第3回 ダンゴウオに会えたから
鍵井 あとは、そうですね、
水中カメラマンのぼく個人にできることといえば‥‥
──── はい。
鍵井 その、なんて言うんでしょう‥‥
えらそうに聞こえたらごめんなさい。
海の生き物たちにはたいへんなご迷惑をかけてるな、
という気持ちがあるんですよ。
──── ええ。
鍵井 それで、震災以降はぼく、
着底しないスタイルで撮ることにしたんです。
──── ちゃくてい?
鍵井 海底に降りたり、
水中の自然のものにつかまったりすることを
着底といいます。
──── そういう言葉があるんですね。
鍵井 たとえば岩があったらその岩を、
こうやって‥‥

──── がっしりとはさんで。
鍵井 体を固定して、撮るのが基本なんですね。
でも、はさんだその岩には
目に見えないちいさなものもあわせて
たくさんの生き物がいます。
体を固定すれば彼らが傷ついてしまう。
もうこれ以上、
人が海の生き物を傷つける権利はないと‥‥。
──── なるほど。
鍵井 それで震災以降、
できるだけ浮いたままで撮ることにしました。
──── でも、体を固定しないと、
ふわふわしちゃうのでは?
鍵井 しちゃいます。
ですから着底しないことで、
撮ることができなくなった生き物とか、
シチュエーションも、出てきました。
でももう、それはそれでいいんです。
あかんときはあかんでいいと。
撮れなくても、よし。
──── いさぎよいですね。
鍵井 それをぼくは、やってみようと思っています。
着底しないで撮る。
そのスタイルを続けていった10年、20年後の自分が、
どんなふうに海を見つめているのか‥‥。
それはちょっと、たのしみなんですよねぇ。

──── 写真集のお話に戻りますね。
『ダンゴウオ』というタイトルですが、
ダンゴウオはそんなに登場しない写真集でした。
鍵井 あちゃー(笑)、すみません、そうなんです!
──── いえいえ(笑)、そこがよかったんです。
ときどき、ひょいとあらわれるダンゴウオ。
それがまたかわいんです。
とくにあの、ねえ! 最後の写真!
鍵井 はい(笑)。
──── もう、このインタビューを読んでいる方にも
お見せしちゃいたいんですけど、いいですよね?
鍵井 どうぞどうぞ。
──── これですよ!
▲岩の隙間で見つけたダンゴウオ。(2012年12月19日)
 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。

鍵井 最後のロケは、
これを撮るためだけに行きました。
──── かわいいなぁ‥‥。
こっちの角度もかわいい!
▲なんともかわいい正面顔。(2012年12月19日)
 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。
鍵井 新潮社の担当編集者の人がね、
「ダンゴウオってタイトルなんだから、
 やっぱり締めはダンゴウオの写真だろう。
 だから、さあ、撮ってきて!」
っていうんですよ(笑)。
「ページ空けてあけて待ってるから!」って。
──── 撮るしかない(笑)。
見つけるのって、たいへんなんですよね?
鍵井 ダンゴウオを見つける名人の
佐藤輝さんというダイバーに
同行してもらったんですが、
この写真が撮れたときには‥‥
ふたりで水の中で抱き合いました。
──── そうでしたか。
やっぱりたいへんなことなんですね。
鍵井 佐藤さん、泣いてました。
──── ああ‥‥。
鍵井 うれしそうな顔をして。
──── 水の中で、
会話ができない中でのことですよね。
いいなぁ‥‥。
鍵井 やっぱり、いろいろなことは、
この子に会えたからなんですよね。
──── ダンゴウオに会えたから。
鍵井 そう。
ダンゴウオに会えたから、
この写真集ができたし
ぼく自身にも変化がおきたんだと思います。
──── ‥‥あの、鍵井さん。
鍵井 はい。
──── 写真集を読み終わって
ぼくが思ったことを言ってもいいですか。
恥ずかしいんですけど。
鍵井 聞かせてください。
──── ‥‥言います。
「ダンゴウオっていうのは鍵井さんなんだ」
そう思いました。
鍵井 ‥‥?
──── 最初に出会ったダンゴウオの、この表情。
これはこのときの、
鍵井さんの気持ちに思えました。
鍵井 すごく不満そう(笑)。
「こんなに海をよごして‥‥」みたいな。
そうか、これはぼくの気持ちかぁ。
──── で、様々な心の変化があって、
たくましい海の再生も見た、
2年後の鍵井さんが、これです。
鍵井 笑ってる(笑)。
──── ね?
笑ってますよね!
こっちもほら、笑ってます。
鍵井 なるほど(笑)。
──── 「ダンゴウオは、鍵井さんだ」って思ったんですよ。
きょう実際にお会いして、ますますそう思いました。
鍵井 ‥‥そうですね、
言われてみればそうなのかもしれませんね。


(つづきます)
まえへ このコンテンツのトップへ つぎへ
2013-07-03-WED
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN