先生:寄席のおはやしさん 小口けいさん(おけいさん)  生徒:本願寺出版社のフジモトさん(本願寺)=三味線をはじめて約1年。   「ほぼ日」スガノ(津軽)=ちいさい頃、津軽三味線をやってました。

津軽 おけいさんの、
おはやしさんとしての経歴は
何年くらいですか?
おけい 26年。まだまだです。
私が教わった先輩が
キャリア40年ぐらいだもん。
津軽 26年間の中で、
思い出に残ることは?
おけい やっぱり志ん朝師匠ですね。
津軽 志ん朝師匠!
おけい やっぱりねぇ‥‥いまだったらもっと、
高座に上がりやすく
弾けたのになぁ、って思います。
本願寺 そうなんですか。
おけい 東京厚生年金会館、あの広いところ、
高座まで歩くんですよ。
私はまだこの世界に入って
3年くらいだったかな。
はじめての厚生年金会館の仕事だったの。
「いつもテレビで見てたりなんかしてた、
 あの志ん朝師匠が、
 私のこの三味線で出ていく‥‥」
ミーハーもいいとこですよね(笑)。
津軽 緊張なさいましたか?
おけい でも、志ん朝師匠は
緊張をほぐしてくださったり、
いろいろしてくださいました。
あの高座に上がる後姿‥‥
何ともいえないですよ(ぽわーん)。
本願寺 ええ、ええ、わかります(ぽわーん)。
あこがれの、志ん朝師匠の話。
おけい それでね、いいところでちゃんと、
お辞儀をしてくださるんですよ。
あの師匠がすばらしいのは、
寄席なら寄席サイズの話し方をしますし、
大きいところは大きい振りをなさるんです。
踊りももちろん、芝居も
なさってたからなんでしょうねぇ
(ぽわーーーん)。
津軽 そんなに感激を‥‥
おけい いまだに、その
自分が若かりし頃の厚生年金、
忘れないですよ。
ちっちゃな端席、池袋のときでも
師匠はやさしかった。
言い訳なんですけど、若い頃って、
ムラッ気が出て
集中力を保つのが難しいんです。
間をすべらしたりすると、師匠が
「おけいさん、めずらしくすべったね」
なんておっしゃって、
ああ、やっぱり
聞いてらっしゃるんだと思いました。
津軽 ところでフジモトさん、
『老松』のおけいこをつけてもらわなくて
いいんですか。
志ん朝師匠の『老松』が弾きたくて
習いはじめたんでしょ?
本願寺 ‥‥おけいさんが弾いてらっしゃるのを
聴きたいです。
おけい いっしょにやりましょう。
『老松』をいきいきと弾く
フジモトのようすをごらんください。
津軽 間合いが難しかったぁ。
おけい 旋律は大丈夫なのよ、
むずかしくはないんだから。
三味線の間合いは、
CD聴いて覚えちゃえばいいの。
楽譜よりも耳がいいよ。
三味線ってね、
大なわとびを、何度やっても跳べなかったり
くぐり抜けられなかったりする子は
きっとだめよね。
間合いが覚えられない。
津軽 ああ、なるほど。
おけい あの大なわとびをくぐるとき、
「こうやってなわが来れば、こう」
なんて、頭で考えないでしょ?
間って、そういうものなんです。
考えなくていい、それは、
自分が持ってるものだからね。
それを頭で考えて直そうとする人は、
おそらく向いてないんです。
だけど、人生は楽器ばっかりじゃない、
ほかのことだってあるんだからね。
津軽 私は譜面が読めないのを
ちょっとコンプレックスに
思ってたんですけど‥‥
おけい そういう育てられ方でいいんですよ。
耳で音を探りながら弾くということは、
なわとびの入り方を
飛び込んで教わってたんですからね。
チューニングさえしっかりしていれば、
あとは音で動きを取るのがいちばんいい。
楽譜は、覚え書きと思うくらいでちょうどです。
だから、どんな子だって
なわとびさえ跳べれば、
三味線も、音楽も、できるんです。
音符読めなくて大学行けないから、
音楽やめちゃおうなんて思わないで。
感性だからね。
だって、ベートーベンだって
耳が聞こえなくなってから
第九を作ったわけでしょ?
あれも感性だからね、
音楽が体に残ってんだから。
津軽 ベートーベンも。
おけい ふふふふ、ベートーベンで思い出したけどね、
浅草の太鼓が大きいって話したでしょ?
太鼓が『千鳥』という曲をやるときに
ダンダーンって叩くから、
私の耳がぜんぜん
聞こえなくなっちゃったんですよ。
本願寺 ぼわーん、ってなっちゃったんですね。
おけい そのときに
パッとひらめいたの。
「ベートーベンは聞こえなくたって
 第九作ったんだから!」
津軽 ‥‥‥。
おけい 「自分は自分の間で
 弾いていけばいいんだ!!」
津軽 それで‥‥ちゃんとできたんですか。
おけい 知らないわよ、自分は聞こえないから。
ふたり わははははははは。
おけい もうそれからはとにかく、
なんかあったら「ベートーベンは」。
いつもそう思ってる。
津軽 合言葉は。
おけい 「ベートーベンは」
津軽 「やったんだから」
おけい そうそう、はははは。
私にできないことはない。
津軽 では最後に3人で
『金毘羅舟々』を弾きたいんですが。
おけい いいよ、並んでやる?
並んで弾くのは本番みたいでうれしい。
津軽 棹がぶつからないかなぁ。
おけい あら、津軽だから
ぶつからないんじゃない?
津軽 津軽ふうに立てていいなら、
ぶつかりませんよ。
おけい だめです、ちゃんと構えて。
津軽 ああ、三味線たのしいよ。
本願寺 たのしい。
おけい たのしいでしょう?
ふたり ふふふふ。
『金毘羅舟々』くりかえし弾きます。
どんどん速くなります。
津軽 おけいさん、速い! 速いです。
おけい あら。だって、権太楼師匠が
ふだん寄席で出てくるのは、こんな調子よ。
権太楼師匠は速く弾いてくれって言うんですよ。
津軽 しんどかったぁぁあ。
本願寺 私も。ついてけなかったです。
おけい せめて最後は、
「このくらいなんだよ」っていうのを
教えたかったんですよ。
本願寺 ありがとうございました。すごいたのしかった。
おけい ありがとうございました。
たのしかったね。
津軽 ありがとうございます。しごかれたぁ。
おけい しごいてないよ、ぜんぜん、しごいてない。
まだまだいけるわよ!
のびしろだけがあるのよ!
津軽 貴重なお時間いただいて、
けいこをつけていただき、
ありがとうございました。
おけい て、ほどでもないよ(笑)。
津軽 やっぱり最後まで、おけいさんの
あのポーズは、できなかったなぁ。
あこがれの、ポーズ。
ふたり ありがとうございました。
並んで弾いた
思い出深い『金毘羅舟々』、
もしよかったら、お聞きください。
(おしまい)



2010-05-13-THU