第2回 「作品」とは何か。

糸井 先ほど「画家ではない」とおっしゃっていましたが
クリストさんの自己認識としては‥‥?
クリスト 私のやってきたことは、常に「視覚芸術」です。
糸井 目に見えるものを扱う芸術?
クリスト ドローイングなど紙の上の作品も
プロジェクトのための「構想図」ではあるけれども、
屋外での一時的芸術作品同様、
それ自体のクオリティを持った作品なのです。
囲まれた島々、フロリダ州グレーターマイアミ、ビスケーン湾のプロジェクト
2枚組のドローイング 1981年 165 × 106.6cm/165 × 38cm
糸井 プロジェクトの構想段階で描くものと、
プロジェクト終了後に描くものと、両方あるんですか?
クリスト プロジェクトに関するドローイングの類は、
すべて実現する前に描いています。

終了後に描いたものは、一切ありません。
糸井 あ、ないんですか。
クリスト その代わり、準備期間中はずっと描き続けます。
糸井 それで、ものによっては「何百枚」も。
クリスト それゆえに
ドローイングを時系列に並べることによって
アイディアが
どのように推移していったかが、わかります。
糸井 つまり、時間の経過が表現されると。
クリスト たとえば、
この「包まれたライヒスターク」のコラージュは
1977年の作品。
包まれたライヒスターク、ベルリンのプロジェクト
コラージュ 1977年 56 × 71cm
糸井 つまり、かなり初期‥‥ですか?
クリスト そう、ドイツの連邦議会議長に
「建物を包ませてください」と言って
はじめて断られた年に描いたものです。

ライヒスタークのプロジェクトは
1995年に実現するまで
77年、81年、87年と合計で3回、
断られているんですね。
糸井 そんなに‥‥ですか。
クリスト プロジェクトを構想しはじめた70年代初頭から
80年ころまでは、
「建物を布で包みたい」ということだけが
決まっていて、
実際、どういう方法で実現するのかについては
それほど具体的でなかったわけです。
糸井 ええ、ええ。
クリスト ですから、ドローイングでの描写も、
かなりラフなんです。

つまりその‥‥包みかたの形などが。
糸井 それが、だんだんリアルになっていく。
クリスト 1992年になってはじめて、
プロジェクト実現の可能性が出てきました。

当時のリタ・ジュスムート連邦議会議長が、
私たちを支持してくれたのです。
糸井 また「理解してくれる人」が現れたんですね。
クリスト 最終的には、1994年2月にドイツ連邦議会で
長い討議が行われたあと、
議員の記名投票が行われまして、
「賛成292票・反対223票・棄権9票」で
旧ドイツ帝国議会議事堂である「ライヒスターク」を
包むことができることになりました。
糸井 はー‥‥。
クリスト そういう状況になった時点ではじめて
実際に「どうやって包めばよいか」について
具体的に考え出したのです。
糸井 つまり、思いついてから15年くらい経って。
クリスト 布の色なども
はじめのころは白っぽかったのですが
それが、徐々に「シルバー」になっていき、
全体の形についても
はっきりした輪郭を持つようになっていきました。
糸井 なるほど‥‥。
クリスト もちろん、ドローイングやコラージュだけで
プロジェクトを進めていくのは難しい。

自分たちの想像力だけでは無理なんです。
糸井 「現場の事情」とかも、ありますものね。
クリスト ですから、ライヒスターク自体ではなく、
他の建築物を使って
包む方法のテストもしました。

建物の装飾部分に布が直接触れないように
風船を膨らまし、
その上から布をかけて風船をしぼませたり‥‥。
そうすると、布が傷まないんです。
糸井 風船で! はぁー‥‥。
クリスト ライヒスタークを包むためには
120名の作業員と、
90名のロッククライマーが必要でした。
糸井 で、包まれた姿が、これですか。
包まれたライヒスターク、ベルリン、1971-95
100,000平方メートルのポリプロピレン布、
15,600mのロープ、14日間の展示
写真:ウォルフガング・フォルツ
クリスト ちょっと話がずれてしまいますが、
どんなプロジェクトでも
かならず、プロトタイプでテストをしているのです。

たとえば、いま取り組んでいる
「オーバー・ザ・リバー」というプロジェクトでは
許可を取るために
技術的なデータを添付する必要があるんです。
糸井 ええ‥‥「オーバー・ザ・リバー」というのは
何キロにもわたって
川の流れに沿って布を張り巡らすという、あの。
オーバー・ザ・リバー、コロラド州アーカンサス川のプロジェクト
2枚組のコラージュ 2005年 30.5 × 77.5cm/66.7 × 77.5cm
クリスト 申請に必要なデータを集めるために、
別の川の一区間を借りて
何枚かの実物大の布パネルを張ってみたり、
カナダの実験風洞でテストしたりしました。

実物の16分の1のサイズのスケールモデルに
強い風を当てて
布やケーブル、アンカーなどにかかる荷重を
測定するのです。
糸井 許可証、申請書‥‥ものすごい数ですよね。
クリスト 「オーバー・ザ・リバー」の場合は
私たちがアメリカ連邦政府に提出するための
許可申請書を作成するために、
専門の会社を一社、雇う必要がありました。

そして、その会社は
約1年半をかけて申請書をつくりました。
糸井 ‥‥1年半。
クリスト 「1年半」の歳月と
「150万ドル(約1億円)」の費用を使い、
できあがった申請書は
「2000ページ以上」ありました。
糸井 はーーーーっ‥‥。
クリスト さらには、私たちが提出した原案をもとに、
政府の指定する別会社が
「最終的な報告書」を作成したのです。

私たちは、その会社と関わることはできずに、
でも、報告書作成の費用は、
私たちが
全額、負担しなければなりませんでした。
糸井 ‥‥はい。
クリスト こんどは「2年間」の歳月と
「250万ドル(約2億円)」の費用をかけて
「1686ページ」の報告書ができました。
糸井 ‥‥すさまじいです(笑)。
クリスト 話が逸れますが、大きなプロジェクトについては
実現したあとに
「全記録集」をつくっています。

最も厚いもので「1600ページ」はあるでしょう。
糸井 文書類をすべて保管しておくこともふくめて
ひとつの「作品」だということですか?
クリスト 私にとっての「作品」とは、
実際、作品が存在していない時期も含めて、
たとえば、
こうして「作品の説明をしている時間」も
「作品」の一部なのです。
糸井 なるほど。
クリスト でも、実際のプロジェクトが存在するのは
基本的に14日間。

その期間を過ぎたら、
二度と、見ることはできなくなります。

ですから、そのプロジェクトの内容を
いかに克明に記録しておくか、ということにも
大きなエネルギーを注いでいるのです。
糸井 ええ、ええ。
クリスト 記録集だけでなく、記録展もつくります。

どのようなプロジェクトでも、
準備過程で
かなりの量のドローイングを描くのですが、
一部は売らずに、残しておくのです。

あるいはまた、写真や申請書などの文書の類、
プロジェクトで使った
布やケーブル、鉄のフレーム、スケールモデル。

プロジェクト自体はなくなってしまったあと、
それらの「名残」を集めた展覧会を開く。
糸井 なるほど。
クリスト ただし重要なことは、そうした展覧会が
「プロジェクトの代わりになるわけではない」
ということです。

あくまでプロジェクトについての展覧会であって、
プロジェクトそのものとは、ちがう。
糸井 言い換えれば
「展覧会が、複製じゃない」ということですね。
クリスト そうです。
糸井 そして「プロジェクトの14日間」というのは、
何があっても再現不可能である、と。
クリスト ええ。
糸井 ‥‥ぼく、「ゲート」のプロジェクトについては
チャンスがあったはずなのに
行かなかったので‥‥すごく後悔してます。
クリスト ぜひ「オーバー・ザ・リバー」にお越しください。
糸井 コロラドでしたっけ?
クリスト はい。
糸井 完成するのは‥‥。
クリスト 早ければ、2014年の夏。

アーカンサス川の流れに沿って、
その水面の数メートル上、土手のあいだに
9.5キロに渡り「銀色の天蓋」をかけていきます。
糸井 その下を‥‥通れるんですか?
クリスト そう、数時間かけて、ボートで下っていくというね。
糸井 ‥‥ほんと、天才だと思うなあ、この人は(笑)。
<つづきます>

COLUMN クリスト&ジャンヌ=クロードを間近で見てきた 柳正彦さんに訊く  02 ポケットの中身と「白飯」。

今年、76歳になったクリストさんですが
足が長くて痩身で、
スタイリッシュな印象は、むかしの映像のまま。

事実、もう何十年も体重は変わっていないとか。
着ているものも、おしゃれですよね?

「屋外での作業や交渉の席、講演会などでは
 ほとんど常に、
 サファリジャケットみたいな上着を着ています。
 あれは、たしかオーストラリア製。
 その下には
 太めストライプのシャツを着ているんですが
 そっちはロンドンで作ってます。
 夜、食事で外へ出かけるなんてときは
 シャツはそのままで
 サファリジャケットを脱ぎ、
 イッセイ・ミヤケのスタンドカラーのシャツを
 上着がわりに羽織る。
 だいたい、そんなパターンが多いですね」
(柳正彦さん、以下同じ)

なるほど、「ほとんど常に」というからには
かなりのこだわりっぷりです。

たしかに、サファリジャケット風の上着って
いろんな映像で見た気がします。

「ちなみに、彼のジャケットのポケットには
 つねに
 生のガーリックが一房、入っています」

生のガーリックって‥‥生のニンニク?

「ええ」

それは‥‥かじるために?

「そう、わりと有名な話なんですけど、
 よく食べてるんですよ、生のニンニクを」

東京藝大で行われた講演会では
30分以上、予定時間をオーバーしても
まだまだ
しゃべり足りなそうにしていましたけど、
あのエネルギーは、じゃあ‥‥。

「ニンニクのおかげだって、本人は言ってます。
 ま、単純に好きなだけだという気もしますが」

ははー‥‥。

「そうそう、食べ物のことでいうとですね、
 おもしろいというか、妙な話があって。
 西洋だと、テーブルの上に
 まずはパンが置いてあるじゃないですか」

はい、食事が出てくるまえに。

「それと同じ感覚なんだと思うんですけど、
 クリストは和食の店に行くと
 まず、ごはんを持ってきてくれと頼むんです」

ごはんというのは‥‥白米ですか?

「そう、真っ白なごはんを食べながら、
 日本酒を飲みはじめ、
 刺身や天ぷらが来るのを待つんです。
 フランス料理屋で
 パンをかじりながら前菜を待つように」

白飯を、そのまま‥‥?

「お醤油かけたりとかして」

<ほぼ日・奥野>

柳正彦(やなぎ・まさひこ)

東京都出身。
ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院
修士課程修了。
在学中より、日本およびヨーロッパの美術関連の執筆や
展覧会の企画、コーディネイトを行う。
1980年代中頃から
クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして
プロジェクトの準備、実現に関わる。
著書に、
クリストとジャンヌ=クロード各作品の解説はじめ
本コラムで紹介したエピソードなども掲載した
『クリストとジャンヌ=クロード
 ライフ=ワークス=プロジェクト』
がある。
2011年、上野・池之端に
現代美術と工芸の展示スペース+ブックショップ
『ストアフロント』をオープン。
クリストさんと糸井の対談では通訳もしてくださいました。

2011年9月27日 東京藝大での講演会のようすはこちら。
※公開期限は終了しました。
2011-12-21-WED