「ガンが治療可能になるのはいつ? その4」
(編集部註)
今回は、回答その4です。
念のためにここに質問を記しておきます。
その1、その2、その3、を読んでいない方は、
そちらを先に読むといいですよ。
Q、ガンが治療可能になる時代が、
いずれくると言われていますが、
それは、いつ頃のことでしょうか?
また、どういった治療法が
もっとも可能性が高いのですか?
(親戚がみんなガンで死んでいる中年男より)
みなさん、こんにちは。
しばらく間があいてしまい、申し訳ありません。
前回も書いたように、うちの大学では、
6年生になってから2つの科を選択して
7週間ずつ実習を行なうことになっております。
で、僕の選択したうちの一つの科であるICUでは、
教育担当の先生がとても熱心な先生で、
宿題もたんまりと出して下さるために、
原稿を書くだけの余裕がなかったというわけなのです。
今日は珍しく仕事がなかったために、
早い時間に学生を解放してくれたのですが
「おおい、須田ぁ、ちゃんと読んでおくんやでぇ」
と、前述の熱心なセンセが笑顔で渡された
英語の論文があるのでして、この原稿を書き終わったら、
そちらの方にも取りかからなくてはいけません。
(嗚呼、誰か助けてくれぇ!)
さて、今回のテーマも前回の続きで、
ガンの治療法シリーズ第四弾
「放射線治療について」です。
「放射線治療」というと、
一般にはかなりおどろおどろしいイメージが
あるんじゃないかと思います。
何しろ得体の知れないビームを浴びるのですから。
それに、日本は世界で唯一の被爆国でもありますから、
どうしても放射線の印象が悪くなることは確かです。
さらに、日本では放射線治療よりも外科手術の方が
ガン治療として最初に発展したという経緯もあり、
総合病院でガンを疑われたときでも
治療を主に行なう科として放射線科を考えるということが
習慣としてないのかもしれません。
これと対照的に、欧米の場合は、外科手術が技術的に
難しかった(例:有効な麻酔技術がなかった)時代から
放射線によるガン治療効果が認められており、
放射線科の地位は日本よりも高いと言えるでしょう。
話を変えて、「なぜ放射線がガンに効くか」
ということについて述べましょう。
ここで、以前に書いたガン細胞の性質を
もう一度復習します。
・何になるかはっきりと分かっていない細胞である。
・やたら増える細胞である。
・周りの組織にジワジワと染み入っていく細胞である。
・リンパ管や血管を介して他の組織までたどり着いて
そこで増えることができる細胞である。
このうち、二つ目の
「やたら増える細胞である」に注目して下さい。
細胞が分裂して増えることは
皆さんも中学校の理科の時間に習ったことと思います。
細胞分裂の際に重要な役割を果たすのが
染色体というもので、ここにDNAというものがあり、
遺伝情報が記録されていることも
ちょっと科学通の方ならご存じでしょう。
さてさて、放射線はこの染色体に異常をもたらすため、
細胞分裂が盛んな細胞ほどダメージが大きいのです。
したがって、正常細胞よりも
「やたら増える細胞」であるガン細胞は
放射線のターゲットになりやすいのです。
次に、放射線治療の特徴を考えていくとしましょう。
1)切らなくて済む
まず、手術との比較では「切らなくて済む」ということ。
お腹や胸や顔など、体の一部を切るということは
日常生活の中で考えてみると
とても恐ろしいことなのですが、
不思議なことに「外科手術」となると、
意外と納得してしまうところがあるでしょう。
もちろん、外科の先生は、手術中もできる限り正常な
組織に害のないように細心の注意を払っておりますし、
術後の感染症の予防だとか、痛みの処置だとか、
その他様々なことにも色々と気を遣っていることは
確かです。
でも、切らなくて済むのならそれに越したことはない、
というのもやはり事実なのです。
その点、放射線治療は「切らない」という点では
手術に優っていることは確かです。
2)副作用
普段は体に当たることのないものを当てるわけですから
当然副作用はあります。
この副作用も大きく二つに分けられます。
治療期間中に起こる急性の放射線障害と、
治療後数カ月・数年して起こる晩発性の障害です。
前者は、皮膚炎・口内炎・消化管の粘膜のただれなど、
主に放射線を直接当てたところに生じるものです。
これらは基本的にはやけどのようなものと
考えていただければよいのですが、治療が終了して
しばらく日にちが経つとほとんどが良くなり、
あまり心配する必要のないものです。
後者は、正常細胞に放射線が当たったダメージが蓄積して
しばらくしてから生じるもので、
実はこちらの方が深刻です。重篤なものでは、
間質性肺炎・脊髄損傷・骨の融解などがあります。
「ほら言ったとおりだ、
やっぱり怖いんじゃねぇか、放射線ってのは」
という江戸っ子の声が聞こえてきそうですが、
ところがどっこい、べらんめぇ、そうはいかねぇ(笑)。
当然のことながら
後者のようなとんでもない障害については
放射線科のお医者さんも研究を進めております。
何しろ、放射線治療の歴史は副作用との闘いの歴史だ、
と言う人もいるくらいです。
そんなわけで、放射線科のお医者さんも、照射の範囲を
最小限にするためのテクニックを開発したり、
照射量を厳密に管理することで
障害を少なくするために日々努力しています。
現在では、ガンごとに決められたプロトコールに沿った
治療を行なえば、重篤な障害を起こす可能性は
少ないと言えます。(残念ながらゼロとは言えませんが)
3)ガンすべてに効くわけではない
これは、手術でもそうですし、化学療法でも
そうなのですが、放射線でも事情は同じです。
例えば、故勝新太郎さんのかかった喉頭癌は
放射線治療が有効な治療として認められています。
他にも、食道癌・舌癌・子宮頚癌なども
放射線療法が効果を示すものです。
また、乳癌の乳房温存療法のあと放射線を照射したり、
悪性リンパ腫の治療に化学療法と組み合わせたりして、
その他の治療との組み合わせで
効果を上げる例もあります。
で、以上の特徴を考えた上で、
「ガンの究極的な治療法として放射線治療は有望か」
ということを考えますと、前回・前々回と同様、
これもやはり歯切れの悪い答にならざるを得ません。
おそらく、照射するビームの種類を工夫することで、
適応となるガンの種類が増えることもあるでしょうし、
照射方法が洗練されることによって
副作用が少なくなることはあるでしょうが、
すべてのガンにオールマイティに効く方法には
なり得ないんじゃないかと思います。
本来だったら、今回の回答はこれで終わりなのですが、
最後に述べておきたいことがあります。
冒頭で述べたとおり、日本では放射線治療が
外科手術に比べてどちらかというと日陰者の扱い
(放射線科のお医者さん、ごめんなさい)
を受けてきたために、例えば、
「○○のガンには、
手術よりも放射線治療の方が効果的である」
「△△のガンでは、
手術と放射線療法の成績は変わらない」
という結果が欧米の大規模な研究で明らかに
なっていたとしても、日本では外科手術の適応に
なってしまうことがあるのです。
例えば、僕の体験ですが、某病院の某科の先生が
「欧米の研究では“○○のガンの治療成績は、
放射線でも手術でも変わらない”ってことに
なってるんだけど、俺はウソだと思う」
なんてことを自慢げに話していたのを
聞いたことがあります。
実は、その研究の結果というのを
僕は事前に知っていたので、思わず、
「お前、アホちゃうか」と声が出かかったのですが、
学生の身分でその道の権威に反論するのは
ちょっと憚られたのでグッとこらえました。
日本の教科書を見ると、確かにそのガンの標準的治療は
手術だと書いてあるのですが、
残念ながら欧米での標準的治療は放射線治療であり、
その証拠となる論文も確かにあるのです。
以前に書いたように「Evidence Based Medicine」
“証拠に基づいた医療”の考え方からすると、
その先生の言っていることは明らかにおかしいのですが、
日本では「Authority Based Medicine」
“権威に基づいた治療(笑)”が
幅を利かせていることもあり、
なかなか難しいところがあるのです。
もちろんすべての治療法に「証拠」があるわけでは
ありませんが、確たる「証拠」があるのに
それに従わないのは問題でありましょう。
さて、今回は最後にちょっと筆致が過激になりました。
(ホントはもっとガンガン実名を挙げて過激に
したかったんですが、僕も権威には弱いもので、
これくらいでお許し下さい)
しかし、放射線治療のメリットが日本では
生かされていないという現実があることは確かですから、
皆さんも「ガンなら手術」
とストレートに考えるのではなく、ガンの種類によっては
放射線治療という選択枝もあるということを
頭に入れておくことをお勧めいたします。
次回は、
「現在あまりポピュラーではないが、
ひょっとしたら将来性があるかもしれない治療法」
について紹介いたします。
宿題の論文を読まなくてはなりませんから、
今回はこの辺で。
|