糸井 | 書きたいという気持ちがとくになくて、 ある意味、誰が書いてもいいと思うんだけど、 それを自分が書けたときはうれしいし、 それをほめられたりすると、またうれしい。 |
谷川 | その感じはすごくわかりますよ。 だからぼく、なんていうのかしら、 自分の詩で、いちばん理想的に流通しているのは、 『鉄腕アトム』なんですよ。 |
糸井 | ああーー、なるほど。 |
谷川 | 『鉄腕アトム』の作詞者がぼくだということを 知らない人は、すごく多いんです。 「え? 谷川さんが書いたんですか。 ぼくは小学校のときから好きで歌ってました」 みたいなことを言われるのが、 詩人としてのひとつの理想的な姿です。 「詩人は忘れ去られているけれども、 歌は巷に流れている」っていう 『詩人の魂』というシャンソンがあるんですけど、 そういうのが本当は理想です。 あるいは、万葉集の「詠み人知らず」とかね。 |
糸井 | はい、はい、そうですね。 |
谷川 | 本当の理想はそれですよね。 ただ、そうすると 著作権使用料も原稿料も入ってこないから(笑)、 しょうがなくて名前を出しているわけですけど。 |
糸井 | いやもう、本当にそうですよね。 |
谷川 | ねえ。理想としてはそうですよね。 |
糸井 | 理想ですよね。で、もう一個、別の話として、 やっぱり食っていくこととか、 生きていくための原稿料はありがたいっていうか。 だから、『鉄腕アトム』は、まさに理想的ですね。 |
谷川 | うん。 |
糸井 | そっかー、あれを谷川さんの作品だと 知らない人は、けっこう多いんですね。 |
谷川 | なんか、びっくりするみたいですよ。 「こんな有名なものをあなたは書いたんですか?」 みたいな感じでさ。 |
糸井 | ははははは。 |
谷川 | あと、あの歌って、 大昔の歌だと思ってる人もいるみたい。 だから、いま、目の前の生きてる人が 書いてることにびっくりしてたり。 |
糸井 | だいたい、ものすごく広く オーソライズされたものって、 死んだ人がやったことだと みんな勝手に思う傾向があって。 |
谷川 | (笑) |
糸井 | 教科書に作品が載っている 「谷川俊太郎」という詩人は、 当然、この世にいないものという認識が‥‥。 |
谷川 | そうそう、ほんと。 |
糸井 | 「生きてたんですか?」っていうのは、 直接じゃないけど、言われるでしょう。 |
谷川 | 直接言われたこともあります(笑)。 |
糸井 | 直接もありますか(笑)。 |
谷川 | 「あ〜、生きてるう〜」って。 |
一同 | (爆笑) |
谷川 | 幽霊見た、みたいにさ。 糸井さんは、まだ言われないですよね。 |
糸井 | まだ言われたことはないですね(笑)。 でも、『鉄腕アトム』ほどではありませんけど、 歌謡曲の中にぼくの名前を見つけて 驚いたり喜んだりしてくれる人がいるのは ものすごくうれしいです。 |
谷川 | ああ、やっぱり。 |
糸井 | あのうれしさって、なんだろう、 たとえばダンスバンドの喜び、楽しさなんです。 つまり、体育館に男女が集まって 楽しくダンスを踊っているとき、 誰も見ていない舞台の上で演奏しているのが ダンスバンドなわけですよね。 |
谷川 | ああ、なるほどね。 |
糸井 | 音楽の喜びって本当はそういうところにあって、 もともとは、音楽そのものや、音楽をつくった人は 主役にならないものとして 存在してたわけじゃないですか。 |
谷川 | クラシックもそうですよね。 宮廷音楽なんて、ご飯食べるときに 横で弾いていただけなんだからね。 |
糸井 | まったくそうですね。 絵だって、肖像画なんていうかたちで、 発注されて、お役に立ちたくて描いてたわけだし。 |
谷川 | そうそう。 工房でね、王様のために描いたり、 貴族のために描いたりしていたんだから。 |
糸井 | 表現が主役になってしまってから、 ややこしくなったんですね。 だから、谷川さんの 『鉄腕アトム』の仕事なんていうのは、 とっても宮廷音楽的で。 |
谷川 | そうですね。 |
糸井 | 要求されて、がんばって、 鉄腕アトム様のためにつくった詩なんですよね。 |
谷川 | そういうほうがぼくはしっくりくるんです。 簡単にいえば、芸術家としてのものよりも、 職人的なもののほうが好きだし、 自分でも、そうありたいんですね。 だけどやっぱり、いまの人たちというのは、 逆に、芸術家になろうとする趨勢にある。 |
糸井 | そうですね。 |
谷川 | いまは、誰でもなんでも 気軽にメディアで表現できますからね。 だから、その方向で飽和点に達したときに、 逆に、どうなるんだろうと思いますけどね。 |
糸井 | そうですね。 |
谷川 | どの道を生きるにしても、 たいへんな競争になったりもしますし。 そのへんはどうなっちゃうんだろうとは思います。 |
(続きます) |