糸井 ぼくらは会ってないあいだに、
ずいぶんいろんなことを経験したみたいですね。
会ってない時間の分だけ
互いに歳をとったんですけど、
そのあいだに、見えること、見えないこと、
ずいぶんいろいろ経験したんだなぁって、
お会いしてすぐに感じたんです。
ジル ああ、そうですね。
糸井 ぼく自身のことでいうと、
歳をとることについて、
うれしいことがたくさん増えました。
ジル ああ、わかります。
糸井 いままで、わかってるつもりだったことが、
ほんとにわかった気がするし。
衰えていることよりも、
得たもの、うれしいことの量のほうが、
ずっと多いような気がします。
ジルさんのお話をうかがっても、
同じようなことを感じました。
ジル はい。
私たちはですね、やはり、開いてるんです。
オープンなんです。
糸井 うん。
ジル そしてそこに、
きちんと「時間を割いて」いるんです。
糸井 うん。
ジル きちんと「時間を割く」というのは、
たとえばこういうことです。
私は、この部屋で、お茶をのんでいます。
座って、考えているんです。
すると、人々は文句を言うかもしれない。
「彼はぜんぜん仕事をしてない。
 いつもお茶ばっかり飲んでる」って。
糸井 ははははは。
ジル いや、私は考えてるんです。
反省してるんです。
アイディアを探してるんです。
そういう瞬間がなければいけないんです。
考えなければいけない。
けれども、若いときは、やはり、
お茶を飲んで考えるためには
時間を割きませんでした。
糸井 ああー、なるほど。
ジル 考えるために、理解するために、
きちんと時間を割きませんでした。
ところが、歳をとると、時間を割くんです。
それは、時間を失ってるんじゃないんです。
逆です。むしろ、効率的なんです。
糸井 うん、うん。
ジル でも、部屋の外にいる人は、
ガラス越しに私の姿を見て、言うでしょう。
あの年寄りを見ろ、と。
ぜんぜん仕事をせずに
お茶を飲んでる、と(笑)。
糸井 ひとりで考える時間はとても重要です。
さっきジルさんもおっしゃったけれど、
自分の根っこを見失うのが
いちばんよくないんですね。
だから、ときどき確認する必要がある。
ジル そのとおりです。
忘れていけないのは、
自分たちがどこから来たのか、
ということなんです。
糸井 そうなんです。
ぼくもここ数年のあいだに、
それについてすごく考えていました。
土と接している自分の「根の部分」が
すごく重要だっていうこと。
ジル 私は、いつもしてることがあります。
10年前から、いつもしてることです。
歩くとき、たとえば、道路を歩くとき、
地下鉄の構内を歩くとき、
ギターを弾いてる人の前を通ります。
あるいは、ジャグリングをやってる
人の前を通り過ぎます。
もしくは、募金を集めている人の前を。
そのとき、私は必ずお金をあげます。
なぜなら、私はかつてそこにいたから。
私は、そこから来たんです。
糸井 うん、うん。
ジル 私はストリートからスタートしたんです。
そして、帽子を回して、お金を集めた。
自分がどこから来たかを忘れてはいけません。
いまはメルセデスに乗ってるかもしれない。
けれど、私は昔、道路で帽子を持って
人々からお金をもらって暮らしていたんです。
「根っこにあるのはどういう自分なのか?」
そういうことなんです。
糸井 あなたは、ストリートに根を生やし、
そこから栄養を吸い上げて育っていった。
ジル そのとおりです。
糸井 たぶん、肥料が少ない土地からでも、
栄養を力強く吸い上げて、
大きく、太く、なっていったんでしょうね。
やがて花が咲いて、種もできて、それを蒔いて。
ジル そう、私は農家で生まれました。
12歳まで、農家のリズムで生活をしてました。
根っこにある文化も、農家のそれです。
わたしの父親は、月のリズムで生きてました。
新月、満月、春の月、夏の月、
いつも自然のそばで生きてました。
ですから、私の中にもそのリズムが入ってます。
私は新月になるのがいつか、
それから、満月になるのはいつか、
いつも頭に入れています。
糸井 ああー。
ジル 新月の日と満月の日は、
私のカレンダーにいつも書いてあります。
なぜかというと、
それを知っていることはとても重要なんです。
いいですか?
なにかプロジェクトをはじめるときは、
新月にやるべきです。
満月にはじめてはいけない。
私の父親は新月のときに種を撒きました。
満月のときには、決して蒔かなかった。
なにかをはじめるなら、新月です。
けれども、たとえば
ショーの初日は満月がいいんです。
なぜなら、それは「収穫」だから。
満月は収穫のときですから、
少しずつ積み上げて、つくりあげたショーを
スタートさせる日としてはいい。
実際、シルク・ドゥ・ソレイユでも
そういうふうにしてきました。
糸井 ああー、そうですか。
それが重要だということを、
シルク・ドゥ・ソレイユの
ほかのみなさんは信じてますか。
ジル いいえ。
一同 (笑)
ジル ただし、ギー・ラリベルテと私は信じてます。
糸井 その2人が信じてれば十分です。
ジル (笑)
糸井 じつは、ぼくらの会社がつくってる、
手帳やカレンダーにも、
満月と新月のマークが入ってるんです。
ジル 糸井さんもそれを気にしているんですか?
糸井 いえ、ぼくは、ジルさんが
いま言ったようなことは知らなかったんです。
けれど、ただ、なんだか知らないけど、
入れておくべきだと思った。
ジル 重要なことです。
いつも知っておくべきです。
糸井 わかりました。
これから、もっと大事にしますよ。
ジル プロジェクトをスタートさせるときは、新月。
それはちょうど種を撒くようなものです。
糸井 はい。
ジル 新月に物事をスタートさせると、
種から芽が出て、だんだん育って、
大きな植物のようになっていきます。
一方、収穫は満月に行うべきです。
たとえば、結婚式、なにかのお祝いごと。
それは、満月にしてください。
なぜなら、それは到達点だから。
糸井 はい、はい。
ジル 私たちも、新しいプロジェクトは
新月にスタートさせます。
そして、完成したショーの初日は、
いつも満月の日にします。
なぜなら、それは到達点ですから。
糸井 花の開く日ですね。
ジル そうです。
ショーをやるっていうのは、
まさに花が咲くようなものです。
ですから、満月がいいです。
糸井 ねぇ。
ジル そして私は思うんですけど‥‥
お客さんが入らなくて閉めてしまった
『バナナ・シュピール』のときは、
それを守らなかったんです(笑)。
一同 (笑)
糸井 そういえば、バナナは三日月だもんね?
ジル そう、あれは、よくない三日月でした(笑)。
糸井 ははははは。
でも、おかげでまたひとつ、
勉強になりましたね。
ジル (笑)


(つづきます)


2011-10-12-WED