横尾忠則さんの新しい著書は
『アホになる修行』というタイトルの言葉集です。
アホになるとは、いったいどういう修行でしょうか。
ここ数年、横尾忠則さん主催の「合宿」で
夏の数日間をごいっしょしている糸井重里が、
改めてお話をうかがいました。
じつは横尾さんによれば、その合宿のテーマは、
「なにもしないことをする」というもので、
それはすなわち、アホになる修行の一環と考えられます。
82歳の横尾さんが最近元気になったという話題から、
人生のあみだくじ理論に至るまで、
一生をかけた修行の極意、うかがいます。
- 糸井
- 横尾さんが子どもの頃って、
どんな感じだったんだでしょうか。
- 横尾
- 昔、雑誌に載せたいと言われて、
小学校の通信簿を取り寄せたことがあります。
先生が保護者に対して、
コメントをする欄があったんだけど、
そのコメントが、1年生から6年生まで、
いっさい変わってなかったの。
- 糸井
- そうなんですか。
- 横尾
- 担任の先生は年によって変わるのに、
コメントがぜんぜん変わらない。
1年生の先生の書いたものを2年生の先生が
めんどくさいからうつしたのかもわかんない。
でも、6年生まで先生は
ほぼ同じことを言ってるわけ。
「これはこの子の短所だから直してほしい」
という注文です。
- 糸井
- それはどういう「短所」だったんですか?
- 横尾
- 「人にちょっかい出す」
「キョロキョロ横見をする」
「幼児語が抜けない」
「わがまま」
もうひとつは
「優柔不断」
- 糸井
- なるほど‥‥。
- 横尾
- でも、考えてみたら、
他人にちょっかい出すことは好奇心だから、
いまの仕事に活かされているわけです。
- 糸井
- ほんとうですね。
- 横尾
- 幼児語が抜けないというのも、もしかしたら
インファンティリズムみたいなものかもわからない。
そうすると、この短所は、
いまの仕事にはぜんぶ役に立ってるわけ。
- 糸井
- 結局そうですね。
- 横尾
- だからといって先生は、
「この子は将来絵描きさんになる」なんてこと
思ってないからね。
絵描きさんになってもわがままはだめだと
言うでしょうね。
- 糸井
- 美術家になることは、みんな知らないですね。
- 横尾
- もしわかっていたとしても、
やっぱり性格を直そうとするでしょう。
- 糸井
- それが教育というものなんでしょうか。
- 横尾
- そうなんでしょうね。
でも、あるとき自分で、
「これはもう性格なんだからしょうがない」
「まあええか」と思ったわけです。
先生が直せという自分の特徴を、
実行せざるを得ない星の下に
生まれてしまったんでしょう。
- 糸井
- よくぞ直さずにここまで走ってこられましたね。
力の強い者に無理に直されることだって、
ふつうの人にはたくさんあるでしょうから。
- 横尾
- 性格が職業を選ばせたと思いますね。
ただ、糸井さんに前に話したか忘れたけど、
ぼくの10代の後半は、
人の言いなりだったんですよ。
- 糸井
- たしか、高校時代から就職するあたりまでは、
人が決めたことをそのままやってたんですよね。
- 横尾
- それ、余計な努力しないでいちばん便利なの。
- 糸井
- (笑)
- 横尾
- もともとぼくには人と競争したいとか、
大成したいとか、
郷里に錦を飾りたいとか、
そういう気持ちはあんまりありません。
成功したいと思ったおかげで
うまく結果が出たように思ってる人が
いると思うけど、
ぼくもゼロではないですよ。
でも、いちばんなりたかったのは
郵便屋さんですから、
成功欲など必要ないしね。
- 糸井
- ええ、そうですよね。
人のメッセージを配る仕事です。
- 横尾
- ある意味、人のための仕事です。
だけど人のことなど興味がない。
だから自分のためでしょうね。
- 糸井
- それはすごくシンボリックですよ。
横尾さんらしいと思います。
- 横尾
- なんで郵便屋さんになりたかったか、
なんであんなに
郵便に関するいろんな事柄に興味があったのか、
それは考えたことがありません。
考えたってわからないことです。
文通したい気持ちもあったし、
エリザベス・テイラーに
ファンレターを書きたいと思って、
ファンレターのために英語を習うこともした。
それはぼくの性格だし、
また、そんな性格だったら、
誰にでもあるわけですよ。
ない人、ひとりもいないわけ。
- 糸井
- でもそれは説明できない分、伝わりにくいし、
周りはその特徴を直してしまうんですよ。
- 横尾
- 社会がね。
学校も親も直そうとするでしょうね。
- 糸井
- どこかに隠れていれば
直されなくてすむんでしょうか。
- 横尾
- ぼくは、隠れるということはあんまりなかった。
どっちかと言えば、わがままで通したんです。
優柔不断のわがままですね。
- 糸井
- それは嫌なことを「嫌だ」と言う力がある、
ということでしょうか?
- 横尾
- そうね。
消極的に逃げるんじゃなく、嫌だと告げる。
これはぼくがひとりっ子だったことが
関係してると思います。
親はぼくの言うことはなんでも聞いてくれたので。
- 糸井
- そうですよね。
- 横尾
- 当然わがままになりますよ。
そのわがままも、いまの仕事は、
デザインのときよりすごく向いてるわけ。
- 一同
- (笑)
- 横尾
- 子どもの頃のわがままをいまもぜんぶ通していたら、
ぼくはもっと前に
犯罪者になったかどうか、わかんない。
理性で抑えてバランスを取ることが、
ぼくにもありますからね。
けれども、子どもの頃はそんな理性はなかった。
10代までずっとそんな感じでした。
- 糸井
- そのくらい幼い頃はわがままだった、と。
でも、それ以降も、
理性で抑えたわがままを通せたわけですから、
横尾さんはわがままを言う技術が
あったんでしょうね。
- 横尾
- それは夢がなかったからです。
夢や野心、願望を持っていれば、
それを実現するためには
わがままではいられませんよ。
妥協するしかないですよね。
- 糸井
- あ、なるほど。
- 横尾
- 願望を持っていたら、
人はひとりでは生きていけないでしょ。
他人や社会がないとだめだからです。
自分だけでは何もできないし、導かれない。
郵便屋さん以外の夢がなかったことが、
重要だったと思う。
- 糸井
- 野心や願望、夢は、
人質に取られやすいですね。
- 横尾
- そうですね。
夢は欲望ですから。
- 糸井
- 「いまこれを我慢しておけば」
などと考えやすいです。
(明日につづきます)
2018-07-08-SUN
これまでの横尾忠則さんの
エッセイ、対談、インタビュー、ツイッターなどから
選ばれた言葉集が発売されました。
さまざまなメディアで発信されてきた、
横尾さんの名言がまとまった一冊です。
生活のとらえ方や創作にかかわる考えなど、
鋭い言葉が光ります。
見開き展開でスイスイ読めますので、
なんどもくりかえし味わい、
心の刺激と栄養にできます。
本を締めくくる横尾さんのあとがきには、
こんな一文が出てきます。
「アホになるというのは、
自分の気分で生きるという自信を持っている
ということ」
このたびの糸井重里との対談でも、
「大義名分より気分が大切である」
という内容がくり返し出てきます。
それはいろんな人びとの暮らしに勇気を与える
本質をついた言葉であるといえるでしょう。
いろんなものを捨ててアホになる修行は、
横尾忠則さんに近づく第一歩なのかもしれません。
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN