いつか来る死を考える。 いつか来る死を考える。
人生の終わりの時間を自宅ですごす人びとのもとへ、
通う医師がいます。

その医療行為は
「在宅医療」「訪問診療」と呼ばれます。

これまで400人以上の、
自宅で死を迎えようとする人びとに寄り添った
小堀鷗一郎先生に、
糸井重里がお話をうかがいます。
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
最終回 人が死ぬ。それは必然のこと。
写真
(C)NHK
糸井
先生は最近、
奥さまを亡くされたんですね。
小堀
ちょうどこのドキュメンタリーの撮影時期と
重なっていました。
妻はぼくより2歳年上で、83で亡くなりました。
糸井
つねに死に接してるお医者さまは、
身近なご家族の死を、
どうとらえるんでしょうか。
小堀
どう、ってことも‥‥でも、
そうですね、ひと言でいえば、
「必然」でしょうか。
糸井
人が死ぬのは当然。
小堀
はい。
当然、人は死ぬ。
写真
糸井
その「必然」の前提で、
何が最善かは
人によって違うということですね。
小堀
そう。
入院して死にたい人もいるし、
そうじゃないこともある。
さまざまです。
糸井
病院と在宅医療の
大きな違いは
いったい何でしょうか。
下村
監督
私が思うに、
時間の感覚が違う気がします。
病院だと時間は「点」になります。
しかし在宅医療は「線」。
ぜんぶがつながっていくんです。
写真
糸井
なるほど。
下村
監督
在宅医療では、患者さんが家にいます。
ですから、患者さんといっしょにご家族も、
最期のための心の準備をしていくことになります。
時間の軸が、つながっていくんです。



一方、病院は基本的に治癒をめざす場所です。
担当の先生が
「こういう方針でいきましょう」と決めて、
そこに向かってみんなが協力していきます。
家族は病室にやってきて、
治療の経過を聞き、見舞っていく。
その時間は点の集まりになります。
糸井
たしかに。
人口が多くなればなるほど、
多くの人が病気になって亡くなります。
病院は、システムとして形をつくりあげないと
乗り切れないこともあったんだろうとは思います。
小堀
うん、そうですね。
糸井
最期の医療方針を、
選んだほうも選ばれたほうも、
文句を言ってもしょうがないんですよね。
どちらを選ぶにも理由はあるし、
死に際して現実的でないことばかり
言ってもいられません。



在宅医療と病院での診療、
きっと両方が補い合っていくんだと思います。
でも、選択肢として
「訪問診療も悪くないんだ」ということを、
今回の映画で思えた気がします。
下村
監督
それはやっぱり、先生のお人柄もあります。
小堀先生の人間力のおかげです。
写真
糸井
それはぼくもすごく思うんですよ。
だけど小堀先生はどうやら、
そういう褒め方は嫌いらしいから‥‥。
小堀
ん? ほかのこと考えてた、
いまなんて言った?
下村
監督
ほんとうは聞こえてたんじゃないですか。
先生の人間力です。
小堀
ああ、人間力ね(笑)。
ぼく自身はどんなふうに自分が映っているのかを、
意識できてないんですよ。
撮影期間の8か月、長かったし、
カメラも自然にそこにいたからね。
写真
(C)NHK
糸井
ぼくは映画を見て、
「ああ、この人とだったら
話ができるかもしれない」
と思えました。
あの映像の中に、先生の人としての力が
ずいぶん入っていました。
小堀
なるほど。
それならいいですね。
糸井
すごいバランス感覚というか‥‥、
それはやっぱり、
おじいさんの森鷗外とお父さんの四郎さん、
おふたりの生きざまを見てこられたからかなぁ。
小堀
そうですね、
まさにぼくはバランスをとったんです。
いや、本当に大事なのは、
バランスなんですよ。
糸井
バランスって、じつは
人体が最も望んでいることなのかもしれませんね。
ホメオスタシスもそうだし。
小堀
ええ、それはそうでしょうね。
糸井
バランスをとって安定したくて、
最後に死という安定を迎える。
その間の「動きたい」という欲望を
ぼくらは主人公のように考えているけれども、
それは本当はおまけなのかもしれない。
人類としてのおまけ。
写真
小堀
そうかもしれない(笑)。
糸井
このドキュメンタリー映画は、
ナレーションもないし、
音楽で盛りあげるというようなこともありません。
それぞれの人の紹介さえもないに等しい。



「なぜこの人は在宅医療を選んだのだろう」
「どうしてこうなったんだろう」
というような疑問は疑問のまま、
放り出されることになります。
だけどそこは、見ている側も同じ人間。
「みんなの人間力でわかるだろう」という
信用をおかれた描き方をされていると思います。
小堀
ぼくも途中までちょっと心配だったんです(笑)。
あらかじめ構成を考えようとか、分析するとか、
そういうことが下村さんにはありませんでした。
これはうまくいかないんじゃないかと
内心思ってたので、
できあがったものを見て感服いたしました。
映像にもキレがあってね。
糸井
はい。
そのおかげで、
大勢の人に「考える心が届く」映画だと
ぼくは思います。
いやぁ、まだまだいっぱい
聞きたいことが出てきちゃう。
でも時間です。
先生、貴重なお話をありがとうございました。
最後まで声をよく出してくださってましたよ。
小堀
はい(笑)、意識して水を飲んでました。
さっき言ったとおり昨日の昼間は忙しかったけど、
よく寝たし、調子よかった。
お話できてうれしかったです。
写真
糸井
よかった。
ありがとうございました。
映画の封切りをたのしみにしています。
(おしまいです)
2019-09-26-THU
小堀鷗一郎医師と在宅医療チームに密着した
200日の記録
写真
(C)NHK
小堀先生と堀ノ内病院の在宅医療チームの活動を追った
ドキュメンタリー映画です。

2018年にNHKBS1スペシャルで放映され
「日本医学ジャーナリスト協会賞映像部門大賞」および
「放送人グランプリ奨励賞」を受賞した番組が、
再編集のうえ映画化されました。



高齢化社会が進み、多死時代が訪れつつある現在、
家で死を迎える「在宅死」への関心が高まっています。

しかし、経済力や人間関係の状況はそれぞれ。
人生の最期に「理想は何か」という問題が、
現実とともに立ちはだかります。

やがては誰もに訪れる死にひとつひとつ寄り添い、
奔走してきた小堀先生の姿を通して、
見えてくることがあるかもしれません。

下村幸子監督は、単独でカメラを回し、
ノーナレーションで映像をつなぐ編集で、
全編110分を息もつかせぬような作品に
しあげています。

9月21日(土)より
渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国公開。
『死を生きた人びと 

訪問診療医と355人の患者』
小堀鷗一郎 著/みすず書房 発行
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小堀鷗一郎先生が、
さまざまな死の記録を綴った書。
2019年第67回エッセイスト・クラブ賞受賞。
いくつもの事例が実感したままに語られ、
在宅医療の現状が浮びあがります。
映画とあわせて、ぜひお読みください。
『いのちの終いかた 

「在宅看取り」一年の記録』
下村幸子 著/NHK出版 発行
写真
映画『人生をしまう時間』を監督した
下村幸子さんが執筆したノンフィクション。
小堀先生の訪問治療チームの活動をはじめ、
ドキュメンタリーに登場する家族の
「その後の日々」なども描かれています。