糸井 | 谷川さんとこうして話していると、 共感したり、うれしかったり、おもしろかったり いろいろなんですけど、 妙に「ありがたい」という気持ちがあるんです。 というのは、まぁ、谷川さんは大先輩ですし、 ぼくとは歩んできた道も違うし、 賭けてきたものもぜんぜん違いますから、 こういうことを言うのはおこがましいんですが、 「こういうことを言ってくれる人が 自分以外にも、いてくれることがありがたい」 っていうふうに、思っちゃうんです(笑)。 |
谷川 | いや、それは、わかりますよ。 ぼくも糸井さんの言動に共感しますから。 あの、広告の世界ってね、 まぁ、ボディコピーやコンセプトは きっとたいへんな物量だと思うんですけど、 目に入るキャッチコピーの部分というのは けっこう無口ですよね。 |
糸井 | そうですね。 |
谷川 | うん。無口の側に属している。 つまり、詩の側なんですよ。 それで、たぶんぼくは、 糸井さんに共感するんだろうと思うんですよね。 |
糸井 | ああ、たしかに、 その部分の仕事は無口です。 |
谷川 | 無口でしょ。 で、無口でも、ことばは、 ちゃんと存在してくれないといけない。 |
糸井 | はい、そうですね。 どれだけことばを減らしていくか、 ことばを減らしているのに届く、 というところに持って行くか。 |
谷川 | うん。 考えてみると、日本人って、 本来はわりと「沈黙は金」という態度の 人たちだったと思うんですよ。 |
糸井 | そうですね。 |
谷川 | 黙っていることがいいっていうのは、 ぼくの印象では、戦後、 アメリカ文化が入ってきたときに、 もうほとんど失われかけていたと思いますね。 あの、向こうの人の文化というのは とにかく言語化しなきゃいけないというもので、 なにか不満だったりすると、 ことばにしてちゃんと伝えなきゃいけない、 というふうに考えるわけです。 |
糸井 | はい。 |
谷川 | でもね、はたしてそんなに簡単に すべてをことばにできるものかどうか。 たとえば子どものころに、親は 「不満があったら、ちゃんとことばで言いなさい」 って言うわけですよね。 でもね、自分の子どものころを思い出すと、 なにが不満か、自分でもよくわかんなくて、 むずがったりするじゃないですか。 意識下でいろんなものが働いている子どもは 「ことばで言えたら苦労しねぇよ」って きっと思ってるんですよね。 |
糸井 | うん、うん(笑)。 |
谷川 | それが、戦後は、 「ことばにする」ということが 過剰によしとされているというか。 なんか、民主主義というのは討論が必要だとかさ、 ディベートがどうとかさ、とにかく、 「ことば」「ことば」っていうふうに なっていると思うんですよね。 |
糸井 | ことばにしないと安心できないというのは、 大きい意味では、貧しいんでしょうね。 ことばにしなくても、平気でやりとりして、 生きていけるというほど豊かではない。 それは、物理的な豊かさのことではなくて。 |
谷川 | そうなんですよね。 |
糸井 | そういった意味では、 『谷川俊太郎質問箱』も、 『小さいことばを歌う場所』も 『思い出したら、思い出になった。』も けっこう、無口な本で。 なんでもことばにはできないぞという 前提からことばを発しているような気がします。 |
谷川 | うん。その距離感は、似てますね。 |
糸井 | もう、こういう話を谷川さんとしていると 本当に楽しくてキリがないので、 無理矢理に締めていくしかないんですが(笑)。 |
谷川 | (笑) |
糸井 | すいません、いつもこういう、 わやわやしたお話におつき合いいただいて。 |
谷川 | いえいえ(笑)。 |
糸井 | 今日もたいへんおもしろかったです。 あの、谷川さんは、詩に関して、 今後どうしようとか、現役でずっといようとか、 そういうことって、考えたりするんですか? |
谷川 | うーん、糸井さんの歳のころには、 意識したかもしれないですけど、 いまはもう、そういうことは、 ぜんぜん意識しなくなりましたね。 |
糸井 | 「楽しい」っていう感じは? |
谷川 | もう、年とればとるほど、ありますよ。 |
糸井 | ですよね、きっと。 ぼくも、同じように言いたいけど、 それは、たぶん‥‥違うんだろうな。 |
谷川 | だけど、時代はますますきつくなっていますよ。 |
糸井 | そうですね。 |
谷川 | だから「時代に負けずに楽しくある」ことが、 けっこうたいへんですよね。 |
糸井 | はい。 |
(谷川俊太郎さんとのお話はこれで終わりです。 お読みいただき、ありがとうございました) |