降りる人と降りられない人。 降りる人と降りられない人。
秋元康さんと糸井重里は、
どのくらいやり取りがあるのでしょうか?

糸井本人のことばを借りると、
「なにかの収録のときとかに挨拶したくらい」。
しかし、作詞やテレビなど、時代は微妙に違えど、
活動には重なっている部分も多く、
もちろんお互いにお互いのことを知っている。

「ほぼ日の學校」の企画として、
ぜひ会って話しませんかとお誘いしたところ、
よろこんでとご快諾いただけました。
クリエイティブの話、社長業の話、人間関係の話、
たっぷりいろいろ話して盛り上がったのですが、
おもしろかったのは、秋元康さんが糸井に、
つぎつぎに質問するかたちになったことでした。
第2回 思惑なんてないんですよ
糸井
フリーのコピーライターとして外側から
なにかのプロジェクトに関わっていたときは、
さっき秋元さんが言ったような感じで、
いろんなことをおもしろがってたと思うんです。
ひとつ終わるとまたつぎのことを
おもしろがる、という感じで。
ただ、その都度、真剣ではあったよ。
愉快犯みたいな感じじゃなくてね。
秋元
うん、そうなんですよね、
糸井さんはいろんなものをおもしろがるけど、
愉快犯ではないですよね。
写真
糸井
いちいち、ほんとに、
「おもしろいなぁー」と思ってるだけなんですよ。
だから、おもしろがってるけど、
ちゃんと大人として仕事にしている。
そのへんのディテールは
なかなか伝わりづらいと思いますけどね。
でも、そのへんは秋元さんも同じでしょう?
そういう意味では、あの、
おおまかにとらえると秋元康と糸井重里を
同じジャンルに入れる人がいっぱいいるわけで。
秋元
あーー、でも、ぜんぜん違いますよね。
糸井
ふふふふ、なにが違うんだろうね。
秋元
やっぱり、糸井さんのほうがなんていうのかな、
人間的にリスペクトできる存在なんですよ。
糸井
なにを(笑)。
秋元
いや、ぼくは、やっぱりね、
そういうところが足りないんですよ。
なんだろうな、糸井さんには「思惑がない」んです。
だから、すてきなんです。
糸井
(笑)
写真
秋元
いや、自分で言うのもなんですけど、
ぼくもほんとうは思惑なんてないんですよ。
ないんだけど、あるように思われる(笑)。
その点、糸井さんは、なにをやっても、
ほんとうにたのしそうにしている。
糸井さん個人だけじゃなく、ほぼ日も、
「ああ、これ、おもしろがってやってんだろうな」
っていう感じがして、たとえば売れたり、
ファンが増えたりしても、それを目的にした
わけじゃないんだろうなって思える。
糸井
でも、秋元さんも、なにかを見つけて
おもしろがるってところはぼくと近いですよね。
秋元
はい。でも、やっぱり印象は違うんですよ。
糸井
ぼくよりちょっと愉快犯(笑)?
秋元
ああ、そう。だから愉快犯に見えて、
実際、愉快犯なんだ、きっと(笑)。
糸井
(笑)
秋元
ぼくも純粋におもしろがってるんだけど、
「きっと、秋元がおもしろいって
言ってるってことは、なにかあるんだろうな」
というふうに思われて。
写真
糸井
それはね、出身地の問題だと思う。
ぼくは「広告」だったから、思惑がどうあれ、
ここからここまでっていう範囲が見えやすいんです。
だから、邪推されるとしても、
「どうせクライアントのためにやってるんだろ?」
っていうことくらいで、じつはそれって、
誤解だとしても、わかりやすい範囲の話なんですね。
でも、秋元さんの場合、広告じゃなくて、
守備範囲が「メディア」だから、
どこからどこまでかわかんないくらい、広い。
秋元
ああ、そういうことなんでしょうね。
どこまでも巻き込んでいるように見られてしまう。
糸井
その点、広告なんて、いってしまえば、
ひとつ終わってしまえば、終わりなんです。
でもメディアの場合は、
たとえばテレビの番組がずっと続くこともあるし、
際限なく、続いているようにも見える。
思惑があるように見られるのは、
そういうところなんじゃないかなぁ。
言ってしまえば、ある時代のテレビのせい。
秋元
あと、たとえば糸井さんがやることって、
たとえばコピーにしても、
ことばなんだけど、実体があるんですよね。
単なることばあそびじゃないところが、
やっぱりほかの人たちとは違うところで。
‥‥なんか、糸井重里論になっちゃうけど(笑)。
糸井
(笑)
秋元
たとえば、「生きろ。」っていう
『もののけ姫』の短いコピーにしても、
なぜそのコピーにしたのかっていうところに、
やっぱりちゃんと実体があって納得できるんです。
つまり、奇をてらって「生きろ。」じゃない。
写真
糸井
それは、でも、秋元さんの仕事にも、
ちゃんと船のアンカーを降ろしてることって、
あるじゃないですか。
「こういうときにはこういうものを出すんだ。
なぜかっていうとね」ってきちんと言える部分が。
秋元
うん、ありますね、それは。
糸井
ありますよね。だからそれが見えづらいだけ。
やっぱり、秋元さんの仕事って、
たとえばテレビっていうカオスのなかにあるから、
つぎからつぎへ流れていってしまう。
秋元
逆に、糸井さんの場合は、流れていかないというか、
はっきりと句読点を打ってる感じがするんです。
矢沢永吉さんの『成りあがり』だったり、
あるいは沢田研二さんの「TOKIO」だったり、
そういうものを生み出したとしても、
そこにまったく固執しないというか。
それをビジネスにしないのはもちろん、
未練がましいものがぜんぜんない。
そういうところが、糸井重里の、なんかこう、
追い切れない、つかみ切れないなにか。
糸井
ああ、そうか、なるほどね。
秋元
だから、たとえば『TVブックメーカー』という、
深夜のクイズ番組があって、わーっと人気になる。
そうすると、そこに出てた糸井さんのところに、
「もっとやりましょうよ」「なにかやりましょう」
って依頼がたぶん殺到するわけじゃないですか。
でも、糸井さんからすると、もうそこで、
「おもしろかった」って終わらせてしまう。
糸井
あの『TVブックメーカー』ってさ、
ぼく、最後にものすごく勝ったんだけど、
そのコインをたくさん持ったまま、
番組が終わっちゃったんだよな(笑)。
写真
秋元
そうでしたよね(笑)。でも、そうやって
終わらせたままにするのが糸井さんで。
ふつうは、たとえば『成りあがり』を書いたら、
「じゃあ糸井さん、つぎお願いしますよ」
って来るのに、そこに留まらないところが
おもしろいなと思うんですよね。
ふつうはみんな留まりますからね。
糸井
秋元さんは、留まってる。
秋元
やっぱり留まらざるを得ないところがあります。
たとえばAKBがヒットする。
「当たった、よかった」っていうとき、
しがみついてるわけじゃないんだけど、
もうすでに逃げられなくなってるんですよね。
もっと具体的にいうと、AKBってもともとは
ソニーミュージックでスタートして、
そこではなかなか売れなくて、
キングレコードに移籍した途端に売れたから、
ソニーに申し訳ないなっていうのがあって、
じゃあソニーでもやりましょう、
でもそのままだとつまらないから、
公式ライバルということにしましょう、
ということになって、それが乃木坂だったわけです。
そうすると、終わるどころか、ふたつになって、
ふたつともやらなきゃいけなくなってる。
糸井
ああ、なるほど(笑)。
秋元
たぶん、糸井さんだったら、
「いや、アイドル、おもしろかったよ」って言って、
つぎのなにかをしてるんじゃないかなと。
自分がやったことに対して
未練がないですよね、糸井さんは。
糸井
というよりね、影響が及ぶ範囲が
小さいことばっかりしてるんだと思うよ。
ニッチを狙ってるわけじゃないんだけど、
自分ひとりのちからで一気にたくさんの人を
つかんだ覚えってぼくはないんですよ。
たとえばコピーライターブームのころだって、
時代として語ると大きなことだけど、
当時、広告をおもしろがってた人って、
全人口からしたらじつは一部なんだよね。
「おいしい生活。」っていうのは、
時代を代表するコピーだと言われるし、
自分でもいい仕事だったと思ってるけど、
一世を風靡したかというとまったくそうじゃない。
たとえば予算の規模とか露出の面でいえば、
新聞広告があって、池袋にポスターがあって、
午前中のテレビ番組にちょっとCM枠があって、
まあ、現実的には、そんなもんですよ。
意味や意義としては語られるかもしれないけど、
「『おいしい生活。』はよかったねー」って、
地方のおばあさんが語ったりはしないんだよ。
あるいは、NHKでやった『YOU』という番組も
ほめてくれる人が多いんだけど、
あれも視聴率でいえば1%行かない番組ですから。
2%出たときに、「囲碁教室に勝ったぞ」と言って
スタッフが大喜びしたんだから(笑)。
だから、もともとぼくは大当たりのない場所に
いたわけだから、未練もなにもないんだよ。
写真
秋元
それは意識してではないんですか。
糸井
違う。できないんだと思う。
秋元
あ、そうなんだ。
糸井
だから、ぼくから言わせると、
秋元康というのは、
ちゃんと風の来る場所に立ってる人で。
ぜんぜん違う分野かもしれないけど、
堀江貴文さんとかひろゆきさんとか、
そういう人たちって、相手にしてる数が
やっぱりすごいんですよ。
そういうことは、ぼくは本気ではやれなかったし、
ある意味でそういう才能がないんだと思う。
秋元
ああ、そうか。
いや、でも、ぼくはあれだと思うな。
やっぱり糸井さんは実際にはできちゃうのに、
自ら降りるんだと思うなぁ。
つまり選択肢を持っているんですよ。
糸井
(笑)
(つづきます)
2023-01-02-MON