第6回
家庭料理は民藝や。
- 糸井
- もともとぼくは土井さんについて、
その自在さに驚いてたんです。
土井さんはいつでも
「相手が誰でもかまわない」という
スタイルなんですね。
一人のときもあるし、旅でも大丈夫だし、
その感じが(笑福亭)鶴瓶さん並みなんですよ。
最初に感心したのが、
アイドルの男の子たちとお店をまわる‥‥。 - 土井
- 『裸の少年』ですね。
すごいタイトルやなと思いましたけれども。 - 糸井
- あれ、成立してるわけですよ。
ふつうの料理人だったら大変ですよ。
でも土井さんは投げられた球を、
選ばずにぜんぶヒットにできるというか。 - 土井
- いやいや、そこはわたしのほうが
最近ようやく大人になったくらいの感じですから。 - 糸井
- もとはそうじゃなかった?
- 土井
- 大人じゃなかったですね。
- 糸井
- 土井さんのそのあたりの話、聞きたいです。
安心したいです(笑)。 - 土井
- いや、もうほんとに叱られるばっかりですよ。
あんまり人のことも考えず、
自分が好きなことばかりやって。
側から見ると
「自由でいいね」みたいなことですね。
わたしとしては気をつかってた
つもりでしたけど、
よく考えられてなかったと思うんです。 - 糸井
- おそらく、食器類にお金を使っていた
時期があるんだろうな‥‥。 - 土井
- 器はそうとうやりましたね。
- 糸井
- その気配はありますよね。
- 土井
- 器に関しては、自分のなかに買う理由が
たくさんあるんです。
いろいろと勉強したい気持ちもあるし、
もともと好きなのもあるし、
持っておいたほうがいいなもあるし。
実際に仕事ですぐ役立ちますし。 - 糸井
- そうですよね。
- 土井
- そしてやっぱり器って、自分で買わないと
わからないんです。
失敗も必要で、そういうことがないと
本気にならないですから。
ですからそれこそ文脈もなく
集めてるみたいなところもありましたけど‥‥。
器はとにかく長いですね。 - 糸井
- じゃあいまの土井さんは、
よその人が器をどう使っていようが、
そうじゃない見方をしてあげてるわけですね。 - 土井
- それはそうですね。
ただほんとのところ、和食の場合は
器を選ぶことからが盛り付けなんです。
「明日はどの洋服着よう?」みたいに選んで、
献立作りに入っていきますのでね。
番組などではそこまでのものを
準備してもらえないから、
あまり言えないんですけれども。 - 糸井
- だけどそうすると、
若いときに器を買えるだけの
経済力も必要ですよね。 - 土井
- いや、わたしの場合、
器ぐらいしかお金を使わなかったですから。
車とかほかのものには、
ほとんど興味がなかったんです。 - 糸井
- たとえば掛け軸とか、
お茶の世界にかかわるものは‥‥? - 土井
- ぜんぜんです。
いまはすこしお茶のお稽古に
行ったりしてますけど、
家庭料理とはまったく異なる世界ですし。 - 糸井
- そこは、さわらないように。
- 土井
- といいますか、わたしはどっちかいうと
民藝が大好きなんですね。 - 糸井
- あ。なるほど。
- 土井
- 若い頃、吉兆で働いていたときのわたしは、
完全に「自分は料理人だ」
という意識だったんです。
そして吉兆の料理人というのは
日本一の意識がとても強くて、
みんなそこしか狙ってないんです。
わたしもそのなかにいたわけですけど、
そしたら家庭料理をやっている父から
「学校を手伝ってくれ」と言われまして。 - 糸井
- それが、いくつぐらいのときですか?
- 土井
- 30歳ぐらいですね。
だから当時は「なんでわたしが家庭料理?」
みたいな感覚だったんですよ。 - 糸井
- つまり、生意気な盛りの剣豪が
急に違うことを頼まれたみたいな。 - 土井
- まさにそんな感じでした。
当時のわたしは家庭料理を上から見てて
「家庭料理のなかに自分を
満足させる仕事があるのか?」
くらいに思っていたんです。
だから父から話があったときにも
「そうじゃないやろ」くらいに思ってまして。 - 糸井
- ええ。
- 土井
- でも、わたしはそこで民藝と出会うんです。
- 糸井
- ほぉー。
- 土井
- 京都の河井寛次郎記念館などを訪れて、
その居心地のよさと、
生活のなかで美しいものが生まれることの
すばらしさを知って。
そのときハッと思ったんですね、
「家庭料理は、民藝や」って。 - 糸井
- 家庭料理は、民藝。
- 土井
- そう。これでいけると思いました。
それが家庭料理をおもしろいと思った
最初の瞬間です。 - 糸井
- そのときひっくり返ったんですね。
- 土井
- そうなんです。
それで食材に関することとかを学びなおして、
それまでの自分の考えがどれほど狭く、
家庭料理にどれほどおおきな世界があったかを
わたしは理解しはじめるわけです。
そのあと、時間をかけて
家庭料理について学んでいきました。 - 糸井
- いわば手練れの剣豪の世界から、
「みんなかわいいね」の世界へ。 - 土井
- 料理人のときのわたしには
「包丁がいのち」みたいな思いがあったんです。
0コンマ何ミリ単位ぐらいで切りすすみ、
「絶対に美しいものしか作らない」
と決心しているわけですね。
「自分の包丁の右に出るものは
絶対にいないようにしよう」と。 - 糸井
- はい、はい。
- 土井
- けれど、その心で家庭料理を作ると、
宮大工が料理作ったみたいになるんですよ。
「これは、なにを‥‥」という(笑)。 - 糸井
- (笑)
- 土井
- 料理人の意識だと、なにより「切り出し」。
つまり包丁を入れる寸法こそが重要なんです。
食べやすさ、煮え加減、味の入れ方、
器に置いたときの美しさ‥‥など、
すべてに影響を与えますから。
ただ、そこばっかり狙っていると、
ほんとうにおいしそうには見えないんですね。 - 糸井
- 緊張感はありますけれども。
- 土井
- そこはありますけど。
だからわたしの料理は当時、
いろいろな人から
「すごく難しそう」って言われてたんです。 - 糸井
- 家庭料理のはずなのに。
- 土井
- そうなんです。
そういう経験を経て、わたしはすこしずつ
民藝などの良さに頭がいくようになりました。
料理のなかには、
「煮くずれてるほうがおいしいもの」
ってあるでしょう? - 糸井
- はい、ありますね。
- 土井
- 芋なんかでも、わざと潰して盛るとか、
乱れて切るとか。
家庭料理に正面から向き合ってみると、
そういう良さがあることに気づくんです。
寸法を揃えることが目指すのは
「均一性の美しさ」。
でも、均一のないところのほうが
たのしいですよね。
ひとつの野菜でも
「これはコリコリとおいしい」とか
「やわらかくておいしい」とか。
大きさが変わればそれだけの幅があって。 - 糸井
- ええ、ええ。
- 土井
- そんなふうに、ひとつひとつの料理について
「何をたのしみにするか」という視点で
だんだん考えるようになったんです。
(つづきます)
2017-01-06-FRI