第3回
料理屋の料理と、
家庭の料理。
- 土井
- 若いころのわたしは
「吉兆」で修行していたんです。
30歳の手前で卒業して、そのあとしばらくは
父の仕事の手伝いをしていました。
だけど料理屋で働いていると、
ほんとうの旬がわからなくなるんです。
常に走り物(時季のはじめにとれたもの)で
いきますでしょう?
5月にかぼちゃを出してとか、
旬が3か月ぐらい前倒しで。 - 糸井
- お金を出してもらいやすいのは、
そっちですからね。 - 土井
- ですが、これではいけないと思いまして、
わたしは吉兆を出たあと、あらためて
素材について学びなおしたんです。
本当の食材を知らないことを知ったのです。
休みが来るたびに篤農家の方の畑で
収穫のお手伝いをしたり、
目利きの魚屋さんと市場に出かけ、
プロのカメラマンにお願いして、
野菜も魚も姿のままと解体写真を
撮ってもらったり。
そういうことをずいぶんやりました。
食べものの、いちばん最初を知りたくて。 - 糸井
- 原理のところに行きたかったんですね。
- 土井
- そうなんです。
そこで畑に入って初めて、わたしは
「なんと野菜って美しい」
と感動するわけです。
そういったことに気づける機会って
意外とないでしょう?
そこからだんだんと、
素材に目が向くようになったんです。 - 糸井
- なるほど。
- 土井
- それで、建前として、
「日本料理は素材を活かす」なんて
言い方がありますよね? - 糸井
- ありますけど‥‥建前ですか。
- 土井
- ええ。ほんとうのところ、日本で
素材を活かしてシンプルに食べているのは
家庭なんですよ。 - 糸井
- はい。
- 土井
- プロはほうれん草をただ茹でて、
おひたしにしただけでは叱られますから。
ですから昔の料理屋というのは、
たとえばほうれん草ならそのアクをぜんぶ抜いて、
だしの味と入れ替えるような仕立てをして、
提供してたんです。 - 糸井
- つまり、輸血のように
味の総入れ替えをするみたいな。 - 土井
- まさにそうなんです。
かつてはそこまですることによって、
「やっぱりプロはおいしいね」と
みんなが家庭との違いをたのしんでいました。
ですから料理屋の料理というのは、
素材の見た目は活かしてますけど、味は総替え。
それが料理屋の仕事だったんです。
昔はいまより家庭で
明らかにうまいもんを食べてましたから、
料理屋はそれ以上のことをしないと
ダメだったんです。 - 糸井
- そのふたつはまったく違ったんですね。
- 土井
- はい、ぜんぜん違ったんです。
たとえばタケノコは、家庭では
1時間茹でたあと、茹で汁のまま冷まして、
すぐ使いますでしょう?
まぁ、すこし水にさらしますけど。
でも料理屋の場合は、3時間も4時間も茹でて、
そのあとも使うまで
1日でも2日でも水にさらして、
まったくアクをなくしてしまうんです。
よりやわらかく、より白く、よりクセをなくして、
ダシの味にして売るわけですね。 - 糸井
- そっか。
- 土井
- まぁ、とはいえ、いまは家庭料理が
思いきり地盤沈下してますから、
料理屋のほうで家庭料理を
やってるようなところがありますけども。 - 糸井
- それ、うすうす感じてました。
- 土井
- でしょう?
いまは「こんなん簡単すぎるやないか」
というのがウケるんですよ。 - 糸井
- いまの味覚の最高峰って
「ものすごいお金持ちが
たくさんの料理人を雇って、
家のごはんを作ったら」
というものになってますよね。 - 土井
- そうなんです。
非常に高い技術を持ったプロの料理人が、
お惣菜を作ったりとかしてるんです。
そのとき家庭と何が違うかといえば、
下ごしらえの技術ですね。 - 糸井
- なるほどなあ。
- 土井
- だけど家庭では、やろうと思えば
とにかく新鮮な材料を使えるんです。
自分で野菜を作る人もいるくらいですし。
そして、マーケットで買ってきた新鮮なものを、
冷蔵庫にも入れずにトントンと切って
サッと湯がくぐらいなら、
不味くなる暇がないんですよ。
お腹痛くなったりも少ないですし。 - 糸井
- 新鮮な材料をシンプルに調理すれば、
それだけでおいしいものが食べられる。 - 土井
- だけど料理屋の場合は
「こんなにいい材料がある」と思っても、
100人分、200人分を仕入れられなければ、
メニューに載せられないんですね。
また、量があって実際に使えるというときでも、
自分とは別に腕のあるシェフや料理長、
ご主人などがいますから、
下の者はそういう人たちから
「今日はこないしいや」とか指示されないと、
出すものを変えられないんです。
上の者にはそこで変える器量も
サービス精神もないし。 - 糸井
- はぁー。
- 土井
- だからやっぱり、ちいさなお店で
「今日は誰きはんねんな。
そしたらこないしてあげようか」
みたいな感じでないと、おいしいものって
なかなか食べられないですね。 - 糸井
- つまり100人入る店は、
料理屋のやり方になるしかない。 - 土井
- そういうことですね。
そして仕込みも、ほんとは昼と夜に
50人ずつ仕込んだほうがいいものを、
一気に100人分作るほうが楽でいいと
考えがちなんです。
実はあまり変わらないんですけど‥‥。
その考えはどうすれば変わるだろう、
と思いますけど。 - 糸井
- まずはそこの事実を認識する必要が
あるんでしょうね。 - 土井
- だからいまは
フランス料理みたいな仕組みのほうが、
いいかもしれないと思うんです。
フランス料理ってわたしらも
「どないなってんのかな」と思いますけど、
お客さんが20人でも
調理場に20人くらいいたり‥‥
それは言いすぎか。
とはいえ、とにかく1皿オーダーが通ったら、
魚をおろしはじめる人間、付け合わせを作る人間、
火を入れる人間、ソースを作る人間と、
1皿に4、5人がパッといっしょに動いて
一気に完成させる仕組みなんですよ。 - 糸井
- 日本料理は違うんですか。
- 土井
- 日本料理はわりと昔式のやり方が
残ってるんです。
事前に仕込んだものを盛り付けるだけとか、
あるいは盛り付けてあるものを
蒸し器に入れて熱々にして出す、とか。 - 糸井
- ああ。
- 土井
- だから和食もほんとうは、
たとえばほうれん草のおひたしが、
いまオーダー通ったと。
すると蕎麦屋みたいにいつもお湯が沸いていて、
そこでほうれん草を太い軸ばっかり
パンっと長さ揃えて、さっと茹でたてで出す
‥‥みたいなことができたら、
いちばんおいしいけれども。 - 糸井
- それはおいしいでしょうね。
- 土井
- だけど、そういう発想にはならないというか。
そういった部分に
あまり価値を見出してない気がするんです。
なかなか難しいところなんですけどね。
(つづきます)
2017-01-03-TUE