杏さんが考えてきたこと。
第2回:新品じゃないものの価値。
糸井
歴史のほかには、
どんなものがお好きなんですか?
ご飯を食べたり作ったり、というのも好きです。
糸井
ああ、ご飯をたくさん作るドラマにも
出られてましたよね。
あ、はい。
朝ドラの『ごちそうさん』ですね。
糸井
うん。あれの影響もあるんですか?
料理はもともとすごく好きだったんです。
でも、何だろう‥‥
『ごちそうさん』は、大正時代の話なんですけど、
その時代の役を演じるために、
和包丁のことを勉強してみたり、
実際に料理を作ってみたりして、
学んだことも多かったです。
糸井
ああいうドラマに出ているからって
本人が料理好きとは限らないけど、
ちょうど合ってたんですね。
はい、料理も、
あの時代そのものも大好きでしたし。
糸井
しかも、あのドラマがきっかけになって
結婚したんだっけ?
出会ったのはもっと前なんですけど、
「旦那さん役」の人と、本当に結婚しちゃいまして。
糸井
そうですよね。
もともと料理が好きで、
料理中心のドラマに出ることになって、
しかもそこには旦那さんになる人までいた、って。
(笑)
糸井
すごいですよ。
「料理が好き」というのは、
「歴史が好き」というのと
全然違う文脈の「好き」なんですか?
うーん‥‥料理に関しても、
歴史というか「当時の味」というのを
けっこう考えます。
たとえば、いまって、
白ワインをキンキンに冷やすじゃないですか。
「冷やさないと飲めないよ」
みたいなことをよく聞くんですけど、
でも、冷蔵庫が登場したのって、
ここ何十年の話だと思うんです。
糸井
昔はなかったもんね。
はい。
昔は、冷たいものなんて
冬くらいしか飲めなかったでしょうし。
昔のスタイルで味わうんだったら、
白ワインも、
「絶対に冷たくないとだめ」とこだわらずに
常温でもいいんじゃないのかな、
ってことは思います。
糸井
なるほど、なるほど。
あとは、幕末って、
料理書がすごく出てる時代なので、
それを読むのも好きです。
糸井
へえ。
どういうことが書かれているんですか?
すぐ実践できるのが、
お刺身を辛子で食べること、ですね。
糸井
ほう。
昔はわさびなんて季節のものだし、
とても高級な、限られたものだったらしいんです。
江戸時代後期にお醤油ができたんですけど、
それまでは、基本的に、辛味といえば
和辛子だったそうです。
それで、私もいろんなお刺身に
辛子をつけて食べてみたら、
けっこう新しい発見があって。
糸井
ああ、なるほどね。
ぼく、落語がわりと好きなんで、
登場人物がどういうふうに暮らしてたかを
よく想像するんです。
落語の「長屋の花見」を聞いてても、
卵焼きをつくるにも、鶏がいないところには
卵がないんだろうなぁ、とか。
杉浦日向子さんにも、そのことについて
聞いたことがあったんだけど‥‥。
え! 大好きです、杉浦さん。
今日もちょうどカバンに
杉浦日向子さんの本が入ってます。
糸井
あ、本当?
ぼく、会いましたよ。
亡くなっちゃったけど、
優しくて、繊細で、人に気を遣わせなくて、
すごくいい人でしたよ。
杉浦さんって、文体もすごく軽やかで、
まるで見てきたように書かれてますよね。
糸井
日向子さんは最初、
時代考証家のお弟子さんでしたから。
で、その日向子さんに、
当時の暮らしぶりについてうかがうと、
「冷や飯に水かけて、たくあんの端っこだけで、
 ガサガサっと食べるというのが
 普通の食事です」
とおっしゃってたんです。
ああ。
糸井
いまは「きらびやかな江戸」みたいなものを、
みんなが勝手にヒョイッと、
現実の生活みたいに伝えるけど、
本当はそうじゃないんですよね、きっと。
魚を獲るのだって、
いま以上に大変だっただろうし、
魚を運ぶのにも時間がかかっただろうし‥‥。
そういうリアリティみたいなものを想像すると、
いまは贅沢な時代だなぁって思いますね。
いまはどんなものでも一年中食べられるし。
糸井
たぶん、杏さんも感じてるんでしょうけど、
まともに時代考証したら、
江戸時代って、ものすごく質素ですよね。
本当に、そうですね。
糸井
『枕草子』の時代のものでも、
ぼくらはきれいな着物を着てる人の
絵ばっかり見てるけど、
あんなもの、みんなが着てるはずがないよね。
布1枚が、もうとんでもなく
ありがたいものだったはずだから。
あ、そうだ、いいもの見せてあげますよ。
ちょっと待ってね。
(布を持って戻ってきて)
これこれ。
あ、何ですか、これ。
糸井
骨董通りの店で買ったんですけど、
これは、昔の働く人の、仕事着だと思うんです。
へえ。わ、すごい。
糸井
どこかが破れたら、刺し子をして厚みを出して、
つくろいながら使ってきた形跡がありますよね。
こういうのを見たときに、
布1枚のありがたさが、
どれほどだったんだろう、と思いますよね。
着替えなんて持ってなかったでしょうし。
糸井
持ってない。
布の素材も、綿か絹か麻、
あと羊毛くらいしかなかっただろうし。
もっと昔、1700年代後半ごろには、
紙を着てたらしいですね。
司馬遼太郎の『菜の花の沖』という小説に
北の海からニシンを取ってきて、
畑に肥料としてまく、という話があるんです。
なぜかというと、綿を育てるためだったそうです。
「綿を普及させて、経済を回らせて、
 巡り巡っていろんな人の生活水準を
 高くするのが、船乗りの役目だ」
みたいな内容があって。
糸井
へぇ、すごいねぇ。
ニシンをまいて、綿をとる。
杏さん
綿をとるために、貴重な魚までまく。
そういうふうに作って
いまに受け継がれてきたんだなぁって思います。
糸井
一からものを作る大変さや、
それを流通させるには
どうしたんだろうとか考えると、
ものの価値っていうのは、
やっぱり、いまの人には
想像できないことがありますよね。
ぼくらは、安楽に暮らしながら、
当時のことを思っているだけだけど。
そうですよね。
あと、昨今は、インターネットでも、
昔のいろんな風景が見られますけど、
実際に行って、見て、触れるというのも
やっぱり大事だなって思います。
糸井
なんで歴史や文化について
みんなが興味をもつのかな、って考えてて、
あの‥‥いま、フッと思ったんだけど、
テレビに出てる人たちの服装というのは、
絶対に「使い込んだもの」ではないんですよ。
たとえば、手入れの良い古い靴、
というのがあるとしますよね。
それはテレビの画面では、まず出てこないんですよ。
ドキュメンタリー以外では。
でも、そうすると、みんなの価値観が、
「服や靴って、おろしたてが一番いいんだ」
という方向に揃っていってしまうように思うんです。
誰かが勇気を出して、
「ちゃんと使い込んだ靴を
 テレビに出るときに履こうかな」
ということをやりはじめたら、
新しい流れができてくるような気がするんだけど。
たしかに。
いまは、消費消費、っていう時代に
なっちゃってますね。
糸井
町の文化みたいなものを、
みんなが欲してる理由って、
町には「新品が価値じゃない文化」が
残ってるんですよね。
若い子も新品と古着を組み合わせて着ているし。
そこのあたりに、ぼくは興味を持ちますね。
杏さんが歴史に興味があるのと
たぶん似てるような気がします。

(つづきます)
2016-03-15-TUE