鍵井
あとは、そうですね、
水中カメラマンのぼく個人にできることといえば‥‥
────
はい。
鍵井
その、なんて言うんでしょう‥‥
えらそうに聞こえたらごめんなさい。
海の生き物たちにはたいへんなご迷惑をかけてるな、
という気持ちがあるんですよ。
────
ええ。
鍵井
それで、震災以降はぼく、
着底しないスタイルで撮ることにしたんです。
────
ちゃくてい?
鍵井
海底に降りたり、
水中の自然のものにつかまったりすることを
着底といいます。
────
そういう言葉があるんですね。
鍵井
たとえば岩があったらその岩を、
こうやって‥‥
────
がっしりとはさんで。
鍵井
体を固定して、撮るのが基本なんですね。
でも、はさんだその岩には
目に見えないちいさなものもあわせて
たくさんの生き物がいます。
体を固定すれば彼らが傷ついてしまう。
もうこれ以上、
人が海の生き物を傷つける権利はないと‥‥。
────
なるほど。
鍵井
それで震災以降、
できるだけ浮いたままで撮ることにしました。
────
でも、体を固定しないと、
ふわふわしちゃうのでは?
鍵井
しちゃいます。
ですから着底しないことで、
撮ることができなくなった生き物とか、
シチュエーションも、出てきました。
でももう、それはそれでいいんです。
あかんときはあかんでいいと。
撮れなくても、よし。
────
いさぎよいですね。
鍵井
それをぼくは、やってみようと思っています。
着底しないで撮る。
そのスタイルを続けていった10年、20年後の自分が、
どんなふうに海を見つめているのか‥‥。
それはちょっと、たのしみなんですよねぇ。
────
写真集のお話に戻りますね。
『ダンゴウオ』というタイトルですが、
ダンゴウオはそんなに登場しない写真集でした。
鍵井
あちゃー(笑)、すみません、そうなんです!
────
いえいえ(笑)、そこがよかったんです。
ときどき、ひょいとあらわれるダンゴウオ。
それがまたかわいんです。
とくにあの、ねえ! 最後の写真!
鍵井
はい(笑)。
────
もう、このインタビューを読んでいる方にも
お見せしちゃいたいんですけど、いいですよね?
鍵井
どうぞどうぞ。
────
これですよ!
▲岩の隙間で見つけたダンゴウオ。(2012年12月19日)
『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。
鍵井
最後のロケは、
これを撮るためだけに行きました。
────
かわいいなぁ‥‥。
こっちの角度もかわいい!
▲なんともかわいい正面顔。(2012年12月19日)
『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。
鍵井
新潮社の担当編集者の人がね、
「ダンゴウオってタイトルなんだから、
やっぱり締めはダンゴウオの写真だろう。
だから、さあ、撮ってきて!」
っていうんですよ(笑)。
「ページ空けてあけて待ってるから!」って。
────
撮るしかない(笑)。
見つけるのって、たいへんなんですよね?
鍵井
ダンゴウオを見つける名人の
佐藤輝さんというダイバーに
同行してもらったんですが、
この写真が撮れたときには‥‥
ふたりで水の中で抱き合いました。
────
そうでしたか。
やっぱりたいへんなことなんですね。
鍵井
佐藤さん、泣いてました。
────
ああ‥‥。
鍵井
うれしそうな顔をして。
────
水の中で、
会話ができない中でのことですよね。
いいなぁ‥‥。
鍵井
やっぱり、いろいろなことは、
この子に会えたからなんですよね。
────
ダンゴウオに会えたから。
鍵井
そう。
ダンゴウオに会えたから、
この写真集ができたし
ぼく自身にも変化がおきたんだと思います。
────
‥‥あの、鍵井さん。
鍵井
はい。
────
写真集を読み終わって
ぼくが思ったことを言ってもいいですか。
恥ずかしいんですけど。
鍵井
聞かせてください。
────
‥‥言います。
「ダンゴウオっていうのは鍵井さんなんだ」
そう思いました。
鍵井
‥‥?
────
最初に出会ったダンゴウオの、この表情。
これはこのときの、
鍵井さんの気持ちに思えました。
鍵井
すごく不満そう(笑)。
「こんなに海をよごして‥‥」みたいな。
そうか、これはぼくの気持ちかぁ。
────
で、様々な心の変化があって、
たくましい海の再生も見た、
2年後の鍵井さんが、これです。
鍵井
笑ってる(笑)。
────
ね?
笑ってますよね!
こっちもほら、笑ってます。
鍵井
なるほど(笑)。
────
「ダンゴウオは、鍵井さんだ」って思ったんですよ。
きょう実際にお会いして、ますますそう思いました。
鍵井
‥‥そうですね、
言われてみればそうなのかもしれませんね。
(つづきます)
2013-07-03-WED
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN