こんにちは、ほぼ日の山下です。
ある日のこと、
糸井重里が一冊の写真集を手にしながら言いました。
「山下さんはかわいいものが好きでしょう」
え? ええ、好きです。
「釣りが好きだから魚に興味もありますよね」
あります、とてもあります。
「あと、たしか東北出身」
仙台で育って、実家は福島市です。
「じゃあ、この写真集をみるといいと思いますよ」

それは、震災後の海の中がすこしずつ再生していく様子を
2年にわたって撮影し続けた写真集でした。
撮影場所は、岩手県の宮古湾。
撮った人の名は、鍵井靖章さん。
かわいいダンゴウオや
海中の写真に心をつかまれながらぼくは、
そこに書かれてある
鍵井さん自身の文章にも、ぐいっと引き込まれました。
(文章も多くて読みごたえのある写真集です)
生意気な言い方になってしまいますが、
「正直な気持ちだけが書いてある」と思いました。
淡々としずかに事実を写しながら、
鍵井さんというかたは、
ご自分の心の揺れや不安を
すこしも隠さず記しているように感じたのです。
鍵井靖章さんに、会いたいと思いました。
ダンゴウオの話も聞きたいので、できれば海のそばで。
もっとぜいたくをいえば、本物のダンゴウオを見ながら。
‥‥調べてみるものです。
なんと「新江ノ島水族館」に、
ダンゴウオが展示されていることがわかりました!
※取材は4月下旬でした、現在は展示されていません
さあ、水族館へまいりましょう。
入口で待ち合わせたぼくたちは、
「はじめまして」のごあいさつもそこそこに、
さっそく魚たちが待つ場所へと向かいます。
大きな水槽の前に立つ、こちらが鍵井靖章さんです。
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うわーーー‥‥
すごいですね、この水槽。
まるで自分が海の中にいるみたいです。
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鍵井 |
ねー。
頭の上まで水槽だから。
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ここで一枚、お写真を撮りましょう。
鍵井さん、こちらを向いてくださーい。
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鍵井 |
はーい。
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‥‥あ‥‥エイ。
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鍵井 |
ん?
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鍵井 |
おおーー。
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鍵井 |
おおー、いいなぁーー(笑)。
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(笑)あらためまして鍵井さん、
きょうはよろしくお願いします。
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鍵井 |
よろしくお願いします。
ダンゴウオがいるんですよね、ここに。
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はい。
水族館の人に確認しました。
相模湾で見つけたのを展示しているそうです。
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鍵井 |
なるほど。
‥‥で? どの水槽に?
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さがしましょう。
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鍵井 |
‥‥??
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じつはぼくも
どこに展示されているか聞いてないんです。
なので、いっしょにさがしましょう。
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鍵井 |
あー、そういうことですか。
おっもしろーい(笑)。
いいですね、
海での出会いもそんな感じですからね。
わかりました、さがしましょう!
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鍵井さんといっしょに、
「新江ノ島水族館」の水槽を見て歩きます。
ダンゴウオはどこだろう?
こんなに大きな水族館で、
親指の爪サイズの魚をさがすということが、
なんだかとてもたのしいことに思えてきます。
雑談しつつ、水槽を見つつ、ダンゴウオをさがしつつ、
鍵井さんにすこし、
「水中写真家」というお仕事についてうかがいました。 |

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撮影には、どのくらいのペースで?
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鍵井 |
月に1~2回は海外ロケに行ってます。
その合間の時間で葉山に潜ったり、
東北の海に通ったり、ですね。
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そんなに‥‥。
このお仕事をはじめたのは、いつから?
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鍵井 |
水中写真家をこころざしたのは大学在学中です。
で、まったくのフリーランスになったのは、
1998年でした。
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やっぱり、子どものころから海や魚がお好きだった。
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鍵井 |
それがそんなこともないんですよ。
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え? ちがうんですか。
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鍵井 |
だってぼく、
兵庫県の川西っていう、
海とはまったく関係ないところで育ったので。
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そうですか。
‥‥でも、じゃあ、なぜ水中写真を?
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鍵井 |
それは、色彩というか‥‥
海の中で見えるものの美しさに
惚れちゃったからなのかもしれません。
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美しさ。
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▲美しい水槽。でもダンゴウオはいません。
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鍵井 |
どういう生態の魚なのか、とか、
そういうことには興味がなかったんですよ。
だって、
女の人を好きになるときに
その人の骨の本数とか歯の本数とか、
そんなん、どうでもいいですよね(笑)。
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(笑)そうですね、
最初は外見なのかもしれません。
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鍵井 |
ですよね!?
なにかを好きになるっていうのは、
まず美しさへのあこがれですよね。
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▲ある意味の美しさがありますが、この水槽にもダンゴウオはいません。
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ダイバーのあこがれといえば‥‥マンタとか。
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鍵井 |
はい、あこがれです!
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ウミガメとか。
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鍵井 |
ウミガメもあこがれですよ。
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ジンベイザメ。
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鍵井 |
そう!
色彩の美しさ以外では、
そういうスケールの大きな生物たちの
「機能美」みたいなところにも魅了されました。
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▲ウミガメも泳ぐ大水槽。ダンゴウオは‥‥いたとしても見つけられません!
※現在ウミガメはウミガメプールにいます。
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なるほど。
きれいだから、美しいから、
それを写す仕事をしようと思った。
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鍵井 |
ええ。
‥‥それにしても、
ダンゴウオの水槽はどこにあるんだろ?
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それっぽい水槽は、まだないですねぇ。
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鍵井 |
‥‥あ、ここはクラゲのコーナーだ。
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▲「クラゲファンタジーホール」というスペースです。
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▲幻想的な空間には、ゆらゆら漂うクラゲの水槽がたくさん。
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ダンゴウオの水槽を見つけられないまま、
ぼくたちは水族館をどんどん進みます。
やがて、順路としてはたぶん最後のコーナー、
「タッチプール」という場所にたどり着きました。
この水族館の目の前に広がる相模湾や
江の島の磯にすむ生き物に直接触れられるコーナーです。
果たして、ダンゴウオは、そこにいました。 |

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鍵井 |
‥‥‥あった。
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いきなり、ありましたね。
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鍵井 |
名前が、堂々と書いてある。
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「かわいいです。」って書かれてます(笑)。
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鍵井 |
ねえ(笑)。
この水槽の‥‥どこにいるんだろ‥‥。
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‥‥いますか?
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鍵井 |
‥‥あー、いたいた。
ほら、あの黒い筒の中。
右側の筒の中に。
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ん? んんんーー??
あれが、ダンゴウオ?
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鍵井 |
はい。
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そうですかー。
うーーーん‥‥かわいさを確認できない。
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鍵井 |
ですよね(笑)、
筒から出てきてくれるといいんですけど‥‥。
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あのぉ(水族館のスタッフの方に)、
質問をしてもいいですか?
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水族館の人 |
はい。私でお答えできることでしたら。
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この「タッチプール」のコーナーには
近くの海の生き物たちがいるようですが、
ダンゴウオはスタッフの方がつかまえたんですか?
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水族館の人 |
そうです。
ダンゴウオは冬になると産卵をしに
浅いところに出てくるんですね。
ですから寒ーい冬の日の真夜中に、
スタッフでさがしにいくんです。
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毎年のことですか?
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水族館の人 |
毎年です。
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そこまでするのは、
やっぱりダンゴウオが人気者だからですよね。
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水族館の人 |
はい。ダンゴウオのマニアの方がいらして、
みなさんこれを目当てに来てくださいます。
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へええーー、
ほんとうにアイドルなんですねぇ。
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鍵井 |
‥‥あっ。
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どうしました?
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鍵井 |
出てくるかも。
ほら‥‥。
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ほんとだ、こっちを向いてますね。
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鍵井 |
うん‥‥‥‥。
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‥‥‥‥‥‥。
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鍵井 |
‥‥‥‥‥‥。
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‥‥‥‥‥‥。
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ふたり |
‥‥‥‥出た!
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出てきました!
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鍵井 |
ちょこちょこ動いてる(笑)。
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はははははは!
かわいい! こーれは、かわいい!
かっわいいなぁー。
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鍵井 |
ねー(笑)。
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おなかに「吸盤」がついてるんですよね。
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鍵井 |
そうそう。
それで岩とかに吸い付いて流されないように。
ちいさくて泳ぎが下手で、浮き袋もないので。
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かわいらしいなー。
‥‥あ、帰っていきます。
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鍵井 |
また、筒に戻りますね。
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やっぱり右の筒のほうがいいんだ(笑)。
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鍵井 |
おやすみー。
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‥‥‥‥はぁ~。
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鍵井 |
ふうーー。
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いやぁ‥‥会えましたね!
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鍵井 |
会えました。
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すごくあわてて写真を撮ったので、
たぶん写真がぜんぶピンボケだと思います。
でも、それはもう、いいです。
会えましたから。
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鍵井 |
うん。
よかったー!
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ぶじ、ダンゴウオに会えたふたりは、
江の島が見渡せる「海辺のデッキ」へ行きました。 |

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ここのテーブルで海を見ながら、
すこし落ち着いて、写真集のお話をうかがいましょう。
時間はまだ、たっぷりあります。 |
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(つづきます) |