ぜひとも「メカニック」で、いかせてください。
ウィリー ありがとう。

そうそう‥‥
この間、古いオートバイを買ったんですよ。
── あ、ご自分用に。
ウィリー ユニバーサルのオートバイじゃないんですが、
サイドカーのついた、赤いオートバイをね。
── へぇー‥‥ユニバーサルじゃないんだ。
ウィリー 来月、同じように古いオートバイに乗っている
友だちといっしょに
それに乗って、少し遠出する予定なんです。

そのことが、今からとっても楽しみでね(笑)。
── ユニバーサルじゃないオートバイを買ったのは、
何か、理由があるんですか?
ウィリー 「コンドル」というオートバイなんですけど、
友だちがふたりとも
その「コンドル」に乗っているんです。

だから、
コンドルが3台そろって走ったら
それなりに
絵になるかもしれないなと思って。
── それは、かっこよさそうです!

ちなみに、そのふたりのお友だちって、
どんな感じの人なんですか?

たとえば、お年とか、見た目とか‥‥。
ウィリー ひとりは、私より2歳若い人
ひとりは、私より6歳若い人ですけど?
── それは‥‥かっこよすぎです!
<おわります>
2012-07-05-THU
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